第26話 あの時は頼りになったんだけどなぁ……

 

 今日なんて一生来なければ良かったと思っていたけれど、現実は無情。

 2日目最終日の文化祭はすでに始まっており、地獄の入口が刻一刻と迫っているのを感じていた。


「蒼汰君、大丈夫? [風邪特効]のスキル使おうか?」


 咲夜は11時から自身のクラスの店番をしなければいけないので、逆に言えばそれまでの間は一緒にいられたわけだけど、僕の様子がおかしいと思ったのか何度も心配そうに声をかけてくれた。


 安心して欲しい。僕の様子がおかしいのは体調的なものではなく精神的なものであり、今日が無事終われば何の問題もないのだ。

 そう。無事に終われば……。


「辛かったら休んで、ね?」


 自分のクラスに戻らなければいけない時間になった咲夜が、心配するように何度も僕の方を振り向きながら戻っていくのを僕は見送る。

 そして月夜ちゃんと合流するために校門前へと移動する。


 ……なんかこの事実だけ切り取ると姉と付き合いながらも妹と背徳的な浮気をしているみたいな感じでなんか嫌だな。


「蒼汰、お待たせ」

「あ、冬乃。早かったね」


 僕が校門前で待っていると、今日担当しなければいけない時間分を終えてきた冬乃が合流してくれた。

 それはつまり残酷な事に、時間になってしまったことを意味する合図でもある。


「お、お待たせしました鹿島、さん」

「やあ月夜ちゃん。全然待っていないから大丈夫だよ。それで月夜ちゃんの後ろにいるお二方がご両親ってことでいいのかな?」

「はい。月夜たちのお父さんとお母さん、です」


 咲夜のご両親は2人が並んで立つと、ヒールを履いていない状態で母親の方が明らかに身長が高く僕よりも10センチくらいは大きいので、咲夜の背の大きさは母親譲りなんだろう。

 逆に父親は僕よりも10センチ低く、月夜ちゃんは父親譲りかな?


 そう思いながら2人を見ていたら、なんと2人が深々と頭を下げてきた。


「初めまして。私は四月一日わたぬきあきらといいます。そしてこちらが家内の千夜ちやです。本日は大切な文化祭だというのに私達家族のために時間を割いていただきありがとうございます」

「千夜と申します。私達がもっとあの子とキチンと接していれば、お手数をおかけしなかったというのに申し訳ありません」

「あっ、そんなに堅苦しくならないでください。咲夜は僕らにとって大事な人ですし、その妹の月夜ちゃんの頼みで僕らが勝手にしていることなんですから気にしないでください」


 目上の人がこんな風に接してくるのは正直困るなぁ。

 どう対応していいのか分からないし、年上の人にかしこまれるのは気まずくてしょうがないよ。


「そうかな。それじゃあ普通に話す事にするよ」

「はい。そうしていただけると助かります」

「君も敬語とか使わなくていいんだよ」

「いえ、目上の方ですしさすがにそれは。あ、自己紹介がまだでしたね。鹿島蒼汰といいます」

「私は白波冬乃です」


 お互い自己紹介したので、今後咲夜とどう接していくのかの相談を――まだしない。


「あら冬乃。わざわざ校門前まで来てくれたのね」

「あっ、お菓子のお兄ちゃん!」

「夏希、人をそういう風に呼ぶのはよくないよ」

「来てくれてありがと。母さん、夏希、秋斗」


 ちょうど自己紹介直後に現れたのは冬乃の家族である3人――だけではない。


「久しぶり、ってほどでもないわよね。引っ越しのお手伝いをした時以来かしら」

「人様の事情に首を突っ込むなんざどうかと思うが、頼られた以上はキッチリ手を貸してやるよ」

「わ、私じゃあまり力になれないかもだけど、できる限りのことはするわね」


 乃亜の母親たちである、亜美さん、柊さん、穂香さん、そして――


「………」


 何故か今日は無言で亜美さんたちの後ろに付いて来ている乃亜の父親の宗司さんだ。

 いつもならいの一番で絡んでくるのだけど、乃亜が近くにいないから牽制してこないんだろうか?


 ――ガシッ


 そう思っていたら油断した。

 いつの間に近づいたのか、僕の両肩をその両手でつかみ逃げられないようにされてしまった。


「家族への挨拶を全員まとめてやるとか正気なのか!?」

「正気じゃないのは宗司さんです」


 そう見られるだろうとは思ったけれど、相談があるって乃亜から伝えられてるはずですよね?


「俺の時は大変だった。殴られる、飲み物をかけられる、娘はやれないしか口にしてもらえなかったりと、何度もお会いしてようやく結婚の許可をもらえたというのに、それを1回で済ませるのは無理があるぞ!」

「話を聞いてくれませんか?」


 娘さんを僕に下さい、3家族合同バージョン。

 確かにそれを想像していたから今日この時が来ることが精神的にキツイと思っていたんだよ。

 もっとも一番ヤバそうな宗司さんが、僕に同情的だったので一気に精神が楽になったけど。


 今回宗司さんたちに来てもらったのは、1度経験した宗司さんの大人の意見に助けられたからだ。

 以前迷宮氾濫デスパレード時に咲夜の事について中途半端な状態でいたところ、ガツンと言ってもらったことで咲夜とキチンと向き合えたからパーティーを組め、今に至っているのだから。


「蒼汰、お義母さんは来れないのよね?」

「そうだね。どうしても今は仕事が忙しいらしくて無理だって」


 乃亜たちの親御さんと一緒にこの場に母さんを呼ぶのはかなり悩んだ。

 なんせ息子がハーレムを作っているのであり、その娘の親が微妙な気分になること間違いなしの状況で、キチンと相手の親からハーレムを作ることの許可をもらってる訳でもないのに親として会いたいかと言われれば、当然誰も会いたくないだろう。


 しかし意見は多い方がいいので、まずは今日時間があるかを聞いたのだけど、残念ながら今は忙しい時期らしく時間がないと言われてしまった。

 その時今日の事を詳しく説明しなくて済んだことにちょっとだけホッとしてしまったのは仕方のないことだよね。

 あ、父さんは元から当てにしてないし、文化祭なんてイベントに興味はない人なので声もかけてないよ。


「いいか。まずは相手好みの菓子折りを持参し、敷居を跨がせてもらうところからスタートだ」


 しかしこれは違う。今日の相談事は、相手のご両親から結婚の許可をとるための方法を相談をしたいわけじゃないから。

 いつまでも勘違いしている宗司さんに心の中でツッコミをいれながら、早く亜美さんたちが止めてくれないかと切に願った。



--―-----------------------------------


・あとがき

あけましておめでとうございます。

今年1年もみなさんに喜んでいただけるよう更新を続けていきたいです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る