第26話 狐っ娘メイド
「何なのよこれ!? 何なのよこれ!!?」
ヴィクトリアンメイド服と呼ばれる、丈の長いワンピースにエプロン、カチューシャを着た姿で戦場を駆け回りながら、〔絆の指輪〕なしでもその声がハッキリと聞こえるくらい叫んでいる狐っ娘がいた。冬乃だった。
「何してくれたのよ蒼汰!!」
こちらを見る顔が赤くなり涙目になっている姿は可愛いが、メイド服のスカート部に穴が空いているのか、そこから出ている尻尾が逆立っており明らかに怒っているのが分かる。
『ホントごめん。今さっきスキルが強化されたんだけど、その時に強制的にチュートリアルが始まっちゃって』
『それでどうして私がメイド服を着なきゃいけなくなるのよ!?』
『後で説明するけど、それはそれとしてどうしよう?』
『どうしようも何も、早く元に戻しなさいよ!』
『そうしたいのは山々だけど、戻す際に全裸にならない保証がない』
『なっ!?』
『[チーム編成]の〈衣装〉登録の時、毎回裸になってることを考えると、もしかしたら全裸になるし、昼間のカメラがもしまだいたらと思うと、安易にそんな事をするのはどうかと思うわけで』
『こ、この~……!』
『どうする? 僕が全面的に悪いから冬乃の指示に従うけど』
『くっ……、このままでいいわよ! あんた後で覚えてなさいよ!!』
不可抗力なのに……。
『それにしても冬乃先輩、先ほどよりも動き良くないですか?』
『えっ、そう?』
『なんというかそのメイド服を着られてから、身体能力がさらに上がったのでは?』
『確かに。冬乃が怒ってるせいでいつもよりキレがいいのかと思ったけど、コスプレさせるだけの能力とは思えないしちょっと確認してみる』
というか、もしもコスプレさせる為だけの能力だったら、このスキルをよこした神はふざけすぎだと思う。
僕は〈衣装〉のコスチュームチェンジの箇所に置かれたメイド服をタップした。
新人用メイド服:あらゆる能力が10%上昇する
10%とは微妙だけど、確かに能力上昇効果のある服のようだ。
『全能力10%向上だってさ』
『へ~、ただ着るだけで能力向上するなんて便利ですね。効果的には魔道具に近い程度の向上率ですね』
『じゃあ乃亜さんが着なさいよ』
『全然構いませんよ。私はいつでもウエルカムです』
『くっ、さっきから黙ってるけど、咲夜さんだってこんなの着るの嫌よね!?』
『あっ、ごめん。可愛くて見とれてた。そんな可愛いのを着れるなら咲夜は嬉しい』
『ううぅ、味方がいない……』
嘆きながらもスケルトン達を蹴り砕く足技に一点の濁りなし。
でもスカートで足技はどうなんだろ?
幸いにも向こう側には誰もいないからいいんだろうけど。
冬乃は涙目になりながらある程度の距離までスケルトンを間引いた後、いつもの攻略法で交代の合図が飛んでくるまで乗り切った。メイド服姿のままで。
バリケードの内側からはさっき変わった冒険者の人達でなく、自衛隊の方達が向かって来るのが見えた。
「皆さん、ここからは我々が……」
どうやらこの後の時間は自衛隊の方が受け持ってくれるようだけど、それを告げようとした交代のたびに話しかけてきていた隊員の人が冬乃を見て固まった。
そりゃそうだよね。
さっきまで普通の動きやすい服装だったのに、露骨すぎる間違い探しのごとく、服装がこの場にそぐわないものに変わっていたら驚くよ。
他の隊員達ももれなく冬乃の方を見て唖然としている。
「えっと交代ですよね?」
「えっ、ええそうです」
『「みんな交代だから行こうか」』
声と思念の両方で僕は3人に伝えると、冬乃はダッシュでこっちに向かって来た。
「蒼汰ーーー!!!」
「あ、ヤバい」
僕は急いでバリケードの内側へと逃げ込んでいく。
「逃がすか!!」
しかし、獣人の力を持つ冬乃から逃げられるわけもなく、僕はあっさりと捕まった。
「急いで戻るわよ!」
僕は鬼気迫る冬乃に荷物を抱えるかのようにその肩に担がれると、凄まじいスピードで自分達に割り当てられているユニットハウスへと連れ込まれた。
「戻しなさい」
僕は体の正面を壁に押しつけられ、冬乃の姿を見れない体勢にされた。
そして背後からフゥフゥと猫が興奮しているかのような荒い息遣いが聞こえてくる。
シンプルに怖いです。
「早く、今すぐ、さっさとしなさい!」
「あ、はい」
〈衣装〉の項目にあるコスチュームチェンジ解除ボタンがあったので、それをタップした。
すると背後が一瞬光ったと思ったら、パッと消えてしまった。
「振り返っても大丈夫?」
「……ええ、大丈夫よ」
「分かった。いやーそれにしても災難……」
僕は冬乃の方を向きかけていた体を再び正面へと戻した。
「どうしたのよ、蒼汰。早くこっちを向きなさいよ」
「あー、その、今はちょっと……怒ってる?」
「あんたはどう見えるのよ?」
怒ってらっしゃるように見えますよ。
顔は無表情で腕を組んでるけど、尻尾が逆立ってるんだもん。
その尻尾が何よりもその感情を表しているよ。
僕がいっこうに冬乃の方を向かないことに痺れを切らしたのか、肩を掴まれ無理やり冬乃の方を向けさせられると、背中を壁に押し付けられて顔の横にドンッと手をつかれた。
いわゆる壁ドンですね。
まさかやられる側に回ることになるとは夢にも思わなかったよ。
「よくもやってくれたわね……」
ひえっ!
「まさかこんなところで恥をかかせられるとは思ってもみなかったわよ……」
「悪気はなかったんです!」
「悪気が無かったらメイド服を着せてもいいと……」
怖えーー!!
顔が徐々に迫って来て、後ろに下がろうにも壁があってどうしようもなく、背中から冷や汗がとめどなく流れてきた時だった。
「せ、先輩が冬乃先輩に迫られてる!? いつの間にそんな関係になったんですか!?」
「はぁ!? ちょっ、違うわよ! 勘違いしないで!」
いいタイミングで乃亜達が部屋へと入って来てくれた。
た、助かった……。
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