第543話 ミイラ剣士との再戦(前編)
闘いの開始を告げる鐘が鳴らされた。
『瞬間予知』と同速で、高速で直進してきたシンヒラーが、既に光の剣を持った腕を上段に振り上げていた。『有頂天』どころか『超集中』に入る暇もない。
(速いんだよ!)
『空間庫』から右手に対魔鋼の剣を出現させると、それを横にして左手を添え光の剣を受け止める。キンッと硬質な音が鳴り響き、シンヒラーの剣からズシンと重い衝撃が身体を突き抜ける。『逆転(呪)』があるから対抗出来ているけど、それがなければ今の一撃でレベル差で真っ二つになっていたな。
「くっ!」
先制攻撃を受けて睨み返せば、口角を上げて闘いの悦に浮かれた表情をこちらに見せるシンヒラー。
「ほら次だ!」
シンヒラーは当然のように光の剣を翻し、返す刀で俺の左胴を薙ぎに来る。それを身体を捻って対魔鋼の剣を縦にして受け止める。が、衝撃で吹き飛ぶ俺の身体。
二度三度とバウンドしてから、ゴロゴロと舞台を転がり壁に衝突して身体が硬直する。目が回る俺の視界で、シンヒラーの姿が消えた。ハッとして『全合一』で探知すれば、ジャンプしたシンヒラーが、光の剣の先をこちらへ向けて、飛んできていた。こいつ本気で仕留めにきていやがる。
俺はクラクラする頭でアニンを自動拳銃に変化させると、こちらへ向かってくるシンヒラーへと引き金を引く。
これを軽々光の剣で弾いたシンヒラーだったが、俺を突き刺そうとしていた光の剣は、銃弾を弾いた事でその向きを変えた。だが弾くのも織り込み済みか、銃弾を弾いた光の剣は、俺を断ち斬るような構えへと変わっていた。
それでもほんの一瞬、俺が動ける隙が出来た事が大事なのだ。俺は『時間操作』タイプBで己の時間を素早くさせると、俺に向かって振り下ろされようとしていた光の剣から飛び退き、壁際を走ってシンヒラーから対角線まで逃げ延びる。
俺がそれまでよりも速度を上げてシンヒラーの攻撃を避けた事で、観客たちから落胆の声が漏れるが、自身の速度を上げているからだろう。ゆっくりと聞こえる観客たちの罵声は、先程よりはマシになった。
対角線の壁に一筋の形跡を残したシンヒラーが、ゆっくりとこちらへ振り返り、俺に向かって悦びの熱視線を向けてくる。ミイラ男にそんな情熱的な視線を向けられても嬉しくないんだけど。
右手に対魔鋼の剣、左手にアニンの自動拳銃を持つ俺に向かって、シンヒラーが初手同様に突撃してくるが、『時間操作』タイプBを使っている今の俺なら、少しはマシに見えるな。それでも速い、
「けど!」
俺は左手の自動拳銃をシンヒラーに向ける。これで牽制しながら、右手の剣で対抗する。が、シンヒラーはそれを嘲笑うかのように、左右へとステップを踏み、拳銃の射線から逃れながらこちらへと猛速度で接近してきた。
(意味なしかよ!)
眼前のシンヒラーの振り上げられた光の剣を、右にジャンプしながら紙一重で躱し、その場から逃げる為に駆け出すが、すぐに追い付かれた。当然か。
光の剣の猛攻。上下左右斜めと、猛速度で振るわれるシンヒラーの光の剣を、対魔鋼の剣で受けるが、レベル七十のシンヒラーの攻撃を、レベル四十二の俺が片手一つで受けきれる訳がなく、一撃食らう度にポンポンと舞台上を吹っ飛ばされる。もう視界がぐるぐるしてこちらの上下左右が分からなくなるが、それでも俺は矢鱈目鱈に左手の自動拳銃を撃ちまくり、少しでもシンヒラーの攻撃を削ぐ事に注力する。
しかしそれでシンヒラーが止まる訳もなく、ポンポンと舞台上を吹っ飛ばされ続ける俺。闘技場はそんなシンヒラーのパフォーマンスに大盛り上がりのようだが、やられる俺からしたらたまったものじゃない。光の剣が振るわれる度に吹き飛ばされ、立ち上がったと思ったら、また光の剣で吹き飛ばされる。その繰り返し。が、人間繰り返されれば慣れてくるものだ。
キンッ。
袈裟懸けに振るわれたシンヒラーの光の剣を、対魔鋼の剣を斜めに構え受け流す。これに驚いたシンヒラーが目を見開いたのが俺の目から窺えた。
キンッ。
返す刀で俺の右から横薙ぎに振るわれる光の剣を、しゃがみながら対魔鋼の剣を光の剣に這わせて受け流し、これに二度目の驚きを覚えたらしきシンヒラーに、至近距離から自動拳銃をぶっ放す。
ダンダンッ!
二度の発砲がシンヒラーの腹に直撃するも、自動拳銃程度では、与えられるダメージもたかが知れている。それでも一歩シンヒラーを後退させたのは大きい。俺はこの隙に左手のアニンの自動拳銃を曲剣へと変化させると、更に一撃加える為に、曲剣を下から逆袈裟に振るう。
これを後退して悠々と躱し距離を取るシンヒラー。が、俺から距離を取ったな? この事実に自然と俺の口角が上がり、これを見たシンヒラーの瞳から先程までの悦びの色が抜け、殺気のみに真剣なものへと変貌した。そこまで本気にならなくても良いんだけどな。と思いながら、両手の剣を握る手に力が入る。
先程までと攻防が変わった。シンヒラーの光の剣を右手の対魔鋼の剣で受け流し、左手のアニンの曲剣でシンヒラーを攻撃する。シンヒラーとしても、拳銃の一発よりも、曲剣の一閃の方が嫌らしく、避けてくれるのはありがたい。そんな、舞台の中央で行われる、一撃食らえば相手に主導権が移る、ヒリつく攻防。
自分のすぐ横を、光の剣と言う名の死が幾度となく通り過ぎる異常事態だと言うのに、俺の感覚は慌てふためくでもなく、冷静にこの事態に対処していた。『共感覚』も、『武術操体』も、『全合一』も、十全にその力を発揮し、シンヒラーの光の剣を受け流し、アニンの曲剣を的確に振るい、レベル差があるシンヒラーと、互角と言って良い闘いを繰り広げていた。俺はいつの間にか『超集中』の領域に入り込んでいたのだ。
このままでは埒が明かないと考えたのか、シンヒラーが一歩二歩とバックステップして俺から距離を取る。眼前の戦闘狂のミイラ男は、口角を上げてその瞳がまた深い愉悦の色を見せる。それはここから更にギアを上げると宣言しているようであり、俺の危機感を更に一段階上げるのに十分だったが、ギアを上げるのは俺も同じだ。このまま『有頂天』に入らせて貰う。
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