第27話 1つ目の〝鍵〟と向こうの様子

 

『スミー! スミーッ!』

『大変気分がいいです。私をこんな目に遭わせた元凶が泣かされている姿はスッとします』


 地面に転がされているスミ僕が泣いている姿を【泉の女神】がどこか暗い笑みを浮かべて見ていた。

 【泉の女神】の先ほどまでの境遇を考えると仕方のない事かな?


 もっともスミ僕はそんな【泉の女神】の様子など気にしている余裕もないだろう。

 乃亜達の手によって様々な拷問を受けた結果、空だった容器が一気に墨汁でいっぱいになるくらい泣かされているのだから。


 ……あれを見てるとなんだかやるせない気持ちになった。


「このくらいでもう十分じゃないかな?」

「そうだね。もう容器にはこれ以上墨汁が入りそうにない、ね」


 ソフィアさんと咲夜は墨汁が並々と入っている容器にスミ僕が拷問中に落としたフタで閉め、スミ僕の元へと持ち運んでいく。


『スミ~……。ッ! スミスミ!』


 腕やお尻をさすったりしながら起き上がったスミ僕が喜びながらその容器を大事そうに抱えだした。


 ――特殊ミッション達成! 【穢されし泉の女神】は【泉の女神】に戻ります


「あっ、ミッションが達成されました!」


 ミッション達成のアナウンスが流れてきたので、乃亜の言う通りあの方法でミッションクリアのようだ。

 自分が拷問を受けていたみたいですごい複雑な気分だけど。


「見て、泉が!」


 冬乃に言われ泉へと視線を向けると、先ほどまで真っ黒だった泉がどんどん透き通って綺麗な水になっていた。


『【泉の女神】の服も白く変わっていくのです』

「元々はこんな人(?)だったんだ、ね」


 アヤメや咲夜達が感動するように【泉の女神】を見ている中、僕、乃亜、冬乃は思わず顔を逸らしてしまっていた。

 特に僕は汚した元凶だから、余計に何とも言えないよ……。


『ありがとうございます、というのは皮肉なものですね。私が穢れていたのはあなた方が原因なのですから』

『あ~じゃあ〝鍵〟はくれないの?』


 さすがにそれは困るんだけど。


『いえ、一度口にした事を反故にするつもりはありません。これでも神の名を冠するものとして嘘などつきませんよ。本心としては嫌ですけど、あくまで〝鍵〟はあなた達ではなくそこの少女達に上げるのですから』


 さすが女神。屁理屈が上手い。


 自分に言い聞かせるような事を言った【泉の女神】の手から銀色の小さな〝鍵〟が現れ、それが宙へと浮かぶと乃亜――を避けて咲夜の元へと飛んでいった。

 意地でも自分を穢した相手に渡したくないのが手に取るように分かるね。


『それではもう2度と会わない事を願います』

『スミスミ~』


 【泉の女神】はすまし顔でそう言い、スミ僕はバイバイと言わんばかりに片手を振ってきた。


 するといつの間にか僕らの目の前に泉は消えてなくなり、【泉の女神】もスミ僕もいなくなっていた。


『なんだかあっけなく〝鍵〟が手に入っちゃったね』

「そうですか? 戦闘では絶対に不可能だったことを考えれば確かにそうですが、時間は思った以上にかかりましたよ」

「ええそうね。墨を磨り続けた後、大きなデフォルメ蒼汰を泣かせ続けたから2時間くらいは経ってるんじゃないかしら?」


 乃亜と冬乃の言う事は分かるけど、むしろたった2時間で手に入ったのだから十分なんじゃないだろうか?

 ガチャで特効装備を引かずにクリアするのだから、その分時間がかかるのは仕方がないと思うよ。

 それにガチャ引くために駆けずり回るよりは精神的に健康だし、そんな事をしていたら結局時間がそれだけ経ってもおかしくないし。


『最終的に手に入ったから構わないと思うのです。そんな事よりも早く別のボスのいる場所に行くべきではないのです?』

「アヤメちゃんの言う通り。それに【アリス】も探し出さないといけない事を考えると、かなり時間がかかる気がする、ね」

「う~ん、時間がかかるとなると外がある意味大変な事になるけど、これはもうしょうがないのかな」


 ソフィアさんがあっさりとそんな事を言うけれど、それでは僕が【Sくん】を生み出した張本人だとバレる危険が増えて困るんだけど……。

 時間的にまだ日本には到達していないはずだけど、向こうではどうなってるかな?



≪大樹SIDE≫


 【Sくん】騒動がニュースに流れた翌日、教室の中は祈るようにスマホを握ってブツブツと呟き続けるクラスメイトで溢れていた。


「頼む……! 【Sくん】が日本に辿り着くまでに【魔女が紡ぐ物語クレイジーテラー】の問題が解決してくれ!」

「俺達の……俺達の唯一残された癒しなんだよ……」

「近くでリアルヒロインガチャ引き当て続ける横で、必死にバイトで稼いだ金で課金し続けて手に入れた美少女キャラなんだ……。くそ、もうスマホを壊す以外ねぇのかよ……」


 気持ちは凄く分かるけどよ。

 近くで蒼汰がハーレムを形成しているのを歯噛みするしかなくて、ゲームの美少女を手に入れることで溜飲を下げていたもんな……。


「スマホを壊せば【Sくん】に課金されなくても、この騒動が解決して新しくスマホを買うまでしばらくゲームが出来ないじゃない……。私の推しキャラが来週ピックアップなのに……!」

「ゲームはともかくしばらくSNSとか出来ないのが痛すぎるわ」

「スマホのない人生なんて人生じゃないわよね」


 女子達もゲームをガッツリやってなくても普通にスマホを日常で使ってるから、もう不便の一言じゃ収まらねえもんな。


 周囲の様子を観察する限り、幸いにも俺以外まだ誰も【Sくん】が蒼汰であることにクラスの連中は気づいていないみたいだ。

 まあニュースでチラッと現れただけだからまだ気づかれてないみたいだが、早くこの騒動を片付けねえと【Sくん】を見たら気づく奴も出て来るだろう。


 先生ですら【Sくん】に怯え憤慨しているし、早く解決しねえと蒼汰のやつ学校来れなくなるんじゃないか?

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