第24話 これはないんじゃない?

  

 マリとイザベルに無理やり黒い渦の中に放り込まれた後、気が付けば石造りの通路の上に1人で立っていた。


「この状況、【ミノタウロス】の時を思い出すなぁ」


 【ミノタウロス】の時はいきなりみんなと離ればなれにされたせいで凄く焦ったんだよね。

 あの時と違うのは、マリとイザベルの言うことを信じるのなら戦う相手が自分と同じ能力を持つ敵だということかな。


 僕と同じ能力を持つだけなのであれば、少なくとも理不尽に一撃死させられるような攻撃はされないだろう。


 ……[助っ人召喚]で咲夜を出されたら詰むけど。

 なんせクールタイムが1日あるせいで、すでに今日使用した僕はもうそのスキルが使えないし。


 [フレンドリスト]の登録までコピーされてないことを祈るしかない。

 まあ試練がそんな温いはずもないだろうけど。


 試練を乗り越えられないんじゃないか不安になりながら周囲を見渡すと、人が2人並ぶのでやっとなくらいの石造りの狭い通路があるだけで、強いて言うなら遠くに扉らしきものが見えるだけだった。


「反対側は行き止まりだし、前に進んであの扉の先に行けってことかな?」


 まともに戦闘するのなんて久々だから、この先に敵がいるのかと思うと凄くドキドキする。


「とりあえずアヤメを呼んでおくか」


 緊張を誤魔化すためもあるけど、奇襲されないとも限らないので早速スキルのスマホを操作してアヤメを呼び出すことにした。


『ご主人さま、近くに敵はいないのです』

「話が早くて助かるよ」


 何も言わなくてもアヤメは呼び出されてすぐに索敵をしてくれたから助かる。

 ふざけて出てくる時もあるけど、今ばかりは真面目に動いてくれるようだ。


『というか、随分変なところなのです。あの扉がある場所までただの長い一本道でしかないのです』

「やっぱりそうなの?」

『ですです。罠らしき物もないですし、とりあえず進むしかないとは思いますが』


 すぐに戦闘になることも考慮していただけに少し肩すかしだけど、準備する時間がありそうなのは助かるね。


「敵が咲夜を呼び出さないとも限らないし、1分耐えられるように防御系のアイテムを[カジノ]の景品で交換しておこうかな」

『咲夜さん相手とか、ご主人さま死ぬのです?』

「不吉な事言わないで。そう言いたくなる気持ちは分かるけど」


 [助っ人召喚]で咲夜を呼び出した場合1分ほどで送還されるとはいえ、アヤメの言う通り死ぬ未来が濃厚なのが嫌だなぁ。

 僕はあの扉を潜りたくないなと思いながら、気分的に足が重くなるのを感じつつ扉の前まで進んで行く。


 天井近くまである大きな木で作られた扉を前にして1度深呼吸をして覚悟を決める。

 ……よし、行くか。


 大きさの割に思ったよりも軽い扉を開けて先に進むと、そこは一言で言えばコロッセオのような場所だった。


 円形に客席が配置され、中央には真四角の石畳が敷かれており、この場所で今から戦うんだと一目で分かる。

 円形闘技場のため逃げ場など無いに等しいけど、上を見上げると空が見え、太陽の光が降り注いでいて解放感はあった。

 逃げられない時点で解放感とか何の意味もないけど。


「どうやらここで戦うみたいだね」

『そのようなのです。しかし相手が見当たりませんね?』

「そうなの? アヤメが索敵しても見つからないんだ」

『おそらくワタシ達がいる反対側にある扉の先にいると思うのですが、扉の先は索敵できないのでいるかどうかも分からないのです』

「そうなんだ。まあでも索敵できなくてもアヤメの言う通り、雰囲気的にあの扉から敵が出てくるんだろね。一向に現れないけど」


 もしかしたらこのコロッセオをスルーしてあの扉を潜る可能性もなくはないけど、もし違って敵と鉢合わせをした場合、先ほどまでいた通路と同じ作りなら狭い1本道で逃げ場がないので、下手に向こうに行くわけにもいかない。


 だから僕らは待つことにしたのだけど、5分以上経ってもあの扉が開かれることはなかったよ。


「全然何も現れないね」

『緊張して待っているこっちが馬鹿みたいです』

「あの扉を通るしかないのかな?」

『それじゃあこの場所の意味が分からないのです』

「だよねー。う~ん、……あっ」


 あまりにも退屈なのでアヤメと話ながら腕を組んで考えていたら、ふと閃いた。


『何か思いついたのです?』

「いや、マリとイザベルが試練をシャドーハンティングって言ってたから、もしかして自分の影を攻撃すると始まるのかなって思って」


 シャドーという名称だし、そう考えるとこの空間が太陽のある環境なのも影をハッキリと作り出すためなのかもしれない。


『そうなのでしょうか? ご主人さまの影には敵らしき反応はないのすが……。

 でもすることもないですし、試してみるのも悪くないのです』

「よし、そうと決まれば早速やろう」


 レイスを相手どるために用意された支給品の剣。

 まさか使う機会があるとは思わなかったよ。


 僕は足元の影に対し、首の辺り目掛けて思いっきり剣を突き立てた。


『グギャアアアアアッ!!』

「『へっ?』」


 影から響き渡る絶叫と光の粒子となって散っていくのを見て、思わずアヤメと一緒に呆然としてしまった。


 ……僕は影から敵が現れるのを想像していたんだ。

 剣を突き立てた瞬間、ブワッて現れるんじゃないかと頭の中で思い描き、その後自分自身との対決をするのかと若干緊張もしていたというのに……。


「これはないんじゃない?」

『なのです……』


 これで試練が達成なのかと、そんな馬鹿なと思いながら、アヤメと一緒にただただ困惑するしかなかった。

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