第15話 誰のせいですか!

 

「誰?」

『初めて見る方なのです』

「……?」


 咲夜、アヤメ、オルガは視線の先にいる半透明の女性が誰だか見当もつかない様子だけど、それは当たり前だろう。


『【泉の女神】か』

「でも恰好がおかしくない? 服が真っ黒よ」

「初めて見た時は真っ白でしたよね。今磨ってる墨でも付着したんですかね?」


 だってあの女性は僕と乃亜、冬乃の3人で討伐した初めての【魔女が紡ぐ物語クレイジーテラー】なんだから。

 何故か今は哀愁漂う表情で墨を磨っているけれど。


『あれがボスキャラの1体なのは間違いなさそうだけどどうする?』


 〔成長の種〕で強化しきっているとはいえ、ボスを相手にどれだけ戦えるかは未知数であり下手すればやられる危険もある。


『ご主人さま達はアレを倒した時のレベルって覚えているのです?』

『えっ、いくつだっただろ?』


 数カ月前の事だというのに割とうろ覚えだ。これまでの経験が濃すぎたせいだろうけど。


 冒険者になってレベルをある程度上げられたばかりの頃だから15くらいかな?


『多分レベル15』

「そうですね。だいたいそのくらいだったかと」

「私は20だったと思うわ」


 今思うとよくそんなレベルでしかも3人だけで【魔女が紡ぐ物語クレイジーテラー】を倒せたと思うよ。


『……よく死ななかったのです』

『実際死にかけたよ』


 無限ゴブリン討伐ツアーは心が折れかけたしね。

 もっとも【魔女が紡ぐ物語クレイジーテラー】が直接戦うタイプでないことと、Fランクダンジョンのゴブリンが相手だったこと、そして乃亜の防御能力と冬乃の遠距離攻撃がなかったら低レベルでは間違いなく詰んでいた。


「先輩の機転がなかったらわたし達は今この場にいないのは間違いありません」

「まさか地面に広がった水を汚すことが攻略の鍵だなんて思いもしなかったもの」


 人が苦労して倒したゴブリンを何度も増殖させてクスクスとこっちを笑ってきた【泉の女神】が、絶叫しながら僕が水を汚すのを止めようとする姿は大変気分が良かったです。


「でも水はもう真っ黒だ、ね」


 咲夜の言う通り、【泉の女神】のすぐそばにある泉はすでに大量の墨汁でも落としたかのように真っ黒であり、汚す間もなく汚れていた。

 今回は以前倒した方法では倒せられないということなんだろう。


『う~ん悩むところなのです。低レベルでも攻略できたという情報はありがたいのですが、その攻略方法は使えないのです。

 でもその時とは違って人数は5人なのですから倒せなくもないのです?』


 アヤメが困った表情で腕を組みながら考えだしていた。


「同じ攻略法が使えないのであれば、人数が増えてても厳しいと思いますよ?」

「そうよね。あの時はただの偶然というか奇跡というか、機転を利かせて無理やりどうにかしたようなものよ」

『その時とは状況が違うみたいだから一概には言えないと思うけどね』


 泉がすでに黒く汚れているにもかかわらず、【泉の女神】が健在で墨を磨ってるんだから同じ状況とはいえない。

 実際に戦ってみないことにはどのくらい強いか判別できないと思うよ。


「……戦ってみる?」

「戦うんですかオルガ先輩? あの姿を見るとボスらしく見えませんが、一応強敵だと思われますよ」

「……実際にボスがどのくらい強いかは試さないと分からない」

「確かにそうですね。ボス相手ですから〈逃げる〉のコマンドが仮に使えなくなったとしても復活するための5ポイントは残ってますし、〈育成〉で〔成長の種〕による強化は頭打ちですから、この段階でどこまで戦えるか把握しておいた方がいいかもしれません」

『もったいなくない?』


 それってつまり〈ガチャ〉の5ポイントを消費しようってことだよね?


『あんな汚れてる女神相手に使うより〈ガチャ〉に使おうよ』

『誰が汚したと言うんですかっ!!!』


 墨を磨っていた【泉の女神】が突然立ち上がってこっちを指さしてきた。


『私の中を侵食し穢したというのにその発言はたとえ夢の主といえども許しはしません!!

 あなたがプレイヤーであったのなら今すぐお仕置きしていたところですよ!』


 怒り心頭のようだけれど、以前絶叫して鬼の形相をしていた時とは違い、今は涙目の綺麗なお姉さんが頬を膨らませて私怒っていますと露わにしているその姿は不憫可愛いだけだった。


『ああ、プレイヤーじゃなくて残念だなー』

『~~~!!!』


 棒読みでそう言ったら顔を真っ赤にして今にも地団駄をしそうなほどだった。見ててめっちゃ楽しい。

 なぜかあの【泉の女神】相手だと嗜虐心をくすぐられるのだけど、おそらくあの不憫そうな雰囲気のせいだろう。いじられて輝くタイプだね。


「先輩、そのくらいで。さすがに可哀想です」

「いくら殺されかけたとはいえ、今はなんとも思っていない相手にそこまで追い打ちをかける必要は感じないわね」


 乃亜と冬乃に止められてしまった。


『ふぅ。いいでしょう。夢の主はともかくそこの少女達に免じていきなり襲い掛かるのだけは止めておきます。

 それでどうしますか? 私と戦いますか?』


 どうにか怒りを呑み込んだ様子の【泉の女神】は胸に手を当てて息を吐いた後、乃亜達に問いかけてきた。


 明らかに僕に対して視線も向けないようにしているし、僕に関しては完全に無視するようだ。

 おそらく乃亜達のような試練参加者の事をプレイヤーと呼ぶのだろうけど、僕はプレイヤーではないから仕方ないね。


「どの程度の強さか把握しておきたいですし戦いましょう!」


 乃亜がそう言い全員に確認するように見渡すと、全員が頷き賛同したので戦う事が決まった。

 う~んもったいない。

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