第175話 肚をくくる

「ハ〜ル〜ア〜キ〜!」


 宿場町に戻ったら、タカシが抱きついてきた。男に抱きつかれても嬉しくない。


「なんだよ?」


 強烈に抱きついているタカシを、無理矢理引き剥がす。


「怖かったんだぞ! 寂しかったんだぞ! 心許なかったんだぞ! 勝手にどこか行くなよ!」


 責められた。それはそうか。南の猟場に祖父江兄と二人だけ残して、宿場町を襲った賊たちを追ったのだから。


「悪かったよ」


「誠意が籠もっていない」


「何だよそれ。籠もっているよ誠意」


「だったら何でそんな美人のおねえさんと一緒にいるんだ!?」


 タカシが言う美人のおねえさんとはオラコラさんの事だ。


「賊を追った先でたまたま遭ったんだよ」


「どんな偶然!? そんな事あり得ないだろ!?」


「天使のせいで交通事故に遭うより確率高えよ」


「確かに!!」


 これでタカシとの無駄な口論は終わった。俺はこんな事している場合ではないのだ。早くアンリさんの無事を確認したい。



 町は酷い有り様だった。建物の半分近くが全壊や半壊し、未だに飛竜の炎が至る所で燻っている。飛竜の火炎や、後でやって来た馬に乗った奴らによって、家族や身内、愛しい人を亡くした人たちが、現実を受け入れられない。と泣き崩れたり、天を仰いだりしていた。その光景に胸が締め付けられる。


 そんな中、率先して動いている一団があった。北の猟場に行っていた日本人たちだ。彼らは自衛隊員を中心にいくつかグループを作り、倒壊した建物の下敷きになった人たちなどの救助活動を行っていた。


「バヨネッタさん、アンリさんは無事なんですよね?」


「ええ。町に入ってきた賊どもは、私が一人残らず撃ち殺したわ」


「そうですか」


 それを聞いた俺は向かう先をアンリさんがいる場所から、日本人グループへと変更し、彼らに声を掛ける。


「手伝います。何をすれば良いですか?」


「工藤くんか。ありがたい。この炎、どうにかならないかな? 魔法の炎なのか、中々消えなくてね。倒壊した建物とともに道を分断していて、思うように救助活動が出来ないんだ」


 成程。燻る炎は飛竜の火炎だ。何かしらの魔法的効果が付加されていても不思議はない。どうしたものか。俺の魔法で消せるだろうか? そう思案していると、


「それくらいなら私に任せなさい」


 俺の後ろで声を発したのはオラコラさんだ。振り返ると、オラコラさんは口に含んだ煙管の先から、黒煙をもくもくと吐き出し始めた。その黒煙は空へと昇っていき、それは宿場町を覆う黒雲と成ったのだ。


 ポツリと一滴の雨粒が地に落ちたかと思ったら、それは数秒の内に土砂降りとなった。まるでゲリラ豪雨のようで、町から少し視線を逸らした先では、好天なのだから不思議でならない。


 黒雲から降り注ぐ雨は、たちまちに飛竜の火炎を消したかと思ったら、その数秒後には既に雲は霧散して晴れていたのだから、狐につままれたかのようである。正に魔女の仕業と言うやつだ。


「ありがとうございます!」


 と日本人グループともどもオラコラさんに感謝を述べると、俺たちは倒壊した建物の瓦礫撤去や、下敷きになった人たちの救助活動を再開したのだった。



 秋の日はつるべ落としと言われているが、異世界でもそうなのだろうか? いつの間にやら周囲は暗くなり、スマホの時計を見れば、午後十時を過ぎていた。


 途中で転移門で自衛隊員などを呼べは良いのではないか? と言う話になり、俺が転移門で日本に戻って事情を説明。市ヶ谷駐屯地から助けを呼んでの人海戦術が奏功し、この時間にて本日の救助活動は終了。さほど大きな町でもなかったので、町人の話では、行方不明者はもういないらしく、残りの作業は夜が明けてからと言う事になった。つまりは、瓦礫の下から遺体を引き上げる作業である。


「ご苦労様です」


 自衛隊のキャンプで、一息吐いている俺の元に、アンリさんがわざわざお茶を運んできてくれた。アンリさんの事をほっぽり出して、日本人たちを手伝っていたのに、申し訳ない。


「俺なんて、自衛隊の人たちに言われるがままに身体動かしていただけですよ」


 実際その通りで、流石は災害救助活動などにも駆り出される自衛隊である。指示が的確で、かなりの人数が助けられたので、町人たちは喜んでいた。もちろん助けられなかった人たちもいるが。


 実際に死体を見た。瓦礫に押し潰され、炎で焼け焦げ、五体満足な者など一人もいなかった。その現実は、仕方ない。運が悪かった。で片付けられないリアリティで、異世界で旅を始めて、色々な事に耐性の付いてきた俺でも、相当堪えるものだった。


 そんな中で、タカシも祖父江兄も救助活動に尽力してくれて、町人でもない俺が、何故か感謝の気持ちで胸がいっぱいだった。


 折角アンリさんがお茶を持ってきてくれたと言うのに、会話が続けられず、アンリさんは二、三言会話をしたら、自衛隊のキャンプから出ていったのだった。


 その日、タカシと祖父江兄、その他日本に帰る事情のある人たちを、転移門で日本の市ヶ谷駐屯地に送り届け、俺も帰宅。ベッドの中で目を閉じると、救助活動で見た死体の姿が生々しく思い出され、中々寝付けなかった。



 翌日、早朝に市ヶ谷駐屯地へ。第二陣は既に整列して俺が来るのを待っていた。そんな自衛隊員たちを転移門で宿場町へと送り届けたら、俺は学校へ。悶々とした一日は時間が進むのが凄くゆっくりだった。


 放課後にタカシや祖父江兄を連れて、本日二度目の市ヶ谷駐屯地。第三陣が既に待っていた。この人たちが第一陣との交代要員なのだそうだ。


 第三陣と転移門で宿場町へ。宿場町は既に復興へ向けて動き出していた。そんな中、俺はバヨネッタさんが寝起きしているゲルへ向かった。バヨネッタさんに呼び出されたからだ。


「何ですか?」


 ソファでミデンを撫でながら寛ぐバヨネッタさん。俺はその向かいの椅子に座りながら尋ねた。周りには、オルさん、アンリさん、オラコラさんがいる。


 バヨネッタさんは嘆息しながら俺の目をジッと見据える。その態度からあまり機嫌が良いようには見えない。


「どうするつもり?」


「どうする、とは?」


「賊どもの事よ」


 あの落人貴族たちか。


「俺に聞かれましても」


「なに言っているのよ。奴らの狙いはあなたなのよ?」


 そうだった。


「私は皆殺しを推奨するわ」


 発想が物騒過ぎる。


「五千人全員皆殺しですか!?」


「そうよ。生きていても周りの人間たちに害しか与えない、害虫よ。殺して感謝こそされても、非難する人間なんていないわよ」


 それは、そうなのかも知れない。町の様子を見る前の俺だったら、なんとかして五千人の命を助けられないか、とバヨネッタさんに懇願していたかも知れない。まあ、それは無理だったとしても、俺は五千人との乱戦でも、相手を殺す事はしなかっただろう。でも今は……どうすれば良いのか分からない。


「五千人、殺せと?」


 俺はどんな顔をしているのだろうか。この気持ちをどう表現すれば良いのか、複雑な心の裏が口からまろび出そうで、肚の底が落ち着かない。


「一人殺せば人殺し、五人殺せば殺人鬼、十人殺せば虐殺者、でも五千人殺せば英雄よ」


 バヨネッタさんの目は真剣だ。チャップリンみたいな事を言わないで欲しい。あっちは百万人だったっけ。異世界との倫理観の差よ。つまりバヨネッタさんは、俺に「人間を辞めろ」と言いたいのだ。英雄とは人間でいられなくなった者の称号だったのか。


「バヨネッタさんも、英雄なんですか?」


「私は魔女よ」


 その答えが何を意味しているのか、俺にはその裏を汲み取れきれなかった。


「どうせあなたが落人どもを庇ったところで、捕まれば処刑は免れないわよ」


 それは分かっている。俺が見ようとしてこなかった異世界の裏の部分だ。ああ、まるで背後から暗い暗い影が迫ってきて、今も未来も塗り潰そうとしているようだ。……………………くだらない。


「その顔は、肚は決まったようね」


 バヨネッタさんの口角が片方上がる。


「はい。俺は、足掻きます」


 それが俺の答えだ。殺さなければいけない状況になったとしても、俺は最後まで足掻いていきたい。


 場にいる俺以外の四人が嘆息した。


「だから言ったでしょう? ハルアキくんが進んで人殺しをしようなんてする訳ないって」


 オルさんが相好を崩した。


「ここまで追い込めば、ポロリと言うかと思ったのに」


 バヨネッタさんが小悪魔みたいな顔で俺を睨んでいる。


「ふふっ、あっはっはっはっ」


 オラコラさんはお腹を抱えて笑っているし。


 アンリさんはもう何でもないように、お茶の用意を始めている。


「え? え? え? もしかして、俺、試されてたんですかあ!?」


「そうよ」


 そうよって!


「ハルアキ、覚えておきなさい。進んで、己のエゴで人を殺そうなんて輩は、一人だろうが五千人だろうが、百億人だろうが、そいつはただの人殺しよ。英雄な訳ないでしょう」


 膝から崩れ落ちる俺。くそう、なんだよこの大人たち。俺なんかをからかって、何が楽しいんだよ! チクショウ!

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