第3話 実はまだマシな方だった


≪蒼汰SIDE≫


 僕を取り込んだ事によって黒い球体がカプセルトイに形を変えたあれは、一晩経っても【Sくん】を吐き出し続け、各地で猛威を振るっているらしい。


 ……これ、僕のせいなの?


 直視したくない現実だけど、残念ながら冬乃のスマホで何度確認してもそれが一番の話題になっているので嫌でも思い知らされてしまう。


 ネットには中国やロシア国内の映像があげられたりしているけど、外国語のため何を言っているのか分からない。

 でもそこには市街地での【Sくん】による暴走が映っており、誰も彼もがスマホを両手で抱えながら必死に逃げたり、スマホを持ってガチャを回しながら逃げる【Sくん】を必死に追いかけたりと阿鼻叫喚な状態なのだから。


「先輩、それでは行きましょうか」

『あ、うん』


 スマホをぼんやりと見ていたら、同じユニットハウスに寝泊まりしていた乃亜に抱きかかえられて運ばれる。


『いや、自分で歩けるんだけど』

「何言ってるのよ。今の蒼汰の姿じゃ、歩幅が短くて歩調が合わないじゃない」

『ご主人さまがワタシのように浮けるのであれば別なのですがね』

「乃亜ちゃんがダメなら、咲夜が抱えようか?」

『それだと結局抱えられてるだけだよね』


 いくら自分がこんな姿になってしまったからって、女の子に抱えられて運ばれるのは恥ずかしいんだよ。

 乃亜の胸に後頭部が埋まってしまうから余計にだ。


 ちなみに僕がみんなと合流する前に乃亜達が抱えていた【Sくん】は、乃亜達の手で叩き潰されて消滅している。


「……おはよ」


 別のユニットハウスに寝泊まりしていたオルガが前からやってきた。


「おはようございます、オルガ先輩」

「……いいなぁ」

「順番ということで」

「……ん」


 僕に決定権などないと言わんばかりに勝手に決まってしまった。

 いや、自分で歩かせて……。


「随分と呑気だな。鹿島先輩は未だにあの中に囚われているというのに」

「別にいいんじゃないかな? 暗い雰囲気で過ごすよりはいいでしょ。それに今からその事で会議が始まるんだし」


 オリヴィアさんは呆れたように僕らを見ているけど、それに対しソフィアさんが下手に落ち込まれるよりはマシだと言い切り、そんな事よりも会議に行こうと促してきた。


 実は【Sくん】騒動を収めるためにどうすればいいのか、朝8時に会議すると昨日連絡があったんだ。

 昨日の内に会議すればいいんじゃないかと思うのだけど、まだ調査段階でありどう対応するか決めかねているため、冒険者の人達は明日――つまり今日の朝に通達するのでゆっくり体を休めて欲しいと言われたためだ。


 会議の場、といっても大勢の冒険者がいるので野外なのだけど、大勢の冒険者が――未だに壊れてしまったスマホを前に嘆くか、目の前の【Sくん】を恨みがましく睨んでいた。


「●●●、●●●●……」

「△△△△△、△△!!」


 外国語だから何言ってるのか分からないけど、これの原因が僕だと知られたら袋叩きに遭いそうだ。


 早く会議が始まらないかと祈っていたら、ようやくロシアと中国の軍人が現れて会議が始まった。

 まあ会議というか冒険者にどう対応してもらうか指示するための場なのだけど。


「●●●●●●●」

「△△△△△△△」

「かの【魔女が紡ぐ物語クレイジーテラー】について、調査で分かった事は――」


 いつの間にかいた通訳の人が軍人の方が何を言っているか通訳しだしてくれた。


 実はあそこに鎮座しているカプセルトイ、【魔女が紡ぐ物語クレイジーテラー】は【Sくん】ではなく【アリス】なんだそうだ。


 【不思議の国のアリス】も【鏡の国のアリス】も少女の夢が物語の本質であったため、取り込んだ人間をベースに【魔女が紡ぐ物語クレイジーテラー】が構築されるみたい。


『……僕をベースにしたからカプセルトイになったのか~』

「凄い先輩らしいですよね」

『否定できない』


 そんな【アリス】だけど、あそこにあるカプセルトイそのものへの攻撃は無意味らしい。


 昨夜、あの【魔女が紡ぐ物語クレイジーテラー】の解析を行った者達がいるらしく、その者達によるとカプセルトイ自体に攻撃能力はない代わり、一切の外部からのダメージが負わない事が判明。

 そして巷を騒がせている【Sくん】を排除するには、カプセルトイの内部へと侵入し、核となっている取り込まれてしまった少年を救出しなければいけないそうだ。排除と言われなくてホッとしたよ。


 もっともその発言によりスマホ被害にあったほぼ全ての冒険者が憤りの声を上げ始め――まず間違いなく僕に対してなのだけど、軍人の方の次の発言でそれは収まった。


「もしもその少年でなければこの程度の被害では済まなかっただろう。

 他の人間であったなら略奪、強姦、殺人などの犯罪行為を犯す分身が生み出されていた可能性が高いことが昨夜の調査で報告されている」


 みたいな感じで言われたらしい。


 略奪、強姦、殺人とかに比べたらマシかーっという雰囲気になってくれたのはありがたかった。

 そうでなければ救出された途端、リンチされるか賠償しろって言われてたかもしれなかったんだから。


「●●●●●●●!」

「△△△△△△△!」


 おや? ちょっとテンション高めというか、発破をかけてるような雰囲気だけど、今度は一体何を話しているんだろうか?


「中国、ロシアだけでなく他の国にまで被害が及ぶ前にこの事態を終息しなければならないと言っています。

【Sくん】は泳いで海を渡っているそうなので、日本で被害が及ぶとしたら2、3日後でしょう」


 どうやらあの小さい体でありながら、高速のクロールで日本に向かっているらしい。

 海まで渡らなくてもいいじゃん……。


 日本に渡り切る前に事態が終息してくれないかな~。

 あれを大樹達に見られたら僕が原因だとバレかねないし。

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