第545話 無効試合?

 まさかまさかの俺の勝利に、シンと静まり返った闘技場。


「……ふざけるな」


 それを誰が言い放ったのか分からないが、観客の一人がそう口にした端から、徐々に、ぽつりぽつりと、一人、また一人と、俺を罵るとともに、この結果に納得がいかない観客たちが総出でその激情をぶつけようと、舞台に向かって罵詈雑言の嵐を巻き起こす。


 しかし結果は結果だ。この勝利に誰一人賭けていなかったとして、俺には関係のない話。と、俺は憤慨する観客たちを無視して『鑑定(低)』でステータスウインドウを開く。


(おお! レベルが四十五まで上がっている! 『代償』でレベルを一つ下げたけど、レベル七十の大ボスを一人で倒せば、やっぱりそれなりの経験値が入るな)


 しめしめとほくそ笑んでいると、


「こんなものは無効試合だ!!」


 と一際大きな怒号がVIP席から飛んできて、そのあまりの大声に、観客たちは罵声を発する事を忘れて静まり返り、闘技場にいる全員の視線がVIP席へと集まった。


 俺も舞台から見上げるが、怒りから立ち上がり顔を真っ赤にしている豚面の男が、今にもその視線だけで俺を殺しそうな程睨んでいる。ボッサムだ。


「こんなものは無効試合だ! 観客の誰一人賭けた者がいない試合は払い戻しだ! やり直しを要求する!」


 ボッサムにしては正当な払い戻し請求をしてきたな。って事は、ボッサムもこの試合に幾らかの金を賭けていたのか。それも恐らく大金だろう。でなければ無効試合にはしないだろうし。


「無効試合は困りますね、ボッサム殿」


 だがそれに「待った」を掛ける者が現れた。ボッサムの横で試合を観戦していたジオだ。


「確かに。誰一人あの人間、ハルアキの勝利に賭けていなかったのなら、賭けは成立せず無効試合でもよろしいが……」


 そこでジオが懐から賭け券を取り出した。


「ここに一人、ハルアキの勝利に賭けていた者がいるのですよ。無効試合は成立しません」


 へえ、意外。俺の勝利に賭けていたのか。これも計算の内かな?


「謀ったな、ジオ! 事前にあの人間が勝つように仕込んでいたな、貴様!」


「おやおや、とんだ言い掛かりを」


 ボッサムはジオを睨み付けるが、それを受け流すジオ。恐らく試合の前に何かしらやり取りでもして、両者で賭け金を釣り上げていったのだろう。それによってボッサムは大金を失った。いやはや、ジオも悪い奴だねえ。


「くっ! あの人間が三十ものレベル差を覆して勝てるはずがない! 貴様! 事前にシンヒラーに負けるように言い含めたな!」


 どうだろうなあ。試合の勝敗に対して、俺有利に進めるような指示を、俺は事前にジオから聞かされていない。


「はあ。それこそ、言い掛かりと言うものだ。私は少なくともシンヒラーに、この試合に負けろ。とは命令していない」


「嘘を吐くな! この試合は八百長だ! 事前にシンヒラーが負けるように組まれていなければ、貴様があの人間に賭ける訳がない!」


 ヒートアップするボッサムに、「そうだそうだ」と観客たちの中からも声を上げ始める者が出始めた。多いのはブーギーラグナの領域からやって来ている観客たちか。他にもアンデッドたちの一部がボッサムに同調するように声を上げているな。それ以外のアンデッドたちは、困惑するように立ち尽くしていたり、状況を静観している。


「良いか! この試合は八百長! 無効試合だ! きっちりと払い戻しはして貰う!」


 ジオにそう言い放って、ボッサムはVIP席から立ち去ろうとするが、そこにボッサムが気付かぬうちに『分体』で増えていたエルデタータが前に立ち塞がる。


「邪魔だ!」


 立ち塞がるエルデタータを退かすように四人の部下に命令するボッサムだったが、その四人の前にもエルデタータの分体が立ち塞がり、ボッサムを意地でも通さないつもりらしい。


「逃さないよ」


「何だと!?」


 冷淡に言葉を吐き捨てるジオに対して、激情で顔はおろか全身を真っ赤に染めるボッサムが振り返った。


「お前だけじゃない。この闘技場の経営者も、お前の指示で八百長をしていた闘士たちも、お前の案に乗って金を稼いでいた観客たちも、誰一人この闘技場から逃しはしない」


 ジオの言葉に、闘技場の観客たちがざわつくが、その反応は様々だ。裏でそんな事が起きていた事に初めて気付いたように驚く者。何となくそうなのだろうと気付いていたらしく反応の薄い者。悪事がバレていた事に動揺する者。そして何食わぬ顔で冷静に事態を静観している者。


「ボッサム、お前のやってきた事、これからやろうとしている事に関しては、既に報告が上がっており、調査済みだ。そしてそれに関して、私は既にカヌス様とブーギーラグナ様へ報告もしている」


「なっ!?」


 驚きで真っ赤だったボッサムが今度は一気に青ざめる。見ている分には飽きないな、ボッサム。関わり合いにはなりたくないけど。無論、ジオにボッサムの件を報告したのは俺だ。それに対してジオは、「こちらで対応する」との一点張りで、所詮部外者の俺は除け者扱いだったが、両魔王まで報告が行っていたのか。


「…………だったらどうした。私はこの町の発展を思って色々行動したまでだ。貴様よりも私が統治した方が、この町はより発展する! この町を統べるに相応しいのはお前ではなく私だ!」


 良くもそんな大言壮語が言えたものだ。自分の利益にしか興味のない、他のやつなぞ盤上の駒以下のように見下しているくせに。


「…………確かに領地運営などした事のない私よりも、お前の方が相応しいかも知れない」


 は? 何を馬鹿な事を口走っているんだあの怨霊は。これにボッサムが「ほら見た事か」と醜い笑みを浮かべ、そして何かを口にするより先に、ジオが二の句を語り出す。


「カヌス様からも、ブーギーラグナ様からも、現場責任者である私が決めろ。とのお達しだった。なので私は、考え抜いた末に賭けに出る事にしたのだ」


 賭け?


「賭け?」


 思わず心の声がボッサムと重なってしまった。


「私はこの件を、アルティニン廟でともに探索者たちと渡り合ってきた仲間に話した。見ての通り、エルデタータは私に付いた。ベイビードゥもそうだ」


 は〜ん。観客席で静かにしているやつらは、いつボッサム派が暴れ出しても制圧出来るように、ベイビードゥの送り込んだ刺客たちか。


「そして、シンヒラーの答えは…………、勝手にやる。だった」


 勝手にやる。か。恐らくボッサム側からも、俺を殺すように指示されていただろうし、その胸中はシンヒラーにしか分からないな。


「分かったか、ボッサム? 確かに私は事前にシンヒラーに今回の件を話はしたが、あやつはあやつの自由意志でこの闘いに臨んだのだ。そして私は私の自由意志で、ハルアキの勝利に賭けた。負けたらこの領地の責任者の地位を貴様に譲る覚悟でな」


 うわあ、それはジオがカヌスによって生み出されてから、これまでで一番と言えるであろう決意の賭けだな。


「もう一度言おう。分かったか、ボッサム? 私は賭けに勝ち、お前は負けたんだよ」


「…………っ!! だったら何だ!? この町から追放するのか!? するなら勝手にすれば良い!! 私は一国の王だぞ!! こんな小さな町! こっちから願い下げだ!!」


 わー、台詞が馬鹿っぽーい。しかし出禁になってくれるならありがたい。地下界に行ったら、ボッサムの国は避けて通ろう。


「何も理解していないんだな、ボッサムよ。私は、逃さない。と言ったのだ。現場責任者として、この件に関してカヌス様からもブーギーラグナ様からも一任されていると言っただろう?」


 そう口にしたジオが、その後に何やら呪文らしきものを唱えると、闘技場全体を覆う結界が出来上がった。


「確かに、誰もが予想し得なかったハルアキの勝利による私の一人勝ちだ。これでは観客の鬱憤も溜まる一方だろう。適度なガス抜きは必要だ」


 何だ? ジオのやつ、何をするつもりだ?


「ぎゃあ!?」


「ぐわあ!?」


 とジオとボッサムの方に注目していたら、観客席から悲鳴が上がった。見ればベイビードゥの刺客たちが、ボッサム派を攻撃している。


「ここからは観客闘士全員含めたバトルロイヤルだ。ボッサム、貴様らが生き残るか、我々が全滅するか、とことん殺り合って決めようじゃないか!」


 はあ!? その全員って、俺も含まれているよねえ? 何かこの試合で大負けしたらしき観客たちが、一斉に俺の方を向いたんですけど?


「強者が弱者を支配する。その流儀は嫌いじゃないぜ!」


 ボッサムもジオの煽りに乗ってんじゃねえよ! 魔物ってのはどいつもこいつもこうなのか!?

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