第37話 説教


 昨日は31階層までたどり着くことが出来たけど、今日はどこまでたどり着けるだろうか。

 土日でダンジョンに泊りがけで行ければもっと深い階層まで行けるのだろうけど、門限のルールがあるから無理なんだよね。

 多少門限に遅れた程度なら次の日ダンジョンに行けない程度で済むけど、無断外泊なんてした日には1週間もダンジョンに行けなくなってしまうのだから割に合わない。


 僕らがそれをした日には、何のために留学しに来たのか分からなくなるから絶対に出来ないし。


 そんな訳で昨日は31階層までしか行けなかったけど、今日は道順や道中に出てくるミミックの倒し方まである程度把握してるし、もっと深くまで行けるはず。


「………」


 また後ろから監視してきている穂玖斗さんがいなければ。


「ねえ、昨日何か対策するような事言っていたけど、どうするの?」


 しばらくは放置する方向でいくのだろうか?


「安心してください先輩。こうなると分かり切っていたので、昨日助っ人を呼んでありますから」


 妙に自信ありげな乃亜。

 助っ人を呼んだって言ったけど一体誰を?


 乃亜に言われて、何故か冒険者組合の施設の前で立っていた僕らの近くに1台の車が止まった。


「の、乃亜ちゃん、ごめんね。少し待たせちゃった?」

「ううん、そんなに待ってないよ穂香お母さん」


 車から出てきたのは穂香さんで、肩まである髪はボサボサのままであり、目にクマがあって顔色も悪そうなのも相変わらずだった。

 迷宮氾濫デスパレードで【魔女が紡ぐ物語上杉謙信】と相対した時には、[光魔法]のスキルを駆使して僕らを助けてくれたベテランの冒険者なんだけど、外を出歩いて大丈夫なんだろうかと心配してしまいそうな見た目を見る限り、そう見えないんだよね。


 乃亜が呼んだ助っ人がどうやら穂香さんの事のようだとは分かったけれど、どうして穂香さんなんだろうか?

 こういう場面で真っ先に思いつくのは姉御肌な感じの柊さんのような気がするのだけど……。

 そう思いながら、隠れてこちらの様子を見ているであろう穂玖斗さんをチラリと見ると、ガクガクと小刻みに震えていた。なんで?


「それじゃあ穂香お母さん、あそこに穂玖斗兄さんがいるからお願い」

「え、ええ、分かったわ。〝光鎖緊縛〟」

「ぬあっ!?」

「え、なんでダンジョン外でスキルが使えるの?」


 穂玖斗さんが穂香さんのスキルであっという間に縛り上げられて、うめき声を上げながら倒れてしまったけど、そんな事よりも穂香さんがダンジョンの外でスキルを行使した事に驚いてしまう。

 もしかして穂香さんはユニークスキル持ちだったんだろうか?


「お、驚いてるわね。別に私はユニークスキルを所持してないわ。ユニークスキルやデメリットスキルを持ってなくても、300以上のあたりまでレベルが成長したらダンジョン外でもスキルが使用できるようになるだけよ」

「あ、そうだったんですね。ところで魔法スキルを使ってもよかったんですか? 魔法スキルならスキルの危険度判定が甲種判定でしょうから、ダンジョン外じゃ使っちゃいけないんじゃ……」

「ひ、[光魔法]は攻撃力がなくてスキルの危険度は乙種判定を受けてるから、ダンジョン外でも登録してある魔法に限っては使用できるの」


 迷宮氾濫デスパレードの時や授業に攻撃力がないとは聞いていたけど、まさか外で使ってもいいとは思わなかったな。

 僕は意外に思っていると、穂香さんが縛られて倒れている穂玖斗さんの元へと向かい、しゃがみこんだ。


「そ、それじゃあ穂玖斗君、どうして乃亜ちゃんの嫌がる事をするのかな?」

「ち、違うんだ。俺は乃亜の為を思って……」

「の、乃亜ちゃんの気持ちは考えないの?」

「乃亜は今は正常な判断が出来ていないんだ。あれだけハーレムに苦い思い出があるのに、それをなかった事にしてハーレムなんて作れば不幸になるに決まってる」

「そ、そういう決めつけは良くないよ。それに乃亜ちゃんだってもう高校生になったんだから、全て分かった上で目指してるんだよ? なのに穂玖斗君は乃亜ちゃんの彼氏に付きまとったり喧嘩を吹っ掛けたりするなんて」

「俺は悪くない! 生半可な気持ちでハーレムなんて作るべきじゃないし、何よりあいつは乃亜に相応しくない!」


 穂玖斗さんの言い分は分からないでもないけど、そんな全否定されると普通に凹むな、っておや?

 穂香さんの様子が……?


「乃亜ちゃんから聞いてたけど、否定しないってことは本当にそんな事したんだ。しかも人様をそんな悪し様に言うなんて。

 悪いことしたら、ちゃんと謝らないといけないよね?」

「げっ」

「あっ」

「どうしたの乃亜?」

「いえ、久々に穂香お母さんのスイッチが入ったなって思いまして」

「スイッチ?」

「はい。普段穂香お母さんは独特な喋り方をしますが、普通に喋りだしたらスイッチが入った合図です」

「スイッチが入るとどうなるの?」

「ああなります」


 乃亜が指をさす先では、穂香さんは穂玖斗の顔面を両手で掴み、顔を超至近距離まで近づけて延々と説教をしていた。

 見開いて血走った目をしている穂香さんに、間近で説教されるのが精神的にキツイのか、穂玖斗さんが涙目になっている。


「別に暴力を振るったりする訳じゃないんですけど、あれを長時間やるので心が折れるんです」


 確かに。あれなら一発殴られて済まされるほうが、まだマシな気がする。


「さて、それじゃあ穂玖斗兄さんは穂香お母さんに任せて、わたし達はダンジョンに行きましょうか」

「え、あれ放っておくの?」

「ああなったら1、2時間は止まりませんから。それに穂香お母さんに任せた以上、わたし達が出来る事はありません」


 そう言ってスタスタとダンジョンに向かう乃亜を追う直前、穂玖斗さんと一瞬目が合ったけど、助けを求める相手を間違えてませんか?

 僕が視線を逸らすと、穂玖斗さんは絶望した表情になって大人しく話を聞き続けていた。


 親からの説教とか受けた覚えは1度だけだけど、下手に反抗すると説教が激しくなるんだよね。

 母に課金はほどほどにしろと叱られたので、無理だと返したらヒートアップしたんだけど。

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