第41話 誰が世話する?

 

 職員の人は何かを思い出すような仕草をしながら僕を見ていた。


「あー、〔典外回状〕じゃない方の力で赤ちゃんになったんだよね? どういった状況でその力を使われたか分かるかな?」

「えっと、確か10メートルぐらいの距離まで近づいた時にあの人の持っていた鏡が発光して、気が付けば先輩が赤ちゃんになっていたんですけど」


 乃亜の言う通り、片瀬さんに赤ん坊化された状況は大体そんな感じだったね。


「その時、君達は彼の傍にいた?」

「はい、近くにいました」

「そうなると……射程距離は短く、対象は1人、効果は一瞬。もしかしたら性別指定……。いや、再使用にまでかかる時間がどれだけあるかもか……」


 職員の人が少し下を向いて、小声でブツブツと呟き始めた。

 考えがまとまったのか、顔を上げて僕らを見てきたけど、その表情は凄く申し訳なさそうだった。


「正直、その赤ちゃんから元の姿に戻れるようになるまでにかかる正確な時間は分からないな」

「そうですか。でも、元に戻れない訳ではないんですね?」


 冬乃が心配そうに職員の人に聞いてくれる。

 自分の事ではないのに、ここまで心配そうにしてくれるのは素直に嬉しい。

 冬乃だと尻尾や獣耳でその感情がなんとなく読み取れるから、今の垂れ下がっている尻尾を見ると不安に思ってくれているんだなって思うと、今自分がこんな有様なのにホッコリとしてしまうね。


「ああ、それは保証するよ。使用条件が厳しいが故に、〔典外回状〕を使って【典正装備】が使用できないにも関わらず効果が続く、かなり持続時間は長いタイプってだけだね」

「それは良かったです。大体どのくらいかかりそうですか?」

「おそらく1日から長くても1週間ってところかな?」

「結構振れ幅があるんですね」

「そこはすまない。なにせ君達の話からの推測にすぎないから、正確には分からないな。もしも1週間経っても戻る兆候がないようなら、値がかなり張るけど【典正装備】の影響を抑えることの出来る人物を組合の方で紹介するよ」

「分かりました。ありがとうございます。それでは私達は地上に戻ろうと思いますけど構いませんか?」

「班長、こちらを」


 冬乃が軽く頭を下げてこの場を去ってもいいか尋ねた時、別の職員の人から何かを手渡されていた。


「君達がその状態でも無事に地上に戻れるのなら問題ないけれど、帰る前に受付に一度報告をしてからにして欲しい。あとこれ、彼のだろ?」


 そう言って一番近い場所にいた咲夜に渡されたのは、僕の着ていたズボンとパンツにカバン、そして〔絆の指輪〕だった。


「だっ(それっ)!」


 僕が赤ん坊になった時、着ていたシャツ以外が全部その場に落ちてしまってたんだよ。

 特に〔絆の指輪〕が無いせいで会話も出来なくなってたから、それがあれば今の赤ん坊の状態でも会話が出来るようになるはず。

 僕は必死に指輪を指して、取ってくれるように頼む。


「これが欲しいの?」


 咲夜は僕の意思表示に気が付いたのか、指輪を僕の親指へとハメてくれる。


『良かった。これでみんなと意思疎通がとれるかな?』

『あ、先輩の声が聞こえます』

『赤ちゃんのままでも何となく言いたいことは分かったけど、ちゃんと何言ってるか分かる方がいいわね』

『やっぱりこの指輪は便利』


 まさかアドベンチャー用品店でガチャでたまたま出た景品が、こんな時にも役に立つとは。

 やっぱりガチャっていいね。

 本人の欲しい物以外の役に立つ物が出てくる時があるんだから。

 今後お礼ガチャしないと。


「あんた今、不穏な事考えてない?」

『気のせいでは?』


 冬乃が僕を訝しむような目で見てくるけど、僕にやましいことは何1つない。

 ほら見てくれよ。この純粋な瞳を。


「先輩がそんな無駄にキラキラした目をしていると、余計に怪しいですね。まあそういう目をしている時の先輩を前にも一度見ているので、何となく分かりましたけど……。

 今回は大変な目に遭いましたし、これだけなら」


 乃亜がため息をつきながら、理解を示すかのように指を3本立ててきた。


 なるほど、30万か……。


「3万ですよ」


 ですよね。


「ああ、なるほどね……」

「どうしたの?」


 咲夜だけが分からずに首を傾げている。

 元に戻ったら連れていってあげよう。


「それではこれで失礼します」

「ああ、気を付けて戻るといい」


 僕らは職員の人達と別れると、地上に向けて歩き出した。


「それにしても、先輩が元に戻る事が出来そうで良かったですね」

『ホントだよ。このままずっと赤ん坊のままじゃ、まともに生活も出来ないからね』

「そう言えば、蒼汰君1人暮らしじゃなかった?」

「「『あ』」」


 咲夜の発言で僕は今後どうしないといけないかを、キチンと考えなければいけなかったことに思い至った。


『さすがにこれで1人暮らしは――』

「「「無理 (です)(よ)」」」

『だよね~』


 困った。どうしよう。


「でしたら先輩。わたしの家に来ませんか? うちは9人兄弟なので赤ちゃんの面倒なら慣れ切っていますから」

『いや、そんなガチで赤ん坊扱いする必要はないよ? でも色々補助してくれると助かるよ』

「はい! 食事の世話から入浴、排泄まで全てお世話しますからね!」

『待って。乃亜って末っ子で赤ちゃんの世話をしたことがある訳じゃないのに、乃亜が世話するの? 年下の女の子に入浴や排泄の世話をされるとか、精神的にキツすぎるんですけど!?』

「大丈夫です先輩。老後の介護まで見据えていると思っていただければ、先輩であれば耐えられます」

『僕が耐えるんだ!? っていうか、どこまで将来設計見つめてるのさ……』

「お墓までです!」

『言い切った!? いや、ちょ、乃亜の家に行くのは色んな意味で危なそうなんだけど!』

「何故!?」


 何されるか分からない恐怖があるからだよ!


「咲夜も蒼汰君のお世話をしたいけど、うちはあまり家族仲が良好とは言えないから、いきなり赤ちゃんを連れていくのは無理、かな」

『いや、そんな無理する必要はないよ』


 しかし困った。

 数回会った人に世話をされるのも、身近な女の子に世話されるのも中々に辛いものがあるぞ。


「乃亜さんに世話をされるのが嫌なら、私が面倒見るわよ?」

「え、冬乃先輩?」

『いや、どちらかというと高校生なのに赤ちゃんみたいな扱いをされるのがキツイというか……』

「赤ちゃんじゃない」

『そうなんだけどさ~』


 僕が内心頭を抱えていると、乃亜が冬乃の事をジッと見ていた。

 どうしたんだろうか?


「冬乃先輩って、先輩にそんな優しい態度でしたっけ?」

「はい? え、何言ってるのよ?」

「だってわたしが先輩の世話をするって言った後、前までなら「赤ちゃんなんだから諦めて乃亜さんの世話になりなさいよ」って言うはずです。まして自分が世話をしようだなんて言うはずが……」


 乃亜の視線がまるで冬乃を追いつめているのか、冬乃がその視線に耐え切れずに明後日の方向へと向けていた。


「わ、私だってさすがにこんな姿になった蒼汰を放ってはおけないわよ」

「ふ~ん」

「ちょ、何よその目は!」

「いえいえ、何でも。あ、先輩のお世話は冬乃先輩にお任せしますので、よろしくお願いします」

「なっ、乃亜さんが蒼汰の世話をしたかったんじゃないの!?」

「確かにそうなんですが、これを機に先輩と冬乃先輩の仲が深まるのであればそれはそれで」

「ちょっ!? わ、私は蒼汰の事なんて特になんとも思ってないわよ!」

「あ、その返答で確信したので大丈夫です。冬乃先輩とであればわたしも仲良くやっていけると思っているので、今度女子3人でゆっくり話し合いましょう」

「違うわ! ホントに違うのよー!!」


 顔を真っ赤にして尻尾をピンと立たせている冬乃の絶叫が、ダンジョン内に響き渡った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る