第252話 深夜の報告会。

「終わった〜〜〜」


 地球人類史初の、世界⇔異世界サミットが閉幕し、俺はクドウ商会まで戻ってきていた。


 会議室の最奥の席に腰を下ろし、ヒンヤリした机に突っ伏す。冬だと言うのに、火照った顔が冷やされて気持ち良い。


「お疲れ様でした」


 そう言ってエルルランド担当の三枝さんがお茶を淹れてくれた。


「ありがとうございます。まあ、俺なんかより、皆さんの方が大変だったと思いますけど、何とか、この難局を乗り切れましたね」


 俺が会議室をぐるりと見回せば、オルドランド担当の七町さんにエルルランド担当の三枝さん、パジャン担当になった二瓶さん、そして新たにモーハルド担当になった五代さんが頷いてくれた。五代さんは元ラガーマンでがっしり体型のお兄さんである。宗教国家のモーハルドとの相性は分からないが、担当になったからには頑張って貰いたい。


「さて、もう夜も遅いけど、今回の会談の振り返りをしておきましょう」


 俺の言葉に皆が頷いたところで、一人の男が恐る恐る手を上げた。


「あのう、何で俺までここにいるんだ? って言うか、俺、ここにいて良いのか?」


 誰あろう武田・セクシーマン・傑である。


「問題ありません」


 にっこり笑顔で俺が答えると、武田が引きつった笑顔を返す。


「部外者だけど?」


「もう部外者じゃないでしょう?」


「そう?」


「ええ。Future World Newsは、ウチが買収しますから」


「はあ!? どうしてそうなるんだよ!? 横暴だ! 日本は我々一般人から、異世界に関して自由に報道する権利を奪うつもりなんだ!」


「元勇者が一般人を気取ってんじゃねえよ! 今回の件、あんたがあれこれ騒ぎを引き起こさなきゃ、こっちはもっと順調に異世界との関係を構築出来ていたんだよ!」


「一般市民にだって知る権利はある!」


「べつに報道するなとは言っていない! タイミングが最悪だと言っているんだよ! 物事には順序があるんだ! 芸能人のゴシップじゃないんだから、変なタイミングで情報漏洩されたら、今回みたいに他国に付け入る隙を与える事になるんだよ!」


 ラシンシャ天の乱入は仕方がなかったとは言え、それを武田にすっぱ抜かれたせいで、今回の会談の話が地球中に知れ渡り、地球側代表のような形で、常任理事国のトップが出張ってくる事態にまで発展してしまった。それを引き起こした武田は、野放しにしていて良い人物ではないのだ。


「ふん。裏でコソコソやっているのが悪いんだろ」


 鼻息荒く腕組みをする武田。本当にこいつ、警察に突き出してやろうか。


「……二十億」


 俺の発言に、武田の片眉がピクリと反応する。


「今回Future World Newsを買収するにあたって、クドウ商会から二十億円出しましょう」


「……本気か?」


 狼狽しながら問い質す武田に、俺は鷹揚に首肯した。


「これからよろしくお願いします」


 まさに手のひら返しとはこの事を言うのだろう。武田は俺に深々と頭を下げてみせる。


「武田さん、プライドって知ってます?」


「いやいや、だって二十億だぞ!? それだけあれば運営の借金払っても、余裕でお釣りがくるわ」


 ああ、世の中って世知辛いなあ。


「はあ。分かりました。その借金も二十億とは別に、こちらで支払いますよ」


「マジでかッ!? 工藤って実は超良い人なんじゃないのかッ!?」


 そんな事はない。俺は武田の『空識』を高く買ってFWNに二十億と言う値を付けたのだ。ユニークスキルである武田の『空識』を考えれば、二十億なんて安い投資である。


「はあ。まあそう言う事ですから、武田さんも今回のサミットの振り返り会議に出席してください。当事者の一人でもあるわけですから」


「おう! そう言う事なら! …………え〜と、これって記事にして良いんだよな?」


「世界⇔異世界サミットの事ですか?」


 俺の言に武田が何度も頷き返してきた。


「良いですよ」


「良しッ!」


「検閲はしますけど」


「検閲されんのか〜。まあでも、記事に出来ないよりかはマシかなあ」


「だと思いますよ。鍋屋の中に入って、写真まで撮れたの武田さんだけですから。まさにスクープですよ。これでFWNの閲覧数も更に爆上がりですね」


「そうかあ、爆上がりかあ」


 三十過ぎたおっさんが、ニヤニヤ思い出し笑いしているのって、見ていられないなあ。


「さて、今回サミットで上がったのは、各国間での細々こまごましたのを除けば、三つですかね?」


 ニヤニヤの武田は放置するとして、俺は会議室の面々に向けて話を始める。


 今回サミットで話題に上がったのは、ポーション、魔石、そして桂木が組織している異世界調査隊の件についてだった。


 奇跡の霊薬であるポーションや、次世代のエネルギー資源である魔石については、前々から国連などで議題に上っていた。まあ、どの国でもこの二つは必要になるよなあ。


「ポーションも魔石も有限ですから、どの国も出し渋っていましたね」


 三枝さんの言葉に、七町さん、二瓶さん、五代さんが首肯するが、武田は首を捻っていた。


「魔物を倒さなければならない魔石集めが難しいのは分かるが、ポーションなんてそんなに不足しているのか? ベナ草なんてそこら辺に生えているだろう?」


 ああ、そこら辺五十年前と違っているのか。


「今、向こうの世界では、ベナ草が少なくなりつつあるみたいなんです」


「なんだって!? 大問題じゃないか!!」


 目を見開いて驚く武田。武田の驚きっぷりから、これが異常事態なのが分かる。普段バヨネッタさんたちと旅をしているから、そこら辺気にしてこなかったけど、魔物に怯え、町や村に引きこもって暮らしている一般の人たちからしたら、そりゃあ大問題だよなあ。


「ええ。なのでどの国もポーションの供出には良い顔をしていません。これまでハイポーションの生産を一手に担っていたモーハルドも、ポーションは出し渋っていました」


 モーハルド担当になった五代さんが語る。そこに武田が口を挟んできた。


「そうか。ハイポーションなんて効き目が高過ぎて地球じゃ無用の長物だが、ポーションまで出し渋っているのか。…………ん? ちょっと待って。『これまで』って言った? もしかして、どこか別の国がハイポーションの生産に成功したのか!?」


 おお。武田がこれまで以上に驚いている。目が飛び出しそうだな。


「国と言うか、組織ですね。オルバーニュ財団が生産に成功しました」


「…………嘘だろ? どこかの宗教組織じゃないのか? 財団? あれは神の創り給うた代物だぞ?」


 ああ、元モーハルド人だとそう言う感想になるのね。


「まあでも、作れるようになっちゃったものはなっちゃったので」


 そのきっかけは俺なんだけど。


「まあ、ポーションに関しては要交渉ですかね。継続的に各国と交渉していく感じで。でもいきなりポーションなんて奇跡、向こうの世界からホイホイ持ち込まれても困っちゃいますけどねえ」


 俺の言葉に全員頷く。そうなんだよねえ。医療がポーション頼みにシフトチェンジしてしまったら、ポーションがなくなった時に困ってしまう。そうはなりたくないものだ。


「魔石に関しては、異世界各国、ポーションに比べればいくらか柔軟に対応してくださっていますが、それでも、地球人類を賄えるだけの魔石を取り引きするのは難しいでしょう。ここら辺は魔石からのエネルギー抽出に関する技術革新が求められます」


 七町さんの発言に武田以外が頷く。


「確かにな。魔王軍を倒せば、それなりの量の魔石が手に入るとは言え、継続的なエネルギー源と考えると、それだけではこの先、心許ないか。まあ、ワンチャン、地下界での採取方法が確立されれば、そっちにシフトするのも手だろうけど」


「地下界、ですか?」


 そう言えば向こうの世界は、平面世界で、あの世界の下に地下界なる世界が広がっているんだっけ。


「地下界には魔石が沢山あるんですか?」


「ああ。と言うより、地下界ってのは、ほとんどの物質が魔力と融合した代物だから、そこら辺に転がっている石ころも、流れる川の水も、生えている木々も、全部が魔石と言えば魔石なんだよ」


 なんじゃその世界は?


「まるで見てきたかのような言い方ですねえ?」


 二瓶さんが口を挟むと、武田は首肯した。マジで?


「魔王との最終決戦は地下界で、だったからな。まあでも、地下界は本当に最終手段だと思っておいた方が良い。さっき言った通り、魔力がたんまりある世界なんだ。そこに生きる生き物の強さたるや、魔王に匹敵する奴がゴロゴロいやがる」


 それは、絶対に行きたくない場所だ。


 そして話題は三つ目に移る。桂木の異世界調査隊に関してだ。桂木の異世界調査隊は、現在、地球の多国籍組織となり、日々モーハルド国内で様々な調査、研究実験を行っている。が、その研究に問題が起きている。いや、研究自体は順調らしい。『らしい』と言うのは、その研究成果が地球側に還元されていないのだ。つまり研究してもその成果を地球側に持ち出す事が許されていなかったのである。極簡単なものを除いて。今回地球側はこの研究成果の還元をモーハルドに要求した。


 驚いたのはストーノ教皇であった。異世界調査隊が色々と活動している事は知っていたが、それが国内で潰されていた事に、教皇は本当に驚きを隠せずにいた。いやあ、あのお付きの人を見る冷めた視線は怖かったなあ。


「でもこの問題に関しては、ストーノ教皇がしっかり対処すると約束してくれましたから、今後改善してくれるでしょう」


 と五代さん。武田もうんうん頷いている。そうなってくれると良いんだけどねえ。教皇、少数派だからなあ。


 その後もあれやこれやと今後の我が社の方針などを話し合い、気付けば外は明るくなっていた。マジかよ。


「どうした? 机に突っ伏して? 一番若いのに最初にエネルギー切れか?」


 武田が俺を揶揄うが、何か言い返すだけの気力が残っていない。ただ一言だけ。


「……俺、二徹なんですけど」


 全員から同情の視線を向けられました。

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