第185話 寒中訓練
外は寒い。何せ雪がチラついているのだから。だと言うのに、俺はコートを脱がされて、つなぎ一枚でマリジール邸の庭に立たされていた。風が吹くと余計に寒い。
「リットーさん、家の中では出来ないんですか?」
「なに、身体を動かしているうちに自然と温かくなってくる!」
どうやら俺が何を言っても、外でやる事は決定しているようだ。
「それで? 俺は何をさせられるんですか?」
「うむ!
「全合一、ですか?」
初めて聞く言葉だが、内容は予想がつくな。
「ハルアキは、これまでに五感を統合させた共感覚と、五体を統合させた武術操体を覚えたな!?」
「はい」
「今度はその二つ、共感覚と武術操体を一つにして貰う!」
やっぱり。全合一と言う名前から、そんな感じの事をさせられるんじゃないかと想像していたのだ。
「それは分かりました。でも、何故今なんですか?」
俺の問いに、リットーさんは大きく首肯した。
「ハルアキよ! 今のハルアキの状態は、ハルアキとアニン、二人の身体を二人でシェアし、動かしている状態だ! だが、ハルアキの心が闇に沈もうとしている今、そのバランスは崩れ、アニンのシェア率の方が高くなり始めている!」
それは俺も感じていた。
「その不均衡を元に戻す!」
「それが全合一なんですか?」
首肯するリットーさん。成程、それならば今の俺に必要な事だ。
「それで、俺は何をすれば良いのですか?」
「ハルアキは話が早くて良いな!」
寒いからさっさと話を進めたいだけだけど。
「生物と言う者は、自身の内側と言うものを理解していないものだ!」
「はあ」
「武術操体を覚えたハルアキにしても、身体を動かしている時、または今のようにただ立っている時、身体の内側で何が起こっているかは分かっていない! ただ脳の信号に従って、身体を動かしたり止めたりしているだけだ!」
俺は首肯した。まあ確かに、知覚と言うのは普段外部刺激に対して反応するもので、自分の内部には、身体が傷を受けた時や病気に冒された時くらいにしか反応しない。それに肝臓や
「が! 私たちには共感覚がある! この拡張された感覚器は、我々の内側までも知覚出来るのだ!」
「それはなんとなく分かりましたけど、そうやって身体内部を知覚することが全合一? なんですか?」
「いや! 全合一は更にその先を行く! 共感覚によって知覚された筋肉や内臓などは、共感覚と溶け合い、常に自身の意識下に置かれる! そうなった身体はその内に秘めたるポテンシャルを百パーセント発揮する事が可能となるのだ!! 身体能力! 魔法効果! 全てがそれまでの比ではないだろう!!」
「はあ」
「のり悪いな!?」
「いえ、アニンの『闇命の鎧』も同様の効果なので、ここにきてそう言われましても。って感じなのです」
成程! とリットーさんは大きく頷いた。
「が! それは今のハルアキが使えば使う程に、アニンの闇によってハルアキの身体と心のシェア率がアニンに移行していくのではないか!?」
確かに、リットーさんと戦った時なんて、自分の事なのに、どこか他人事のような感覚があった。あれは本当に俺だったのか? あれがアニンの傀儡になるって事なのか?
『すまないな。ハルアキは良いやつだ。もっと仲良くやっていきたいのだが、我の生得的なモノがお主を支配しようとしてしまうのだ』
「まあ、気にするな。とは言えないけど、それをどうにかする全合一なんですよね?」
と俺はリットーさんを見据える。
「ああそうだ! ハルアキとアニンは今、意識の深い部分で繋がっているのだろう!?」
「はい」
「流石に全合一でも己の意識を知覚下に置き、意識を自在に操ると言うのは無理だ!」
確かに。それは主従が反転してしまっている。意識があり、その補助として知覚するのだ。知覚が意識の在り方を決める訳じゃないはずだ。心理学や哲学的にはどうか知らないが。
「が! 全合一によって身体が完全に意識の支配下に置かれれば、その知覚によって、アニンの意識がハルアキの身体をどのように支配しようとしているのか、知覚出来るようになるだろう!」
成程。アニンの生得的支配行動が俺の身体のどの部分から俺を支配しようとしているのか、脳なのか、四肢なのか、内臓なのか、それが分かれば、俺はそこに意識を集中させて、アニンの支配行動に対して抵抗出来ると言う訳か。
「分かりました! その全合一、習得してみせます!」
俺の言葉に、リットーさんは両手を腰に当てて大きく頷くのだった。
「まずは私の動きを良く見ているんだ!」
とリットーさんが見せてくれたのは、中国拳法のような動きだった。と言うか、太極拳の健康体操みたいな、ゆっくりした円運動だ。なんか昔のテレビ映像でこんなのを見た事がある。
「それに意味があるんですよね?」
「当然だ! まず初めにゆっくりとした動きで身体の各部位の動きをしっかりと把握し、円運動によってそれを途切れさせずに続けるのだ! こうする事で意識は身体を循環し、意識と身体が統合されるのだ!」
成程。理屈はあるのか。俺はリットーさんに倣い、この太極拳のような円運動の型を行う。
「慌てちゃ駄目だ! ゆっくりだ! ゆっくり! 目的は全合一! 身体の全てを知覚する事が目的だ! 洩れがないように、ちゃんと一つ一つの動きと、身体の各部位の隅々まで意識して動かすんだ!」
うぐう! 中々難しい。ゆっくり動かすと言うのが逆に身体に負荷が掛かるし、その上身体の隅々まで共感覚で意識しているから、脳がショートしそうでビリビリしている。これは相当習得が難しいぞ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます