第1話 安全地帯

 

 連れて来られた会議室には年配の男性が座っていた。

 僕らが部屋に入ってきたのを見てすぐに立ち上がると、こちらに近づいてきた。


「君達が例の子供達だね。初めまして、私はダンジョン庁に勤めている伊藤翔也というものだ」

「あっ、はい」


 自己紹介とともに名刺を渡されたことに少し動揺してしまったせいで、はいと返事をすることしかできなかったな。なんか名刺のやり取りって、ちょっと大人な感じがして緊張してしまった。

 それに加えて、ダンジョン庁なんてダンジョン関連の政策を行う行政機関の人が僕らに話があるのだから余計にだ。


 だけど僕だけでなく乃亜達にも次々と名刺を渡していってる間に少し落ち着いてきたので、全員に名刺を配り終えたタイミングで自己紹介をすることにした。


「初めまして、鹿島蒼汰といいます」

「高宮乃亜です」

「白波冬乃と申します」

「四月一日咲夜」

「ああ、よろしく」


 全員が自己紹介を終えた後、早速僕らを呼び出した経緯を椅子に座って聞くことになった。


「まず初めに、これから話すことは機密事項であり決して外部へと漏らさないことを誓って欲しい」


 さっきまでダンジョンで気楽にレベル上げしていたのに、こんな社会人みたいなガチガチな話し合いの場にいて、しかも口止めまでされるような重要な話を聞かされることになったのかが謎すぎる。


 僕は内心そう思いながらも首肯する以外選択肢がなさそうなので、素直に頷くことにした。

 乃亜達も僕に続いて頷いている。


「ありがとう。それではまず確認なのだが、君達はダンジョン内に安全地帯を創ることができるスキルを手に入れているはずだが、その力は試したかね?」

「えっと……」


 何だろう? そのスキルを持っていたり、ましてや使用していたらマズかったりするのだろうか?

 そんなこちらの心情を読み取ったのか、こちらに軽く手の平を向けて首を横に振った。


「ああ、不安にさせてしまいすまない。別にそのスキルがあるから、君達に何かしらの罰や制限があるとかそういったものではなく、単純にその力の全容を詳しく知りたかったんだ。

 話せる範囲でいいから話してもらえないだろうか?」

「わ、分かりました。でも、話せる事は冒険者組合の人にも話した通りスキルの説明文くらいですよ。まだこのスキルは一度しか使用していないのですし」


 安全地帯を創るなんて便利で有用なスキル――のように思っていたのだけれど、このスキルを使用するのに必要なリソースが中々貯まらなかったんだよね。

 スキルの説明文を見る限りはかなり有用そうなんだけど、効果時間がもっと短ければ必要なリソースは少なかっただろうな。


 ―――――――――――――――――


 ・安全地帯について

 魔物のいない場所にしか創ることができません。

 安全地帯内に魔物が侵入してくることはなく、魔物は安全地帯を忌避して近づくことはありません。

 ただし安全地帯内から外にいる魔物に攻撃した場合、安全地帯は消滅します。

 また安全地帯を維持できる時間は168時間となります。


 ―――――――――――――――――


 この説明文を見る限り、一度安全地帯を創ったら1週間はその場所に魔物が近づかないようなのだけど、ぶっちゃけ一晩だけで良かったのに……。

 一度だけ試しに使用した時には、その空間の近くに魔物がいても一晩経っても空間内に来ることはなく、空間の中から外へと攻撃したら安全地帯があっさりと消滅してしまい魔物と戦うことになり、ちゃんとスキルの説明文の通りだった。


 その事を話したら、伊藤さんは頷きだした。


「そうか。すでに検証しているのであれば、作戦に組み込めそうだな」

「作戦?」

「ああ。参加するかしないかは君達の意思次第だが、こちらとしてはできれば参加して欲しいと考えている」


 一体何に参加するのだろう?


「Sランクの〔スケルトンのダンジョン〕、そこにいる【魔女が紡ぐ物語クレイジーテラー】の討伐に参加してはくれないだろうか?」

「「「「はぁ?!」」」」


 内心首を傾げていたら、とんでもない発言が飛び出してきたぞ!?


「君達も知っての通り、あそこには【魔女が紡ぐ物語クレイジーテラー】が存在するせいでほぼ魔物を倒せていない。

 そのせいで年に1度必ず迷宮氾濫デスパレードが起きるようになってしまっている。

 今はまだなんとか乗り切れているが、ほとんど【魔女が紡ぐ物語クレイジーテラー】そのものと言ってもいい武将が今年は3体も現れたりと、いつまで乗り切れるか分かったものではない。

 報道では国民を下手に刺激しないように大した事がないもののように伝えているが、いつ大惨事が起きるか分かったものではないんだ」


 確かにあの時はテレビなどで伝え聞く話と実際に体験するのでは、迷宮氾濫デスパレードの激しさに大きく差があったように思う。


「しかし大惨事が起きると分かっていても、今までは実力のある冒険者に依頼しても死にに行けと言ってるようなもので、当然その冒険者達は首を縦に振ってはくれなかった。

 だが、ある人物のお陰で今まで参加を渋っていた冒険者達が参加を表明してくれてね。

 近々【魔女が紡ぐ物語クレイジーテラー】討伐作戦が行われるところに、君達の情報が伝わってきたんだ」


 正直なんともタイミングの悪い時に、[ダンジョン操作権限]のスキルを手に入れてしまったようだ。


「だからこうして今回君達にそれに参加してもらえないかの打診をしに来たわけだが、これは強制ではないから安心して欲しい。

 君達は未成年だし、なにより命を賭けることになる以上、たとえ未成年でなくても強制はできない。

 しかしもしも参加してもらえるのであれば、莫大な報酬が君達に約束される」


 報酬がよくても命あっての物種と言うし、僕らのレベルではSランクダンジョンなんて危険な場所に行っても死ぬ可能性の方が高いと思う。


 乃亜達を見てみると3人共渋い顔をしており、やはりこれに参加するのはないかな。


「すみませんが――」

「待ちたまえ。結論を出すのは全てを聞いてからにして欲しい。何故今まで参加を拒絶してきた冒険者が参加を表明したのかというと――」


 参加を拒否しようとしたら、それを察した伊藤さんにすぐさま止められ、今まで拒否してきた実力のある冒険者達が何故参加することにしたのかを理由を教えてくれた。

 なるほど、確かにそれなら参加するか。


 その後、報酬の具体的な内容なども教えられ、もしも参加するのであれば知らせて欲しいと連絡先を渡された。

 さて、僕らはどうするべきか……。

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