第89話 デジャヴかな?
「かーっはっはっはっ!!」
デジャヴかな?
決闘翌日、学校から帰ってきてからベフメ伯爵邸に出向くと、リットーさんが客室で大笑いしていた。あまりに普通にいるから、ちょっとビビる。
「おお! 昨日の少年じゃないか! こんな時間まで何をしていたんだ?」
「はあ、まあ。勉強ですね」
「成程! 勤勉だな君は!」
「お褒め頂きありがとうございます」
と一礼してから、同じように客室に集まっていたオルさんの耳元で尋ねた。
「どうしてここにいるんですか?」
「ベフメ家が正式にリットー殿を客人として迎え入れたからだよ」
「はあ、それで話し相手としてオルさんが選ばれたと?」
オルさんは一度リットーさんに視線を戻してから、また俺に耳打ちしてくれた。
「まあね。ベフメ伯爵とバヨネッタ様は水路建設で手が離せないからね」
確かに。二人はリットーさんに構っている場合ではないな。今日も雨が降っている。いつまでも降り続けると言う事はないだろうが、水路建設の進捗が滞るのはまずい。効率的な水路建設が求められる。
ジェイリスくんはこっちに来ていてもおかしくないが、プライドの高い男である。仕事として水路建設が決まった以上、そちらを放り出してこっちに来る事はないか。
「いやあ、すまないねえ、オル殿! せめて雨が降っていなければ、外で武術の修練でもして暇を潰していたのだが!」
とリットーさん。
「はは。気にしなくて良いですよ、リットー殿。あなたの旅話は実に面白い。僕の知見を広げるものだ」
「ふむ。そう言って頂けると心が軽くなるな!」
などと案外話に花を咲かせていた。オルさんも流石貴族だな。リットーさんと普通に大人の対応をしている。
「少年!」
「はい?」
「少年もそんな所に立っていないで、座ったらどうだ?」
とリットーさんに勧められたので、俺はオルさんの横に座った。
「いやあ、昨日の決闘は中々見応えがあったよ!」
「はあ、ありがとうございます」
「が、避けるのは巧かったが、攻めるのは下手だったな」
ははは。武道の経験もない、ただの学生ですから。
「どうだ? 私が君の指導してみると言うのは?」
「ええええ?」
あ、露骨に嫌そうな反応になってしまった。
「いや、これは、あの、違うって言うか……」
「かーっはっはっはっ!! 素直だな少年!」
うう。顔から火が出る程恥ずかしい。
「いや、まあ、あれです。そう言うのはジェイリスくんに申し出てはどうですか? 彼、リットーさんに憧れているみたいですから。あ!」
思わず「リットーさん」と言ってしまった!
「かーっはっはっはっ!! 素直正直結構結構! そう気張らず、「リットーさん」で構わんさ!」
「あ、ありがとうございます」
はあ。穴があったら入りたいとはこの事か。気後れしているのか何なのか、どうにも会話にボロが出る。そんな俺の事をリットーさんは面白そうにじいっと眺めていた。
「君は、シンヤイチジョーを知っているかい?」
といきなり何かの名前を出された。? シンヤイチジョー? 何だそれ? 魔物の名前かな?
「本人は、シンヤと呼んでくれ。と言っていたな」
ふむ。人の名前だったのか。シンヤ・イチジョー。こっちの世界で姓を名乗るのは珍しい事だ。と言う事は俺のような異世界転移者か? …………シンヤ・イチジョーって、イチジョー・シンヤ? え? 一条辰哉? シンヤの事? は? え? 頭の中が大混乱を起こしているですけど? なんでリットーさんの口からシンヤの名前が!?
「…………そいつは、俺のような黒髪黒眼で、左の目元にホクロのある、俺くらいの年齢の男ですか?」
「おお! やはり知り合いであったか! うむ、まとっている雰囲気が似ておったからな! もしや同郷の知り合いかと思ってな!」
同郷の知り合いどころか、あの多重事故で行方不明になった俺の友人の一人ですけど。なんで? なんでリットーさんがシンヤと知り合いなの?
「ええと、リットーさんはいつどこでシンヤと知り合ったんですか?」
「うむ。パジャンでな」
「パジャン?」
どこそこ? と思っていると、オルさんが教えてくれた。
「フーダオの花形箱の発掘される国だよ」
と言う事は、海を越えた東の大陸にシンヤがいるのか。シンヤが、シンヤが生きているのか……。実感湧かない。もう一年近く会っていないしなあ。
「シンヤは、そこで元気にやっているんですか?」
「ああ! 勇者として精力的に活動していたぞ!」
…………え?
「ゆ、勇者? あいつ勇者やってるんですか!?」
「なんだ、知らなかっのか?」
恥ずかしい! 今日の会話の中で一番恥ずかしい出来事だよ! 友人が異世界で勇者名乗っているとか、どんな拷問だよ!
「どうした? 感極まったような顔だな? 会いたくなったか?」
「いえ。会いません。会いませんとも! もし今度リットーさんがシンヤに会う機会があったなら、モーハルドに桂木翔真と言う同郷の人間がいますので、そいつに頼めば国に帰る事も可能だろうと教えておいてください」
「ふむ。相分かった! シンヤにはそのように伝えておこう! して少年よ! 君の名前は何かな?」
ああ、俺、まだ名乗っていなかったのか。
「ハルアキと言います。よろしくお願いします」
と俺はリットーさんに深々と頭を下げた。はあああ。十分と交わしていない会話なのに、どっと疲れたなあ。
「かーっはっはっはっ!! お疲れのようだな? 私たちとの雑談は、ハルアキには辛いものだったかな?」
「いえ、そんな。ただ、この一年、厄介な事案に巻き込まれる事が多くって、そこにきて友人の生存を知ったので、もう、何が何やら」
とこれを聞いたリットーさんは何か思い当たるのか、「ふむ」と自分の手をジッと見て、また俺の方に向き合う。
「厄介事に巻き込まれるか! それは、ハルアキが英雄運を持っているからかも知れないぞ?」
「英雄運、ですか?」
「ああ! そう言うギフトがあってな! やたらと厄介事に好まれる体質なんだ! かく言う私も、その英雄運の持ち主だ!」
へえ、英雄運ねえ。なんか凄そう。でもなあ。
「俺、一般人なんですけど?」
「私だってそうさ! 英雄運と言う名前だから特別に感じてしまうかも知れないが、大体百人に一人は持っているギフトであるらしい!」
百人に一人なら、それほど珍しくないな。大体一学年に一人はいる計算になる。
「らしい、って事は、リットーさんも人伝てに聞いた話なんですか?」
「ああ! オルドランドの首都に占いをやっているばあさんがいてな! そのばあさんに教えて貰ったんだ! 良ければばあさんの居所を教えよう! 首都に行ったら訪ねてみると良い! さすれば自分の事がもっと分かるだろう!」
ありがたい。そんな訳で俺はリットーさんから占い師のおばあさんの居所を教えて貰った。ふむ。首都に行ってやる事が出来たな。
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