第457話 対東部将軍(後編)

 迫る巨大な剣から上空に飛び退いた俺が、周辺の戦況を観察すると、巨大な剣の下敷きとなったイヤルガムに、まさか自部隊の隊長がそんな事になるとは思っていなかったイヤルガム隊の面々が呆気に取られ固まり、そこをマチコさんが接近戦からのワンツーで相手をぶっ飛ばし、ガドガンさんがユニコーンで轢き、カッテナさんがスリングをぶん回して攻撃している。ミカリー卿の炎の大蛇が丸太砦の中を暴れ回り、他の二次挑戦者たちも善戦しているようだ。そんな中でも戦闘に参加出来ずあぶれていたコニン派の戦士たちが、黒い翼で空からこちらを見下ろしている俺を、不思議なものを見る目で見上げていた。


「天使だ!」


「天使様が降臨なされた!」


 そんな声も聞こえてくるが、恥ずかしい。俺は天使じゃないし、この黒い翼だと、どちらかと言えば堕天使だ。まあ、こちらの世界の天使の翼の色を知らないので何とも言えないが。地球の天使の原型も、翼の色は白ではなく、猛禽類のような茶色だったみたいだしね。


 さて、とデーイッシュ派がいるだろう『聖結界』の外縁に目を向ける。まだ進行に苦慮しているらしいのが確認出来た。五千人以上が必死になって『聖結界』を破ろうとしているが、俺の『聖結界』って、レベル差とか関係なく頑強なんだよねえ。でないと防御系のスキルとは言えないからねえ。


「がああああッ!!」


 デーイッシュ派に目を向けていたその下で、イヤルガムが己を下敷きにした巨大な剣を押し退けて立ち上がる。


「頑丈だねえ」


 地上に降り立ち翼を仕舞った俺に向かって、ボロボロとなったイヤルガムは、まるでそれに寄り掛かるかのように、再度大剣を地面に突き刺した。地面から飛び出してくる無数の大剣。俺はそれを当然のように『空間庫』に収納していく。それでも攻撃を止めないイヤルガム。既にボロボロだと言うのに、俺に接近して大剣を振り回し、また、地面に大剣を突き刺して無数の大剣で俺を狙う。その全てが重拳で強化された曲剣で弾き返されたり、『空間庫』に収納されたりと、イヤルガムの攻撃はもう俺には効かなくなっていた。それでも油断は出来ない。まだ奥の手を隠し持っている可能性があるからだ。


 大剣を地面に突き刺すイヤルガム。


(またか)


 と俺の周りを囲むようにして、無数の大剣が突き出してくる。が、今度はそれだけではなかった。『空間庫』に攻撃が収納出来るようになって油断していたのだ。俺の足下から、あの巨大な剣が俺を襲撃してきた。『空間庫』は周囲の無数の大剣を収納するのに使ってしまっている。ならば! 『空間庫』での収納を中止し、ここまでに収納した大剣を排出する方へ切り替えた。


 ドドドドドドドド…………ッッッ!!


 無数の大剣と大剣が衝突して相殺され、下から迫る巨大な剣も確実に削っていく。その間に俺は上空へと逃げ、そこを狙ってイヤルガムが飛ばしてきた衝撃波も、『空間庫』から排出した大剣一本で相殺する。


「くっ!」


 攻撃の手が詰んで顔を歪めるイヤルガム。俺はそんな彼の前に舞い降りた。


「本気は伝わりますが、ここで諦めるべきでは?」


「うるさい!!」


 言ってイヤルガムは大剣を振るってきたが、俺は曲剣でそれを払う。


「…………何故、そこまでするんですか?」


 イヤルガムはゴウーズ首席枢機卿の親戚筋なのだから、身内から教皇が出れば、それは誉れであろう。しかし彼自身の行動からはゴウーズ卿が教皇になる事に関心があるようには感じられない。それなのにともすれば命を落としかねない行動で、必死になっているのは何故だろうか。


「…………東部では、特に東南部ではデーイッシュ派が幅を利かせているんです」


 ぽつりぽつりと語り出すイヤルガム。まあ、デーイッシュ派だけで独立国家を創ろう。なんて話が上がっているくらいだからね。


「その中でコニン派がどんな扱いを受けてきたか、あなたに想像出来ますか?」


 どうやらコニン派にとって東部とは、決して治安の良い場所ではなかったようだ。桂木、良く生き残れたな。


「コニン派は安寧な職には就けず、就けるのは軍人や魔物狩りなんかの命を張る危険な職業ばかりだ。そうやって命を張って助けるのはコニン派の仲間ではなく、安穏と生きている腐ったデーイッシュ派ども。軍でどれだけ偉くなっても、聖職者のお偉いさんには意見を言う事も憚れるのがモーハルド東部なんです。そんな中でゴウーズは首都に留学して枢機卿となり、そして教皇となる手前までやって来た。あとちょっとだ。あとちょっとであいつらを殲滅させられるんだ」


 悲願なのは分かった。東部で生きるコニン派にてとって、ゴウーズ首席枢機卿がどんな風に見られているのかも。


「それで? その殲滅対象には、民間人も含まれているんですか?」


「…………」


「沈黙は肯定と捉えるけれど?」


「それじゃあ使徒様はゴウーズのように、神の名の下、奴らを許せと言うのか? 奴らが特権だと俺たちを虐げてきた事実をなかったものとして、これから仲良き隣人として付き合っていけと言うつもりか!」


 …………確かにそれは酷かも知れない。


「もしデーイッシュ派が特権だと主張して、これまで愚かな行いをしてきたと言うなら、俺もゴウーズ枢機卿もそれを許しはしないよ。だからゴウーズ枢機卿も、教皇となったなら、何かしら処断するだろう」


 実際に法の執行において、その法が施行されるより前の過去に遡って、違反者を逮捕なり刑に処す場合はあり得る。今回も度合いによるが、デーイッシュ派がコニン派に対して不当な扱いをしていたのなら、罰せられる事になるだろう。


「…………」


「信じていない。って顔ですね。まあ、それより私が気になったのは、イヤルガムさん、あなた、どの派閥の人間なんですか?」


 俺の質問にイヤルガムは顔を笑顔に歪めた。


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