第21話 大理石の像


 男を倒した僕らは、真なる聖剣と鞘を相談するまでもなくオリヴィアさんが扱う事に満場一致で決めた後、次の試練へと挑戦するためにサラに示された扉を潜った。


 扉の先には先ほどまでの闘技場のような場所とは違い、両岸が険しい崖となっている谷の底に僕らは出ていた。


「また変な場所に来てしまったな。空に太陽まであるし、ダンジョンの中とは思えんな」

「〔ドラゴンのダンジョン〕について詳しく知らないんだけど、こういう場所もあるの?」

「いや、お祖母様に聞いたかぎりでは浅い階層は基本的にものすごく広い洞窟みたいな場所だと言っていたから、こんな浅い階層にまるで外のような場所はないはずだ」


 そうなると、岩から剣を抜いた後の小さい扉と大きい扉は、魔女の試練と通常の〔ドラゴンのダンジョン〕の分かれ道だったのかな?


 まるでエバノラ達から試練を受けていた時の事を彷彿させるような展開に、なんとなくそう思いながら僕は崖を仰ぎ見る。


「いきなり環境がガラッと変わった場所に出たね」

「ああそうだな。だが幸いにも扉は残っているし、いつでも戻る事は出来そうだ」


 いつでも帰れるのは助かるけれど、何と言うかまるでサラが『とっとと帰れ』とでも言っているかのような気がするのは気のせいだろうか?


 そんなどうでもいい事を考えつつ、とてもじゃないけど登れそうもない断崖絶壁を見上げるのを止めて周囲を見渡すと、そこには大きな石がゴロゴロと転がっているだけでそれ以外には何もなかった。


『敵がいなさそうなのはいいのですが、これでは何をすればいいのか分からないのです』

『試練と言うのなら妾はこういうのは好かんな。先ほどのように強敵と戦う方が燃えるというものよ』


 シロが今の姿になる前は自身の種族の中では並ぶものがいないほどの強者だったし、やはり試練というのなら変なギミックがあるものよりも真向勝負の方が好きなのだろう。


「確かによく分からん試練よりは目の前の敵を倒せと言われた方がシンプルでいいな。少なくとも何をすればいいのか分からない試練よりは断然マシだ」


 オリヴィアさんもシロと同様の考えなようで、うんうんと頷いている。


 まあ変に難しいものよりはシンプルなものの方が楽でいいのは同意するところだけどね。


『あっ、アレを見るのです!』


 僕らが敵が現れたりしないかと思っていたらアヤメが何かを発見したようだ。

 アヤメが示す先には岩しか見当たらないんだけど、一体何を見ればいいんだろうか?


「岩しか見当たらないが……?」

『娘よ。一体何を見ればいいのじゃ?』


 分からなかったのは僕だけではなかったようで、アヤメが何を示しているのか誰も分かっていないようだ。


『だからアレなのですアレ!』


 そう言ってアヤメはあまり周囲を警戒せずに突っ込んで行ってしまう。


 おいおい。いくら周囲に敵らしき姿がないからって、そんな警戒せずに行くのは危ないよ。


『妾達を置いて1人で行くでない。危ないぞ!』

『この周辺に敵らしき気配はないのです。そんな事よりもアレなのです』


 アヤメが思わず興奮して飛んでいってしまうくらいのモノがあるんだろうか?

 もしかしてクロが関係していそうなもの、とか?


 そんな僕の予想とはまるで見当違いのモノがアヤメに案内された先にあった。


「いや、なにこれ? 石像、だよね?」


 そこにあったのは、大きな大理石にまるで埋め込まれているかのように生えている人の姿を象った石像だった。


「なっ、パティ!? どうしてパティの像がこんなところに……?」

「えっ?」


 オリヴィアさんが驚いて見ている像は言われてみれば、確かに先ほどの試練の前まで一緒に行動していたパトリシアさんのように見える。

 その隣にはパトリシアさんと一緒に行動していた屈強な男達らしき像もあるし、それだけではなく様々な人間の像が沢山並んでいた。


 そのどれもが見た限りイギリス人、なんだと思う。

 正直海外の人の顔はそんな確証を持って言えるほどよく見ていないからなんとも言えないけど、少なくとも日本人、というかアジア系の人はほとんどいないようだ。


『これは一体何なのです?』

『うむ……、ん? あそこにあるのはなんじゃ?』


 シロが示す先には台座らしき物があり、これがここでの試練に何か関係するのかもしれない。


 先ほどの男と戦う試練と違って、なんで今回は全然看板らしきものが出てこないのかは謎だけど、あの台座に何か試練の内容が書いてあったりしないだろうか?


 僕はそんな期待を込めて台座を見ると、そこにはこんな事が書いてあった。


 ――――――――――――――――――


 聖剣の鞘をここに置いてください。

 鞘は失いますが第一の試練に失敗して石になった者達を解放することが出来ます。


 ただし解放された者達はあなた達を敵だと思い襲ってきますので全力で逃げましょう。


 ――――――――――――――――――


 いや、これはなくない?

 捕らわれた人間を救ったにもかかわらずその人達に襲われるとか、堪ったもんじゃないよ。


「困ったな。ここでの試練について分かってもいないのに、下手に解放するわけにもいかないぞ」


 オリヴィアさんは口ではそう言いながらもパトリシアさんの像をチラチラと見ていて、解放してあげたいのであろうことがよく分かった。


『ですがこれ以外には何も試練らしき仕掛けは見当たらないようなのです』

『いや、まだ妾達はあの扉から入ってきたばかりで周囲をくまなく探索した訳ではない。ここは一先ずこの一帯を調べてみるべきではないか?』


 シロの意見にみんな賛成なようで誰も反対意見を口にしなかったので、とりあえず僕らはこの周辺を探索することになった。


 だけどそうして見つかったのは、像のあった場所からだいぶ離れた位置にある入ってきたのとは別の扉だけだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る