第253話 災い展示て福と為す

 下校の時刻となりました。


「やっと…………終わった」


 これで帰れる。ベッドで寝れる。長い一日だった。二徹して学校の授業を受けるのは、もうすぐレベル四十の俺でも、辛いものがあった。


 先生には悪いが、そんなの授業中に寝れば良いだろう。と思うかも知れない。が、それが出来なかったのだ。何せ俺の両隣りはアネカネとミウラさんである。俺の席はクラスの注目度が違うのだ。寝る隙なんて誰からも与えられなかった。


「私たち、今日はこれから部活見学に行くんだ」


 アネカネが嬉しそうに口にする。ミウラさんも微笑んでいるので、楽しみなのだろう。


「そうか。本当はここで、俺も一緒に回ってやるよ。とか言ってやりたいところなんだが……」


「ああ、うん。辛そうなのは見てて分かるから。お家でゆっくりすると良いわよ」


「ご無理はなさらないでください。昨日も大変だった事ですし」


 どうやら俺が辛そうにしていた事は、バレバレだったらしい。二人に気を使わせてしまったな。


「まあ、そう言う事だ。二人は俺がしっかりエスコートするから、ハルアキは休養に励めよ」


 横から出てきたタカシが、ニカッと笑う。


「いや、私たちモモカと見て回るから。タカシは遠慮して」


「ええええっ!?」


 驚くタカシだったが、周りは生暖かい笑みを浮かべていた。祖父江妹と回るのか。まあ、あいつも異世界行ってレベル上げているし、ボディガードにはなるか? いや、二人の方が強いかも知れないなあ。


「そうか。じゃあ俺は帰るわ。もう、動くのも辛い」


 と俺が席を立ったその時だった。スマホにDMが飛んでくる。なんだろう。嫌な予感しかしないなあ。とチェックすると、俺の代わりに仮の社長を演じてくれている九藤くどうさんからだ。本当は『工藤』さんが良かったのだが、丁度適任の『工藤』さんが政府関係者にいなかったので、『九藤』さんに仮の社長を演じて貰っている。お陰で家族から、名前ちょっと違くない? とツッコまれる事になったが。


 さて、なんだろうか? とDMを開くと、


『社に工藤くんのお客様が来ています。学校が終わり次第、社に寄ってください』


 との一報。はああああ。そんなのあの人しかいないじゃん。俺は立った席にもう一度座り直す。


「どうしたの? 帰らないの?」


 心配してアネカネとミウラさんが、俺の顔を覗き込んできた。


「いや、会社からDMが来ててさあ、この後会社に向かわないといけなくなった」


「それは……」


「ご愁傷様です」


 色々と察してくれた二人。その乾いた笑顔が、見てて更に俺を辛くした。



 コンコン。


「ハルアキです。入ります」


「遅いわよ」


 会社に来てすぐ、仕事をしていた社員たちが手を止めて、無言で会議室の方を見るので、成程あっちか。と俺が会議室にノックして入ると、案の定バヨネッタさんが椅子に座って待ち構えていた。


「これでも学校終わってすぐに駆け付けたんですよ」


「ふ〜ん。『時間操作』は使わなかったのね」


「使えませんよ。ここは向こうの世界とは違うんですから」


「まあ、そう言う事にしておきましょう」


 そうして貰えると助かります。俺はカバンを机に置いて、バヨネッタさんの対面に座る。しかし、


「珍しい組み合わせですね?」


 横に洒落た丸眼鏡を掛けた九藤社長(仮)がいるのは分かるんだけど、その反対側にはゼラン仙者が椅子に腰掛けていた。そう言えばこの人も日本に来ていたんだっけ。


「ほう? お邪魔だったかな?」


「いえいえ、ちょっと驚いていただけです。二人は仲が悪いと思っていたので」


 俺の言葉に二人は顔を見合わせ、互いに不敵な笑みを見せる。


「まあ、確かに向こうでは互いの陣地を取り合う陣取り合戦に明け暮れていた訳だが、事こうして新世界が開けたとなれば話は変わってくる」


「手垢のついていない新世界がこうして広がっているのだから、まずは互いに情報と物品を収集して、それらのやり取りなどをしつつ、探りを入れていこうと言う事になったのよ」


 なんて嫌な共同戦線を張ったんだこの二人は。周りの人たちの迷惑が、今までの比じゃなくなりそうだな。特に俺の。


「それで、俺は何をすれば良いのですか?」


「ハルアキは話が早くて助かるわ」


 バヨネッタさんが一言。それが本音なのか皮肉なのか、寝不足の俺には分からない。


「まずは私から……」


 とバヨネッタさんから話を始めた。


「以前買った時にも思ったけれど、やっぱりこの世界は食器が良いと思うのよ。なので、まずは九谷焼や有田焼、伊万里焼辺りから攻めていきたいわね」


 いや、いきたいわね。と言われましても。


「ハルアキは盆栽を知っているか?」


 バヨネッタさんの話を聞き流していると、ゼラン仙者が口を挟んできた。


「盆栽、ですか?」


 意外と渋いところにいったな。でもゼラン仙者って何百年と生きているし、そう言う趣味趣向にもなるのかな?


「分かるか? あれはな、木をあの小ささにギュッと凝縮して、世界を表現しているんだ。黒松の雄々しさは素晴らしい。紅葉や梅も可憐だ」


 さいですか。どうでもいいなあと思っていると、今度はバヨネッタさんの番。


「着物も良いわよね。西陣織が良いわ!」


「錦鯉も良いな! 山吹黄金や銀松葉も捨て難いが、まずは紅白からだ!」


「浮世絵も良いわ! 葛飾北斎の富嶽三十六景に歌川国芳の相馬の古内裏!」


「絵画と言えば雪舟じゃないか! 墨だけであれだけの表現が出来る者を、私は知らない!」


 二人とも、ほんの一日二日で、日本文化にかぶれ過ぎじゃないかな?


「金継ぎはどうかしら?」


「漆も良いよな?」


「ちょ〜〜〜〜〜〜っと、待ってください!」


 俺が声を上げてようやく二人の暴走が止まった。


「つまり、俺にどうしろと?」


 改めて二人に尋ねる。


「今言った物を手に入れてきなさい」


「無理です」


「諦めるのが早いわよ」


「普通に焼き物や着物、盆栽や錦鯉なら入手は可能ですけど、流石に葛飾北斎や雪舟のクラスは無理ですって!」


「頑張りなさい」


 この人たちの辞書に、諦めると言う文字はないのだろうなあ。


「はあ。分かりました。善処はします。でも先立つものがありません。今言われた物を全部集めようと思ったら、会社を何回破産させれば良いのやら」


「ハルアキ、私たちだって何もあなたを強請ゆすって物品をタダで手に入れようなんて思っていないわよ」


「何かを手に入れるのに、対価が必要なのは当然だな」


 良かった。そこまで外道に落ちてなくて。


「だけど、いったい何が良いのかは、難しいところよね」


 確かに。こう言った高額商品の売買って、値段のやり取りがどうなるか分からないんだよなあ。焼き物や絵だと、偽物を高額で掴まされる。なんて話は枚挙に暇がない。こちらのお宝も安く買い叩かれるかも知れない。


 こう言う高額商品の取り扱いとなると、素直にあの人に頼ろう。



「売りに出す必要はありません」


 エルルランド担当である三枝さんに声を掛けたら、そんな返答を頂きました。


「どう言う事ですか?」


 俺が尋ねると、三枝さんは深く首肯してから、話し始めてくれた。


「バヨネッタ様やゼラン様がお持ちの財宝は、どれも一級品です。それこそ北斎や雪舟とも並ぶ、いえ、それ以上に価値がある物も多数あると心得ます」


 そうですね。魔法的な価値なんかも考えると、凄い物ばかりだろう。


「それを売りに出せば、地球は大混乱です。富裕層はもちろんの事ですが、それを研究したい大学や機関、会社などが、いくらでも金を積む事になります。収拾がつかなくなるでしょう」


 ああ、言われればそんな未来が見えるな。


「でも、じゃあ、どうしろと?」


 俺の問いに三枝さんが首肯する。


「展示です」


 そうか! その手があったか!


「どう言う事?」


 思わずガッツポーズを取る俺とは対照的に、状況が理解出来ていないバヨネッタさんが、眉根を寄せて尋ねてきた。


「ああ、えっと、こっちの世界には、お宝を展示して、それ目当てでやってくる見物客からお金を取って経営している、美術館や博物館と言った施設がありまして」


「ほう?」


「つまり、私たちの宝を見世物としてその館で展示して、見物客から金を取り、その金で私たちは買い物をすれば良い訳ね?」


「そうですね」


 俺と三枝さんは首肯する。


「つまり、宝は何一つ売却しないで良いと?」


「はい。貸し出して頂ければ、それで良いです」


 俺の言に、バヨネッタさんとゼラン仙者が、顔を見合わせてニンマリ笑った。悪い顔になっているなあ。はあ。でも警備とか大変になりそうだなあ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る