第29話 〔典外回状〕
「酷い、酷いわ……」
証拠となる写真を机に置いた後、千春さんは顔を手で覆って泣き出してしまう。
誰がどう見ても悪夢ですね。
当然その悪夢の主が冬乃なのは、冬乃の母親が夢に出ているのだから間違いない。
「いや、これはだな……その、俺から誘ったわけじゃないんだ。
最初はただ食事をする程度の関係だったんだが、向こうが積極的に迫って来て気が付いたら……。
頼む、信じてくれ! 俺が愛しているのは千春だけなんだ!」
凄い早口でまくし立てるように千春さんの旦那さんと思わしき人が言ってるけど、1回でも浮気してたら自分だけを愛してるとか言われても信じないのでは?
ただ千春さん、押しに弱そうな雰囲気があったけど、このままこの男に押し切られたりしないだろうか?
人の修羅場とかいきなり見せられて、最初はウンザリしていたけど、何故かこういうのは続きが気になるんだよね。
「……無理よ。だってあなた、この人と不倫関係になってから少なくとも1年は経ってるじゃない」
「ど、どうしてそれを……!?」
1回限りの過ちですらない、ただのクズだったか。
いや、1回だけでもダメなんだけど。
冬乃の家族について詳しい事は聞いたことがないけれど、お金を頑張って稼ごうとしているところから察するに、おそらく千春さんはこの男の人と離婚することになるんだろう。
しかしこの夢が冬乃の悪夢なら、冬乃はどこにいるんだろうか?
そう思って襖を少し開けた事で明るさが増えた部屋の中を見回してみると、さっきまでは気付かなかったけど、3人の子供が布団の中で眠っていた。
いや、1人明らかに寝たふりをして聞き耳を立てている少女がいる。
少女の髪は黒く、白い髪に狐耳がある冬乃と見た目が違うけど顔立ちはよく似ているので、おそらくこの少女が冬乃なんだろう。
幼い子供たちに挟まれて眠っている冬乃は、目を瞑りながらも耳をピクピク動かし、声が聞こえてくる度に顔をしかめているし、どう見ても寝たふりだ。
子供に聞かせない様配慮して、寝静まった後に話し合いをしたようだけど、子供は敏感だからな~。
親の様子がおかしくて起きていたらこんな会話を聞かせられるだなんて、そりゃ悪夢だよ。
「……仲良く、してよ……」
微かに聞こえた冬乃の声は今にも泣きそうな声音だった。
◆
≪中川SIDE≫
「さて、どうしたものやら」
私達は今、片瀬君が〔
「中川さん。何なんですかこれ?」
「門脇君はこれについて知らなかったか?」
「今まで見た事も聞いた事もないですね」
そうだったか。
組織内では有名な話だから知っていると思い込んでしまった。連絡不足だったな。
「すまない。伝え忘れていたようだ」
「いえ、いいんです、とは言えませんね。片瀬さんのこれが何なのか知りませんが、強力な武器であるならちゃんと連絡しておいてもらわないと困りますよ。特に範囲攻撃なんですから、巻き添えを食らうところだったじゃないですか」
「片瀬君が【典正装備】を所持している上に、〔典外回状〕を使える事は組織内では大抵の人間は知っているから、知っているものだと思い込んでいたよ」
私がそう言うと、門脇君は納得したように頷いた。
「ああ、これが〔典外回状〕なんですか。初めて見ました」
「効果は知っているかい?」
「詳しくは知らないですね。普通に【典正装備】を使用するよりも、強い効果を発揮するくらいにしか」
「まあその認識で間違いないよ。せっかくだから詳しく教えておこうか」
どうせ私達が出来ることなど、こうして待つしかないのだしな。
「〔典外回状〕は大ざっぱに言えば門脇君が言った通り、普通に使用するよりも強い能力を発揮することだが、正確に言えば〔典外回状〕は本来の【典正装備】の能力から外れた力を世界に強制的に認識させることだ」
「すいません。ちょっと意味が分からないのですが……」
「ふむ。なら片瀬君の〔
あれの効果は鏡に映した人型の生物を幼児化させる効果を持つ訳だが、このように巨大な桃の中に敵味方関係なく閉じ込めるのは、その効果とはまるで違うとは思わないかい?」
「言われてみればそうですね。【桃太郎】の【
「いやいや。いくら【典正装備】が魔道具より優れた効果を発揮するとはいえ、異なる能力を2つも持つ訳じゃないよ」
「だとしたら片瀬さんの〔
「そう見えるだろうが、〔典外回状〕は異なる能力に見えるくらい、拡大解釈されて効果を発揮するんだ」
それを私が使えたら良かったのだがな……。
「片瀬君の〔
「それはそうですね。あんなに赤ちゃんに執着しているんですから、【典正装備】が空気を読んであの能力にした、って言われても納得しますよ」
「だが彼女の本来の望みは赤ん坊を抱くことではなく、
つまり〔
その望みから効果が決まったのだから、〔典外回状〕によって片瀬君は自身の赤ん坊を抱くための夢を見る空間を作る能力となってもおかしくない訳だ」
「メチャクチャ拡大解釈されすぎじゃないですか。【典正装備】って反則過ぎませんか?」
「使えば1週間は使用不能になる制限はあるが、確かにそんな制限など目を瞑れるくらい強力だな。
……〔典外回状〕が使えれば、な」
「中川さんは使えないんですか?」
「無理だ。【
口惜しいことだ。
「それはなんとも残念です。しかしそれなら、あのユニークスキル持ち達の誰かも使えていたってことですか。危なかったですね」
「いや、必ず誰かが〔典外回状〕を使える訳ではないんだ。ふとしたきっかけから使える様になるが、使える様になるのはごくまれらしい」
相手が【典正装備】を持っていたところで、〔典外回状〕を使えるかどうかなど考えるのが無駄なくらい、使える者はいないということだ。
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