第155話 晒される秘匿

 占い師の老婆の家から帰ってこられた。ミデンが凄くゴネたが、老婆の白い犬が吠えると、大人しくしてくれた。お姉さんか何かだったのだろうか。帰り道、トボトボ帰るその姿には哀愁を感じさせたが。


 老婆への占いの報酬だが、一旦保留とさせて貰った。報酬が出会いだと言われても、今すぐには会わせてあげる事が出来ない。誰だか知らんし。しかし老婆に富と地位を与える出会いだとの話なので、そうなると限られてくる。オルさんかマスタック侯爵かジョンポチ陛下だ。日本政府が占い師に地位を与えるのは無理があるだろう。


 この中でオルさんは除外されると思う。既に俺と一緒に出会っているのだから。これからの新しい出会いではないだろう。そうなってくるとマスタック侯爵かジョンポチ陛下となるが、どちらにも話を通し難いな。偉い人だし。


 占い師のおばあさんが会いたがっているんですけど。なんて理由で会わせて良い立場ではないだろう。


 マスタック邸にはトボトボ歩くミデンの後を付いていったら帰ってこれた。ミデンが帰り道を覚えていてくれたようだ。私室に戻ったところで、転移門で日本へ。クドウ商会のオフィスから自宅へ帰り、ベッドでゴロ寝。


 天井を見ながら、『時間操作』のスキルを手に入れた時の事を思い返す。あれが俺のギフトによるのではないとなると、はて、あの時俺は何をしていただろうか? 周りの風景ごと思い出す。思考がぐるぐる巡る。そして行き着く一つの答え。


「成程」



 帝城にて老婆を待つ。俺が老婆に会って貰う相手は、ジョンポチ陛下になった。現状こちらの都合でオルドランド政府には色々動いて貰っている訳で、そこに加えてこんな瑣末事を入れてくるのは、気が引けたが、そこには無理を言わせて貰った。


「やれやれ。まさかこの年になって、お城にお呼ばれされる事になろうとは思わなかったよ」


 自走車で送迎されてきた老婆が、車を降りて開口一番に文句を言う。


「すみませんねえ。でも、帝にあの家に来て貰うよりは気が楽でしょう?」


「なんて罰当たりな事を言うんだい。聞いただけで肝が冷えるよ」


 今日の老婆は杖に加えて、布で目隠しをしている。本当に明かりが駄目なんだな。なんて事を考えながら、城の兵士に連れられて、帝城の中を老婆と進む。


 兵士に連れて来られたのは、前回俺が連れてこられた東屋ではなく、正式な謁見の間であった。


 広い部屋の左右にはマスタック侯爵やら大臣以下、騎士や兵士がずらりと居並び、扉から、数段高い場所にある誰も座っていない玉座まで、赤紫色の絨毯が敷かれている。その上を俺と老婆が緊張しながら歩いていく。こちらは足ガクブルの杖ガチガチである。何でこんな事になっているんだ? 俺が陛下に進言したからだけど。


 玉座の十メートル程手前で膝を付いてオルドランド帝ジョンポチ陛下が現れるのを待つ。


 鐘が鳴り、謁見の間の全員が頭を下げる。上手みぎからジョンポチ陛下がソダル翁を連れて現れる。ゆっくり歩を進め、ゆったり玉座に座る。今日はマント付きの礼装だ。


「皆の者、おもてを上げよ」


 ソダル翁の言葉に、皆がゆっくり顔を上げるが、視線は下を向いたままだ。それが帝に対する礼節と言うものなのだろう。当然俺もそれに従う。


「ハルアキよ。今日、余に会わせたい者がおるとの事でこの場を設けたが、それがその老女殿で間違いないな?」


 ジョンポチ陛下の言に、俺は一礼して言葉を発する。


「はい。その通りです陛下。陛下は覚えておいでとお思いですが、北東駐屯地で、私は占い師の話をしました」


「うむ。覚えておる。成程、その件の占い師がそこの者と言うのだな?」


「はい」


「が、分からんな。お主は、すぐにでもこの者に会うべきとの話だったが、それは本当か?」


「はい。この占い師の言葉に耳を傾けてくだされば、陛下の憂いもたちどころに解決いたす事でしょう」


「余の憂いがのう」


 ジョンポチ陛下は玉座の肘掛けに肘をついて顔を預けると、日々の公務に疲れているのだろう、長い溜息を吐いてみせた。謁見の間にいるマスタック侯爵やら大臣たちも疲れた顔をしているので、恐らくは日本の扱いについての議論で疲れているのだろう。なんかごめんなさい。


「しかし、この者の占いでは、ハルアキは『神の子』ではないとの占い結果だったのだろう?」


 どうやらジョンポチ陛下やらマスタック侯爵などは、その結果に納得いっていないらしい。


「恐れながら陛下、私は彼の者を『神の子』ではない。と断定した訳ではありません」


「違わないと?」


 陛下の言に首肯する老婆。


「彼の者の言を借りるならば、この地上に生きる全ての者が『神の子』です。例えそれが異世界の者であっても、その事実は変えられませぬ」


 老婆の言に、陛下は半分納得したような顔で頷く。全てを飲み込んでいるようではなさそうだ。


「私がこの心眼で視た結果でございますが、彼の者に第三のギフトは現在発現しておりません。彼の者が新たなスキルに目覚めたのは、別の要因。そう、申し上げたまででございます」


「ふむ。心眼で視るのがお主の占いの仕方か」


「はい。神とは何とも諧謔かいぎゃくろうするのがお好きなお方のようで、病で目が見えなくなった辺りから、この心眼で見えない何かが視えるようになりました」


 神が本当におわすなら、冗談好きと言うのには同意する。でなければ俺の人生こんなおかしな事になっていないだろう。


「ふむ。心眼で視て、ハルアキがスキルを獲得した要因が、ハルアキ自身にないのだと言うなら、その要因はどこにある」


「陛下にございます」


「…………余だと?」


 老婆の言葉に、謁見の間がざわついた。そのざわつきが収まらないうちに、老婆は言葉を続ける。


「陛下。陛下こそが真の『神の子』。神と人とを繋ぐ、『神子みこ』でございます」


 この言葉に謁見の間のざわつきが大きくなり、収集がつかなくなりそうなところを、


「静粛に!」


 と言うソダル翁の大声で、場がピシャリと静まり返った。そしてジョンポチ陛下が口を開く。


「占い師よ。お主が言う『神子』とはなにか?」


「はい。人々の願いを聞き入れ、神に聞き届けるのがお役目であると思われます」


「つまり、あの時ハルアキが新たなスキルに目覚めたのは、余が同じ場所にいたのが、要因だと?」


 首肯する老婆。


「はい。もちろん陛下が側にいただけで、神よりスキルを授かるものではありません。当人の努力も必要になって参ります。が、やはり一番の理由は神へ声を届けられる陛下あってこそかと」


 そうなのだ。俺はあの時ジョンポチ陛下へ向かって土下座していたのだ。そしてジョンポチ陛下に向かって願っていたのだ。老婆の言葉では、陛下によってスキルが授けられるには、ある程度のレベルが必要になってくるようだが、俺はそれもクリアしていたのだろう。偶然に重なる偶然。何と言うか、本当に神は諧謔を弄するのがお好きなようだ。


「ふうむ。にわかには信じられん話だな。事の大きさから言って、軽々にこの場で試す訳にもいかぬ。ソダルよ」


 ジョンポチ陛下の言葉に一礼したソダル翁が口を開く。


「これにて閉会とする。今回の事、この場にいた者だけの秘密とする。他言無用と心掛けよ」


 ソダル翁はそう告げると、ジョンポチ陛下と謁見の間を後にしたのだった。

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