幕間 赤ちゃん編(5)

 

 僕は冬乃に連れられて職員室を出ると、僕の方の教室へと連れて来てもらった。


「「………」」

『なんか言いなよ』


 そして今、友人の大樹と彰人が僕を見て目を丸くしていた。


「いや、なんか言えって言われてもな……。本当に蒼汰だよな? 実は蒼汰と白波さんとの隠し子じゃなくて?」

「そんな訳ないでしょうが!?」


 冬乃が毛を逆立てて即座に否定したため口を挟めなかったけど、まだ童貞の僕では子供は出来んよ。


『見て分からない?』

「今のお前の姿を見て、蒼汰だと気付ける奴はいないぞ」

『だよね』


 僕だって大樹や彰人が赤ん坊になっても、本人だとは思わないよ。

 冬乃から大樹達に〔絆の指輪〕を指にはめてもらって、会話をすることでようやく信じてもらえたくらいだし。


「いや、なんか随分と面白いことになっちゃったじゃないか」

『僕は全然面白くないよ彰人』

「傍から見てたら面白い」

『殴るよ』


 手が短い上に、今は赤ん坊が座るハイチェアに座っているせいで移動も出来ないのだけど。


「あはは、ごめんごめん。いやでもさ。昨日まではいつも通りだったのに、翌日になったら赤ちゃんになってたんだから、もう笑うしかないじゃないか」

『くそ~』

「そんな事よりも、蒼汰はちゃんと元に戻るのか?」

「戻るわよ。職員の人が言うには1週間以内には戻るはずだって」


 僕が大樹に答える前に、冬乃が代わりに答えてくれた。

 僕を1人にしておくのが心配だからか、ギリギリまで残るつもりのようなんだけど、別にそこまで心配されなくても問題ないんだけどな。


「先輩、おはようございます」

「蒼汰君、おはよう」

「だぁ(あ、2人とも)」


 大樹達と話していたら、乃亜と咲夜まで教室にまでやってきた。


「先輩、昨日はあの後何か問題ありましたか?」

「ばぶぶ(特に何もないよ)」


 僕は首を横に振って特に何の問題もなかったと、意思表示をする。


「ホントですか? 冬乃先輩の家に泊まったのに何もなかったんですか?」

「ちょっと待て蒼汰」

『何?』

「そう言えばそうだよ。蒼汰は1人暮らしなのに、その姿のままじゃ生活なんて出来る訳ねえ。

 あまりのインパクトに気が付かなかったが、よくよく考えたら白波さんに連れてきてもらった時点で世話になってるのは確実じゃねえか。

 言え蒼汰! 今度はどんな嬉し恥ずかしラッキーな目に遭いやがった?!」


 大樹にそう詰め寄られたので、僕はそっと自分の指から指輪を外した。


「ばぶー」

「うおい!? 都合のいい時だけ赤ちゃんのふりして誤魔化そうとしてんじゃねえぞ!」


 いや、僕にとってほぼ黒歴史まっしぐらな出来事ばかりだから、話したくないんだよ。

 お風呂や排泄といったものまで世話されたとか、誰にも言いたくないよ。

 まあ今朝のちょっとエッチな恰好を見たのは、大樹の言う嬉し恥ずかしラッキーな目ではあるんだけど。


「黙りなさい」

「あだだだだっ!」


 大樹の腕を思いっきり掴んで痛い目に遭わせている冬乃の顔が少し赤い。

 まあ今朝冬乃が起きたとき、「蒼汰がまだ寝てて良かった」って呟いてたから、見られたら恥ずかしい格好だった自覚があるんだろう。


「そう言えば何で白波さんの世話になってるんだい? 昨日までの4人の様子を見る限り、高宮さんが蒼汰の世話をしたがると思うんだけど?」

「ええ、わたしも先輩のお世話をしたかったのですが、そのお二人にわたしが世話をするのは危険だと言われてしまいまして」

「なるほど」

「普通に納得されました!?」


 今日までの乃亜の行動を見てれば、そりゃね。


「指輪、返して」


 しかしそんな彰人と乃亜のやり取りなんて目もくれず、咲夜は指輪の返却を求めて大樹に近づいていた。

 指輪がないと僕と会話が出来ないからかな?


「ぬおっ、左腕を万力のように締められてる状態で、無理やり右手についてる指輪を取ろうとしないでくれ!? あ、ちょ、そっちに腕は曲がらな――」

「[手当]と[自然治癒向上]って骨折も治るのかな?」

「人で実験しようとするのは止めてくれませんか、四月一日先輩!?」


 咲夜が人の友人で恐ろしい実験を仕掛けて、大樹が必死に止めてくれと叫んでいる。

 そりゃ誰だって骨を折られたくないよね。


「ん、取れた」

「ひでぇ。ちゃんと言ってくれればすぐに渡したのに……」


 大樹が若干涙目である。

 なんというかドンマイ。


「これでお話出来る」

『4人までしか使用できないから、微妙に不便だね』


 ダンジョンには4人1組での行動となるから、その時にはさほど不便だとは感じないけど、こうした赤ん坊になった場合には微妙に使い勝手が悪い。

 ……赤ん坊になることなんて、まずないから誰も想定しないか。


「それで蒼汰君は昨日あの後何もなかったの?」


 僕は咲夜の問いかけに指輪を外したくなる気持ちでいっぱいだった。


 なぜ有耶無耶になりそうだったのに、その話を蒸し返したんだ咲夜……。


『なにも……ながっだ……』

「まるで瀕死の重傷を受けたような、無理やり声を絞り出したかのようなのが伝わって来たんだけど、一体何があったんだい?」


 聞かないでくれ、彰人。


 下の世話までされたとか誰にも言いたくないよ。


「まあ赤ちゃんになってるから、何があったかは想像がつくけど」


 じゃあ聞かないでよ。


「よしよし」

「なっ!?」


 あからさまに落ち込んでいる僕を慰めようとしたためか、咲夜がハイチェアに座っていた僕を抱き上げて頭を撫でてくれる。

 しかし、その体勢だと咲夜の胸に顔が埋まるんだけど?

 そのせいで大樹はこっちを目を見開いて見て来てるし、周囲の視線の圧も凄く感じるんだけど?


「う、羨ましい」

「俺も赤ちゃんになれたら!」

「おぎゃりてえよ……」


 口々に聞こえてくる嫉妬の声があがるけど、咲夜は周りの様子など意にも介さなかった。


 いや、赤ん坊って1人で何も出来ないから結構大変なんだけど……!


 そんな僕の心の声が周囲に聞こえるはずもなく、ホームルームになる直前まで僕は咲夜の胸に埋まり、男子達の大半は僕を悔し気に睨んでいた。

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