3.5章

幕間 赤ちゃん編(1)

 

≪蒼汰SIDE≫


 “平穏の翼”にダンジョンで襲われて大変な目に遭ったけど、なんとか無事地上に戻る事が出来て、今現在は冬乃の住むアパートの前にいた。

 まあ僕だけ無事とは言い難いけど……。


「ばぶ(何でこんな目に)……」

「落ち込んでるのは見れば分かるけど、いい加減踏ん切りをつけなさいよ」

「だ~(そう言われてもね~)」

「やっぱり指輪の力がないと、何言ってるか分からないから不便ね。乃亜さん達に指輪を借りておいて良かったわ」


 ダンジョンを出て帰宅する時、乃亜達は冬乃の住むアパートの前まで着いて来てくれた。

 そして別れ際に必要だろうからと、〔絆の指輪〕を貸してくれたのだからありがたい。


 冬乃の家族は母と弟、妹の3人がいるので、4人同時にはめなければ効果を発揮しない〔絆の指輪〕もその中の2人が身に着けてくれれば、効果は発揮して意思疎通がとれる。

 もしもこれがなかったら、身振り手振りで意思表示しないといけなかったから助かったよ。


「ただいまー」


 冬乃は自身が住んでいるアパートの一室のドアを、僕を抱えたまま器用に鍵を開けて入っていく。


「おかえりなさい、ってあれ?」

「おかえり~、ってお姉ちゃんその赤ちゃんどうしたの!?」


 部屋に入ると、小学生くらいの男の子と女の子がいた。

 冬乃の弟と妹かな?


「騒がないの。この赤ん坊だけど、見た目は赤ん坊でも中身は高校生だから」

「それ、どこのコ〇ン?」

「私も言っててそう思ったけど、そういうツッコミは要らないわ」


 冬乃は僕を畳の上に置いて弟君と妹ちゃんに早速指輪を渡すと、その効果を教えてはめさせていた。

 これは僕から言わないと信じてもらえないよね。


『初めまして。僕は冬乃と同級生で鹿島蒼汰って言うんだ。よろしくね』

「うわっ、喋った!?」

「喋ってないわよ夏希。指輪の効果は教えたでしょ?」

「それよりもお姉ちゃん。なんで赤ちゃんが同級生なの?」

「秋斗、それはね――」


 冬乃は2人に簡潔にどうしてこうなったかを語り始めた。

 その時間はどれくらいかかったかは分からない。

 何故なら僕は今、そんな事がどうでもいいくらい非常にピンチな状況に陥っているからだ。それは――


 ぼ、僕が最後に用を足したのって何時だっけ……?


 ダンジョンで用を足すときは適当にその辺でするのが一般的だ。

 ダンジョンは綺麗好きなのか、汚物はすぐに消えてなくなるので問題はない。

 そういう訳で、最後に用を足したのは襲撃される直前なのだけど、それから一度もトイレに行っていない。


 つまり漏れそうだということだ。


 ならばトイレに行けばいいだけなのだけど、問題は今は赤ん坊になってしまっていることだ。

 トイレに行っても用を足すことが出来ない。

 ど、どうすればいいんだ……。


「ん、どうしたの?」


 僕が少し小刻みに震えているのに気が付いたのか、男の子、秋斗君が僕にそう問いかけてきた。


 さすがに漏らす訳にもいかないし、ここは1つ、恥を忍んで頼もう。

 少なくとも男同士ならまだマシだし。


 僕はすぐさまスキルを起動させ、[フレンドガチャ]から、いつ使うんだこのアイテム? っと思っていたトイレに取り付ける補助便座、小さな子供がトイレを使用する際に使う道具を取り出した。


「うわっ!? え、どこから出てきたの?」

『ごめん、トイレに行きたいから手伝ってくれない?』


 まさか、自分よりも年下の男の子にこんな事を頼む日が来るなんて……。


「あ、トイレね。分かったわ」

『待て』


 何故冬乃が率先して動くの?

 僕は秋斗君にお願いしたんだよ?


「どうしたのよ? トイレなんでしょ?」

『そうなんだけど、女子に頼むのは気が引けるから秋斗君にお願いしたかったんだけど』

「あ、はい。分かり――」

「駄目よ」

「『え?』」

「いくら蒼汰がちゃんと自意識があるからと言って、赤ん坊がそんな便器に座るなんて危険だわ。いくら補助便器があるとはいえ誰か支えていないといけないけど、秋斗はまだ子供だから私がやるわ」

『いや、ちょっ――』

「ほら、行くわよ」


 僕の思念を遮って、冬乃は僕と補助便器を抱えてトイレと思わしき場所へと移動し始める。


『いや、ホントに待って冬乃!? さすがにそれは恥ずかしすぎると言うか……』

「その姿じゃ今更でしょ? それともオムツの方がいいの?」


 この年でオムツもちょっと……。

 身体的にはピッタリかもしれないけど、高校生でオムツはマジで嫌すぎる。


「安心しなさい。私は秋斗達のオムツの交換もしたことあるから、どっちでも問題ないわよ」

『僕の心情的に問題がありすぎる……。……せめて、トイレで』

「分かったわ」


 クスン。もうお婿に行けない。


 トイレで色んな所を見られ、拭かれてしまった僕の精神的ダメージが大きすぎた。


「ねえお姉ちゃん。この子、畳に突っ伏して動かなくなっちゃったんだけど」

「気持ちは、分かるかな?」


 秋斗君が僕を慰めるように頭を撫でてくる。

 同じ男ならこの気持ち、分かってくれるよね?


「そんな体になっちゃったんだからしょうがないわよ。まあ長くても1週間だって話だし、その内慣れるわよ」

『……慣れるくらい、下の世話をされたくないな』


 そんな慣れるほど何回も世話をされたら、精神が崩壊してしまうよ。

 早く元の姿に戻りたいと願いながら、僕は畳に横たわり続けた。

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