第32話 溢れる嫉妬
矢の雨を防ぎながら素早く戦場を駆けていくと、他の兵達とは少し違う姿の人物がいた。
「あれは味方か?」
『おそらくそうなのです。周囲に金髪の兵達がいますが、その兵達がその人物には攻撃を仕掛けていないのです』
プレートアーマーを着ていて頭にヘルムまで被ってるせいで誰なのか全く分からないのだけど、味方の兵が敵とみなしておらず、またその人物もその兵達に襲い掛かっていないので少なくとも味方なのは間違いない。
多少警戒しつつ、飛んできている矢に注意してその人物へとオリヴィアさんは近づいていく。
「少しいいだろうか?」
オリヴィアさんがそう尋ねると、こちらに気づいたその人はすぐさまこちらに向かって跪いた。
『これは我が王。このような場所に何用で?』
「あなたの名前を教えて欲しいのだが」
『はっ。我が名はガレスと申します』
よかった。1人目からいきなり当たりだったようだ。
「そうか。確かガレス卿には大槌でよかったよな?」
『はいなのです。ここで違うものを渡したら大変な事になるのですよ』
もしも間違えた場合、敵に寝返ってしまうとルーカンさんが言っていたからね。
10万の敵が着実に味方を削っていることを考えると、この試練まで到達した人の中には焦るあまり、ルーカンさんから重要な情報を聞き出せずにやられてしまった人もいそうだな。
『間違って渡してどうしようもなくなったとしても最悪戻ることは出来るがの。それにしても戻れるにも拘わらず、何故このような重要な情報が広まっておらんのじゃ?』
「あ~多分だけど嫉妬のせいだろうね」
『どういう事じゃ主様?』
シロの問いかけに、僕はあくまでも予想だと前置きをして答える。
「このダンジョン内の仕様で嫉妬心を煽る空間になっているよね。そんな状態でもしも自分が試練に失敗したとして、その時に得た情報を人に易々と渡すなんてことできるかな?」
『なるほどの。“嫉妬”の魔女を倒さねばいつまで経ってもダンジョンの入口に特殊な結界が張られ続ける。
が、それはそれとして他の人間に自分が失敗した試練をクリアされるのは許せないという事か』
「多分ね。それと矢沢さんの所に居着いてる人が大勢いるけど、ダンジョンの外に出た人もいるはず。
その人達が情報を漏らしていないということは、試練については“嫉妬”の影響が色濃く残るのかもしれないよ」
今は武具の変な呪いのせいでサラに対しての嫉妬心が異常に湧くから実感はないけど、僕らも仮に今から引き返してダンジョンの外に出たら試練の内容を人に話したくなくなるような嫉妬心が残り続けるんだと思う。
「引き返せるのに試練の内容が一切伝わってこなかったのはそのせいか。
だが、たとえ何も情報がないとしても私達がやるべき事は決まっている。
これを受け取るといいガレス卿」
オリヴィアさんはそう言って、持っていた大槌をガレス卿へと手渡した。
『ありがたく頂戴します我が王よ。この大槌にかけて万の兵をことごとく打ち滅ぼしてみせましょう!』
ガレス卿に手渡した大槌が発光し、それはガレス卿にも伝播し体が薄っすらと発光しだした。
ガレス卿を見る限りこちらに敵対する様子はなく呪いの影響も受けてなさそうなので、間違いなく正しい武具を渡せたようだ。
「よし、次だな。ここから近いところにいる騎士となるとトリスタン卿か」
『確かに近いがそこに真っ直ぐ行くのは無理じゃ。あまり時間はかけたくないが、多少遠回りしないと敵味方が入り乱れている所を通ることになるから危険だの』
『急がば回れと言うのです。敵味方が入り乱れる所を通るよりむしろ早く移動できるのですよ』
僕らはシロとアヤメの指示に従って人の少ないところを進んで行く。
その際、敵から攻撃は受けたけれどオリヴィアさんが大楯で身を守り、時にはアヤメが〔
そうして僕らは順調に武具を騎士達に渡していき、残り2つまで武具を手渡せばこの試練を達成できるという時だった。
「あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
『ご主人さま!?』
僕に限界がきた。
頭の中をぐちゃぐちゃにされ、延々と垂れ流される嫉妬の感情に情緒をおかしくされてしまった。
もう、気が狂いそうだ。
『何故なのです!? すでにご主人さまは2つ目の武具を先ほど渡して1つしか持っていないのに、こんなにも苦しんでいるなんて』
『いや娘よ。あの執事は武具を手放せば嫉妬心は薄れると言っておったが、しばらくはその影響を受けるとも言っておったぞ。
それに武具を1度も
『そんな引っ掛けありなのです!?』
――羨ましい。ああ、羨ましい。羨ましい
やかましいよ。頭の悪い川柳か!
――羨ましい。サラは恋人といちゃついてるのにどうして僕はこんな試練を受けているんだ!
まだ羨ましいを連呼される方がマシだったかもしれない。
自分が絶対に考えないと分かっている思考のはずなのに、それが自分の内から出てきたものだと錯覚するせいで、試練を受ける意欲をこそぎ取られていってしまう。
すぐにでもこのダンジョンから出て行きたいと思ってしまう……。
「鹿島先輩、外に出て来るんだ。一度その武具を手放すべきだ」
もう自分の思考が本当に自分の内から湧いて出てきたものなのかも判別できなくなってきた時、ハッキリと認識した声。
その声の主であるオリヴィアさんは地面に大楯を突き刺して、僕をまるで迎え入れるかのように両腕を広げていた。
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