第48話 イメージ

 

「シンディ、この世界に出てこれたの? あれ、でもアヤメは?」


 僕経由で出て来れるなら、アヤメも出て来れてもおかしくないのに。


『娘は出て来れぬよ。妾がここに居れるのは今はもはや精神だけの存在と言っていいからの。精神世界で顕現することなど容易い事よ』


 肉体を失い魂だけの存在となって封印されていたシンディだからこそできる芸当なのか。


『ああそれと、妾の名はシロでよい。せっかく主様が付けてくれた名であるし、何よりシンディであった頃の妾はもう死んだも同然であるしな』


 そう言いながらシンディーーいや、シロは何故か頭を抱えながら苦しんでいるクライヴへと目を向けた。


『やれやれ。とっとと目を覚ますがよいクライヴ。いや、クロよ。

 妾の夫である貴様がいつまでもそのように醜態をさらしているのは滑稽であるぞ』

『グああっ、簡単ニ言ってクレるな……。貴様と違っテ我ハ、マだ【魔王】殿の……影響かラ抜け出セテイナいのだゾ』


 喋り方は怪しいけど、先ほどまでまるで会話が出来ないほどの怒りに満ちていた時とは違い、随分と落ち着いているように見える。


「まさか、さっきの光って……」

『主様の中で過ごして居ったクロじゃよ。さすがにこの世界に顕現できるほどの力はなかったから、妾が橋渡し役となり、この世界の大本であるクライヴへと宿らせたというわけじゃ』


 やっぱりそうなのか。

 お陰でクライヴからの攻撃が止んだ。


『主様よ。を破壊するのであれば急ぐとよい。さすがのクロも限界であるし、妾では長い時間抑えてられぬであろうからの』

『グウうッ。い、急ゲ……!』


 ボーっとしている暇はないようだ。


「ありがとうシロ、クロ。[鬼神]」


 僕の知る中でもっとも強力な咲夜のスキルであり、頼りにすることが多い力だ。

 最初からこれを使えば良かったのかもしれないけど、あまりにも強すぎるせいかもって数分、〝神撃〟を使えばその一撃でこの世界から数秒で追い出されるほど精神力を使うため、不用意に使えなかった。

 というか、あんな戦っている最中に使えば咲夜と違って隙だらけになってしまうのでそもそも使えない。

 でも今ならシロがいるから問題なく使えるよ。


『ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!』

『させぬ!』


 クロが正気を失い僕へと襲い掛かろうとしたところ、シロが前に出て龍人の力で抑えてくれた。


『グルア゛ア゛ァ!』

『ああっ!?』


 だけどシロと違いクロはまだ【魔女が紡ぐ物語クレイジーテラー】の力を持っており、それはこの世界でも有効だった。


 〝風〟が吹き荒れ、【白虎】の力がシロに牙をむく。

 クロを抑えているシロの身体がドンドン切り刻まれていき、体の至る所から出血していた。


『主様の邪魔はさせん!』

『ガアアアア!!』


 それでもシロは懸命にクロの意識が僕に向かないよう、足止めしてくれている。

 2人が高速で動きながら攻撃を仕掛けているようで、僕の動体視力では全く見えないけど凄まじい戦闘音が周囲へと響いていてその激しさが伝わってくる。


 くっ、[鬼神]はよく見てきたから知っているのに、僕が[鬼神]を使うイメージが貧弱なせいで変身が遅い。

 変身に時間がかかりすぎるため、さっきまでのようなシロがいない状態で戦闘しながら[鬼神]を使用するのは無理がある。


 〔明晰夢を歩く者アリス〕を使うと恰好がアリスの衣装になるし、肉体まで女性になるから忌避していたけど、これからのために[鬼神]のような自分自身が変化するものでも素早く使えるように練習するべきか。


『ちっ、強いの……。だが向こうの世界にいた頃の貴様に比べれば、ただ〝風〟が操れて力が強くなっただけ。

 鍛え上げた武を忘れ、その身に宿る力に振り回されるだけの貴様に容易くやられるような妾ではないわ!』


 シロがそう言いながらクロの攻撃をさばき続けるけど、それが強がりだと言うのは一目瞭然だ。

 身体のあちこちから血を流し、息も上がっていてそう長くはもたないだろう。


 焦る気持ちを抑え、僕は確実に[鬼神]のイメージを――咲夜が[鬼神]を全開で使用している姿を自身に重ねていく。


『ぐふっ! す、すまん、主様。妾ではもう……』


 クロの一撃を受けたシロが地面に膝をつき、腹部を手で押さえていた。

 ポウッとシロの身体が光ると、僕の方へと飛んできてそのまま僕の中へと入っていった。


 どうやらHPが0になったのか、この世界に居続けることができなかったようだ。でも――


「ありがとう、シロ。十分時間を稼いでくれた」


 すでに[鬼神]の変身は完了している。


『ア゛ア゛ッ!』


 クロが僕へと駆けてきて、今度は僕を仕留めようと襲ってきた。

 だけど僕はクロを気にせず、遠くにある物へと視線を向ける。


「どうせ〝神撃〟を使えばこの世界にはいられないんだ。悪いね。ちゃんと戦ってやれなくて」


 まあクロも正気じゃないし、戦うのが目的ではなく暴れるクロを止めるのが目的だからそんな事気にしないか。


「〝神撃〟」

『ガアア!!』


 僕は明らかにこの世界に不釣り合いな巨大な十字架へと狙いを定める。

 第三の目に体中から力が集まっていく不思議な感覚がし、小さな太陽が額の前に浮かぶ。


 止めようとしてるのか、クロがこちらに向けて腕を伸ばしてきたけど無駄だ。


 射出された光がクロをかすめながら十字架を消し飛ばしたのを確認し、僕はクロの世界から追い出された。

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