第21話 薄々気づいていたけれど

  

「試練だと?」


 ロシア人の冒険者が怪訝な表情でマリとイザベルに問いかけていた。


『ええそうよ。私達は自分で動いて戦うのなんて面倒な事はしないわ』

『だから代わりに試練をやらせるの』


 そう言われて思い当たるのはエバノラが試練だ。

 R18指定と言われてもおかしくない試練で、2度とあの試練だけは受けたくないと思わされるものだったよ。

 もう1度試練を受けたとして、次はクリアできる自信がない試練なのは間違いなかった。


『それじゃあどんな試練にしましょうか?』

『そうね。こんなにも大勢の人間を相手にするのは2度目だから悩んじゃうわ』


 まだ試練の内容が決まってないのかよ?!


「エバノラでも試練の内容はすでに決まってたのに……」

『『あらあらあら? あなた、エバ姉様の試練を受けたのね?』』

「酷い試練だったよ」

『ちょっと興味深いわね』

『ええそうね。そうなると話を聞く時間が欲しいわ』


 僕のつぶやきを聞いてか、マリとイザベルがどうしようかと話し合いを始めていたら他の冒険者の人達が焦れ始めていた。


「試練をやるならとっとと――」

『『決めたわ』』


 中国人の冒険者の人がこらえきれずに早く始めろと言いそうになったところで、マリとイザベルは試練を決定したようだ。


『『シャドーハンティングをしましょうか』』

『ルールは簡単よ』

『自分と同じ能力を持つ敵と戦う。ただそれだけよ』


「おい!」


 マリとイザベルに対して偉そうに呼びかける……ん? ロシア人でも中国人でもなく、あの人は黒人の人か。


『あらあら。人を呼ぶのに「おい」だなんて傲慢にもほどがあるわ。でも聞いてあげる。何かしら?』

「その試練は自分の影を倒す事で、それさえクリアすれば生き残れるんだな?」

『ええそうよ。シンプルでいいでしょ』

「なるほど、なっ!!」

「ぐあっ! な、何を……?!」


 突然マリとイザベルに問いかけていた人物が、近くにいたロシア人の冒険者に剣で斬りかかっていた。


「うるせえ! ユニーク持ちは死ねばいいんだ!」


 こんな状況にもかかわらず、まだそんな事言ってるのか!?


 試練の内容を改めて確認したのは、ユニーク持ちを殺しても問題ない内容だと判断するためだったようだ。


「そうだそうだ! てめえらは死にやがれ!」

「あなた達は生きてちゃいけないのよ!」

「ぶっ殺せ!!」


 中国人、ロシア人だけじゃない。日本人らしき人もいればアメリカ人、インド人、黒人白人関係なく様々な人種が暴れ出し始めていた。

 共通の敵が団結する要因となるとはよく聞くけれど、敵扱いされる方としてはたまったもんじゃないよ!


 一先ず“平穏の翼”の人達を何とかしないと。


 周囲の冒険者達が僕と同じようにそう結論付けて動こうとした時だった。


『傲慢だわ。人を殺す事に下らない理由をつけるだなんて、イライラするわ』

『強欲だわ。理由をつけてでも人を殺そうとするなんて、イライラするわ』

『『ここは私達の世界。それも分からず勝手な行動をする子達にはお仕置きをしないといけないわ』』


 ――パチンッ


『来なさいヘッズマン。くだらない余興をする役者を処刑しなさい』

『来なさい赤の騎士。くだらない余興をする役者を捕えなさい』


 マリとイザベルが指を鳴らすと現れた大きな斧を持ったボロボロのローブを頭から被った者達と、赤い西洋鎧を着た者達が周囲に現れ、次々と“平穏の翼”の人物を首をはねるか捕まえるかしていた。


『キシシシ。殺しちゃうだなんて傲慢ねマリ』

『クシシシ。イザベルこそ殺さずに捕まえるだなんて強欲じゃない』

『あんなのでも使い道はあるかもしれないでしょ?』

『いらないものは捨ててしまった方がいいと思うわ』


 マリとイザベルが呑気に会話している間に次々と“平穏の翼”らしき人物達は対処されていく。


『あらあら。やっぱり地上じゃ力が少し落ちてるわ』

『本当ね。いつも通り呼んだはずなのに、あの程度の相手に何体かやられてしまったわ』


 マリとイザベルが何気なく言った一言は僕らを少しだけ安堵させる。

 なんせ同じSランクダンジョンの【魔女が紡ぐ物語織田信長】では、武将達が強すぎて矢沢さんがいなければ100人以上は間違いなく死んでいたんだから。

 それが少しでも力が落ちているのであれば、生き残る可能性も上がるというもの。


『『いらない役者は退場したし、今度こそ試練を始めましょうか。さあ、あそこを潜りなさい』』


 マリとイザベルがそう言って指さす先はここに取り込まれた人達の最後尾であり、そこには巨大な黒い渦が出現していて、僕らにそこを潜れと指示してきた。


「それにしてもシャドーハンティングなんてアリスらしくない試練だな」


 アリスの物語なんてほんの少し概要を知ってる程度だけど、シャドーハンティングなんて話はなかったと思うけど。


『あらあら私達が何をモチーフにしてるかバレちゃったわ』

『隠してないから構わないのだけどね。不思議の国のアリスも鏡の国のアリスも有名すぎるもの。分からない方が不思議だわ』


 今いる空間がお茶会の場を連想する段階で不思議の国のアリスが真っ先に思い浮かぶほどだし、そもそもこの空間に引きずり込まれた際のあの2人のセリフ、“穴に落ちた少女”と“鏡を潜り抜けた少女”が決定的すぎる。


 そう思った段階で、ふと気になる事を口にしていた。


「……2人で1つの物語じゃなくて、それぞれが不思議の国のアリスと鏡の国のアリスのクレ、いや、君達風に言うなら【魔女が紡ぐ物語トライアルシアター】?」

『『ええそうよ』』

『傲慢な私は【不思議の国のアリス】』

『強欲な私は【鏡の国のアリス】』

『『私達と戦うつもりなら地上だからと気を抜いてはダメよ。力は落ちても2人分なのだから』』


 薄々気づいていたけれど2人で1つの【魔女が紡ぐ物語クレイジーテラー】ではなく、やっぱり2体の【魔女が紡ぐ物語クレイジーテラー】だったか。

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