第174話 中継ぎ
「へえ、侯爵家を、派閥もろとも潰すなんて、少年はどこかの王族か何かなのかい?」
からかうような笑顔で、オラコラさんがこちらを見詰めてくる。
「いえ、ただの平民です」
「平民が貴族に盾突いて、逆に多数の貴族をお家取り潰しにしてしまったのかい? 神が奇跡でも起こしたのかなあ? ああ、それで『神の子』なんて言われているのか」
勝手に納得されても困るが、あの時の事を懇切丁寧に説明するのは面倒臭い。
「まあ、あれはムチーノ侯爵がヘマやっただけですよ。俺はそこにちょっと関わっただけで……」
「ヘマしただけねえ」
オラコラさんに懐疑的な目を向けられる。思わず目を逸らす俺。
「はい。嘘ね」
ぐっ、何故俺はこの人に見詰められると、視線を逸らしてしまうんだ。
「嘘じゃないですよ」
だがそれを信用しないオラコラさんは、バヨネッタさんの方を見遣る。
「そうねえ。ハルアキはムチーノ侯爵の事件に当事者としてがっつり関わっているわね。と言うか解決したのがハルアキだから。もうジョンポチ帝ともオトモダチだから」
「へえ、そうなんだあ」
二人してニヤニヤこっちを見ないで欲しい。
「それじゃあ落人貴族たちから狙われるのも納得ねえ」
はあ、確かに。それにしてもムチーノ侯爵は洗脳で色んな人を操っていた訳で、サリィではそれで『お咎めなし』となっていたが、西部はそうもいかなかったんだなあ。それだけムチーノ侯爵派閥の貴族による圧政が酷かったと言う事だろう。そしてその落ちぶれた貴族たちは、今も平民たちを襲っている訳で……。俺はバヨネッタさんを見遣る。俺の言いたい事を読み取ってくれたバヨネッタさんが首肯してくれる。
「分かりました。落人貴族を捕まえるのに協力します」
「おお! そうかい? ありがとう!」
俺がそう言うと、グイッと眼前まで迫ってきたオラコラさんに手を握られる。何と言うか、距離感の近い人だ。
「それで、俺が囮と言うのは分かりましたけど、どうやって落人貴族たちを呼び寄せるんですか。誰に噂を流させるつもりなんです?」
俺の問いに、しかしオラコラさんは首を傾げている。
「そうだねえ。西部にある飲み屋にでも噂を流せば、集まってくるんじゃないかな? あそこは裏に通じている者なんかも集まって来るからねえ」
「はあ。西部にどれだけの都市や町や村があるか知りませんけど、それを三人でやるのは無理があると思います」
「そこはほら、軍の皆さんも動いてくれるよ」
何だか行き当たりばったり感が凄い。
「そんな目で見ないでよ。まさかこんなに早く目当ての人物に出会うとは思っていなかったんだよ」
成程。オラコラさんとしては今の時点で俺と邂逅するとは思っていなかった訳か。
「ここで出会ったのでなければ、一回少年と少数の落人貴族たちを会敵させて、少年に追い払って貰う。そうしたら次に落人貴族が仲間を連れてやってくる。また追い払う……、この繰り返しで全滅させるつもりだったんだけどなあ」
なんか、俺の負担が多い作戦だな。
「良いわね。その作戦でいきましょう」
この話に乗ってきたのがバヨネッタさんだ。
「いや、バヨネッタさん。この作戦をやろうにも、まず落人貴族たちと会敵して、追い返さないといけないんですけど」
俺の言にオラコラさんも頷く。
「? 要は落人貴族たちに、ハルアキがここにいるわよ。と伝えるメッセンジャーがいれば良いのよね?」
「まあ、そうですね」
「いるわよ」
とバヨネッタさんが自身の後ろを指差した。そこには宙に浮くバヨネットに、ロープで吊るされた鎧の男がいた。気絶していて静かにしていたから忘れていた。
「誰ですその男?」
「さあ?」
「さあ?」
いや、バヨネッタさんも知らんのかい。
「まあ、でも首の斬り落とされた飛竜の側で気絶していたから、落人貴族の一人だとは思うわ」
ん? 首の斬り落とされた飛竜? それってもしかして俺が首を斬り落とした飛竜か? そうか、騎手の人、あの高度から落ちて生きていたのか。良かった。あの時は頭に血が上っていたからなあ。下手したら、俺は殺人者になっていたかも知れないんだ。今になって背筋がゾッとする。
「どうしたのハルアキ? 顔が青くなっているわよ?」
とバヨネッタさんが心配してくれた。が俺は首を左右に振るう。
「大丈夫です。気にしないでください。その男の飛竜を斬ったのは俺です。その男が落人貴族の仲間であるのは間違いないと思われます」
「……そう」
バヨネッタさんはそれ以上突っ込んで聞いてこないでくれた。
「さて、それじゃあこの男を逃して、落人貴族たちに情報を流させれば良い訳だね」
鎧の男に近付いたオラコラさんは、手に持っていた煙管で、男の鎧を叩いた。バチバチッと電気が流れる音がして、鎧の男の身体がビクンと跳ねる。
「うっ、ぐっ、ここは……?」
ロープで吊られた男は辺りをキョロキョロと見回して、俺の姿を見付けた。
「貴様! 殺してやる!」
おうおう、ロープで縛られているって言うのに、威勢が良いな。
「無理だね」
俺はあえてトーンを抑えて男に話し掛ける。
「何だと!?」
俺の言葉に激昂する男。ロープに縛られながらも、男は身体をブンブン振り回している。
「あんた、俺が誰だか分かって言っているのかい?」
「誰か、だと?」
俺にそう言われて、じっくりと俺を上から下まで見遣る鎧の男。
「まさか……!」
「ああ。俺がハルアキだよ」
「!! そうか! こんなところにいたのか。殺してやる!!」
ドゴッ!!
鎧の男の腹に、アニンを変化させたグローブで一発入れる。それだけで鎧は砕け、男は胃の内容物をぶち撒けだ。
「で? 誰を殺すって?」
喚き散らす男を見ていたら、こんな奴のせいでアンリさんが怪我をしたのか、とまた腹が立ってきた。
「ぐっ、貴様さえいなければ、我々の帝国が成立したのだ」
どうやらこの男は、ムチーノ侯爵に洗脳で操られていたのではなく、自ら進んで悪事に加担していたようだ。あれだけ人々に迷惑を掛けて、それでも手にする野望にどれ程の意味があるのかは、俺には分からない。ただ嫌悪感しか感じない。
「そうよねえ。あなたたちとしては、あと一歩だったのだものねえ。その悔しさ、分かるわあ」
そう言って男に近付くバヨネッタさん。その手には幻惑燈を持っている。バヨネッタさんは、魔法で男を縛っていたロープを解いてあげた。
「何のつもりだ?」
何故ロープを解かれたのか分からない男が、バヨネッタさんに尋ねる。
「チャンスをあげる。と言っているのよ。十日後にまたここに来なさい。仲間を全員呼んでね。そうすればあなたたちの復讐が遂げられるでしょう」
「ふ、ふはははは、馬鹿め! ここで私を見逃す事を、死んで後悔するが良い! 十日後、五千の軍隊が貴様らを蹂躪するだろう!」
男はそう言って、この場を後にしたのだった。
「幻惑燈、意味があったんですか?」
「幻惑に掛けないと、明日にでもやってきそうでしょう?」
成程。何であれ、十日後に大きな戦をする事になりそうだ。気が重い。
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