第544話 ミイラ剣士との再戦(後編)
「ふはは! 雰囲気が変わったな! やっと本気になったか!」
俺が『有頂天』になった事を悦ぶように、シンヒラーから先程までとは比べものにならない殺気が叩き付けられる。
「ああ、悪いな。絶賛スロースターターは改善中なんだ。ここから、更に本気を出すから、置いていかれるなよ?」
俺の言葉をシンヒラーがどのように受け止めたのかは分からないが、観客たちはこれを素直に挑発と受け止めたのだろう。罵詈雑言の野次が土砂降りの如く舞台に降り注いでくる。だがまあ、『有頂天』状態にある俺からしたら、この程度の罵声の雨、受け流すのも容易い。
俺とシンヒラーは互いから視線を外さず、一挙一動に注力して、相手の出方を窺っていた。これまでであれば先に動くのはシンヒラーだろう。なら俺が先に動かせて貰う。
俺は『時間操作』タイプBを発動させて、シンヒラー目掛けて一直線に駆け出した。これに対して防御に回るシンヒラーじゃない。やつの方からもこちらへと駆け出し、その動きは俺より速い。が、そんな事は百も承知だ。
「!?」
シンヒラーが己の挙動に異変を感じたのは、己が振るった光の剣が、俺に避けられた時の事だった。今までなら少なくとも直接対決で攻撃が当たらないなんて事態はなかったのに、ここにきて紙一重で避けられた。しかも己よりも遅い相手に。
それは速度に自信を持つシンヒラーに、一瞬の驚きと隙を作り出し、俺の振るうアニンの曲剣が、その隙を縫うように無防備なシンヒラーの腹へと滑り込む。
これをバックステップで避けようとするシンヒラーだったが、曲剣がそれより速く腹に横一文字の傷を与えた。
(くっ、硬い。やはり一撃で倒せる程甘くないか)
俺の攻撃で腹に負った傷を、驚きとともに擦るシンヒラー。何が起こったのか分かっていない。って顔だな。教えてやる義理はないので、このまま続行だ。
いきなり己よりも速度の上がった俺の攻撃に、シンヒラーは目を見開きながら、防戦一方に追い込まれていく。光の剣での防御に対して、対魔鋼の剣で相殺し、その隙にアニンの曲剣で攻撃を与える。どれも直撃とはいかない為に与えられるダメージは少ないが、シンヒラーは俺の攻撃によって、じわじわと追い詰められていっていた。
俺がしているのは至極簡単なトリックだ。自分の速度を上げてもシンヒラーに届かないのなら、シンヒラーの方の速度を下げれば良いのだ。つまり『時間操作』タイプBで自分の速度を上げつつ、『時間操作』タイプAでシンヒラーを含む周りの速度を遅くしたのだ。『有頂天』状態だからこそ出来る無茶。言うなれば『時間操作』タイプCである。その分LPの消耗は激しいが、やれば出来るものだな。
最初は転移扉で縦横無尽に転移しまくり、シンヒラーの死角から攻撃しようとも考えたが、転移扉での移動の瞬間を狙われる可能性を考え、こちらの策へと変更した。当たりだったかな。
じわりじわりとシンヒラーを壁際へと追い詰めていく。このまま上手く事が運べれば良いのだが、そんな生半可な相手な訳ないよなあ。
「!!!!!!」
吠えるシンヒラー。何か言っているのかは分からない。シンヒラーと今の俺とでは時間感覚が違い過ぎて、会話が成り立たないからだ。それでもシンヒラーが底力を見せ始めたのは感じ取れた。こちらの二刀流の攻撃に対して、対処し始めてきたのだ。
光の剣で対魔鋼の剣を相殺した後に、光の剣を翻し、アニンの曲剣を寸断する。そして俺が寸断された曲剣を再生させながら右手の対魔鋼の剣でシンヒラーを斬らんと襲い掛かれば、更に光の剣を翻してこれを相殺。そして再生された曲剣をまた斬り落とすシンヒラー。やや壁際までシンヒラーを追い詰めたと言うのに、そこで闘いは膠着状態へと突入してしまった。
やってくれる。このまま膠着状態が続けば、俺のLPが枯渇して、試合終了を待たずに『時間操作』タイプCが切れて、シンヒラーの勝ちが確定してしまう。それは避けるべき事態だ。
だがシンヒラー的にも無茶な事をしているのだろう。それまであった余裕を感じさせないシンヒラーの見事な剣捌きに、心の奥底で動揺しながらも、精神は『有頂天』状態を維持する為に冷静に保ち、俺は次の一手に移る。
対魔鋼の剣を相殺し、アニンの曲剣を斬り伏せようとしたシンヒラーが、直前でその動きを止めて、俺から一気に距離を離し、壁際まで下がった。そんなシンヒラーがいた場所を、地面からアニンの黒槍が飛び出していた。これに合わせて俺も大きく後退する。
これは更なる愚策かも知れないが、ここでシンヒラーに負けて、ボッサムの思い通りになる訳にはいかないんだよ。俺は闘技場の舞台全体に霧状にしたアンデッド特攻の『清塩』を展開させると、その中に粒状にしたアニンの黒粒を混ぜ合わせていく。
「!?」
シンヒラーが喚いているし、俺も何もここまでしなくてもとも思う。が、やっちまったもんは仕方ない。何せこの状態に持っていくのに『代償』でレベルを一つ消費してしまったからねえ。でもこれで俺はバフ増し増しだ。とは言えこの状態を維持するのも辛い。一気に勝負を付けさせて貰うよ。
「!!!!!!!」
逃げ場なしと判断したシンヒラーが、咆哮とともにこちらへ突進してくる。それに対して、俺は舞台全体に『五閘拳・重拳』で重力場を作り出し、シンヒラーの動きを遅くする。それとともに『清塩』とアニンの黒粒が針状になって雨霰の如く一斉に襲い掛かり、シンヒラーを串刺しにしていく。それでも突進をやめないシンヒラーだったが、進む程にその速度は削がれていき、俺の前まで来たシンヒラーは、全身を白と黒の針だらけのボロボロで、それでもシンヒラーの瞳は闘いの悦びにギラギラと燃えていた。
本当に何がこの男をここまで駆り立てるのやら。俺の感性と対局にあるようなこの男の狂気に、背筋を冷たいものが流れるのを感じながら、俺は突進しながら光の剣を突き刺してくるシンヒラーの攻撃をくるりと躱すと、『代償』バフが掛けられ、『重拳』の威力が乗ったアニンの曲剣で、シンヒラーの首を斬り落としたのだった。
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