第156話 ズルい流れ

「ハルアキはズルい」


 謁見から一週間。お忍びでマスタック邸にやって来たジョンポチ陛下が、俺を見て開口一番に言ったのがこの言葉だった。確かに俺はズルい奴だ。


 人の口に戸は立てられない。とは良く言ったものだ。占い師の老婆と、謁見の間で話をしたのが不味かった。ソダル翁が口止めをしたにも関わらず、あの場に立ち会った貴族や騎士兵士たちによって、ジョンポチ陛下が『神子』である事は瞬く間にサリィ中を駆け抜け、今やサリィの話題の中心はジョンポチ陛下の一挙手一投足である。


 お陰様と言うべきに、ジョンポチ陛下が『神子』であると知れた事で、マスタック邸を囲っていた住民たちはそのまま帝城に移動。帝城周辺はとんでもない人だかりとなっていた。なので普通にミデンの散歩やら、テヤンとジールに馬車を牽いて貰って街を散策など出来ていたりする。


「神帝陛下におかれましては、何やらご気分が優れないご様子で」


「その言い方はやめよ」


 ジョンポチ陛下に怒られてしまった。


「何が神帝だ。ちょっと前までハルアキを崇め奉っていた癖に、変わり身の早いやつらだ」


 俺の私室でジョンポチ陛下がジュースをぐいっと呷る。


「まあまあ。国の長が臣民から信を得ていると言うのは、良い事だと思いますよ。結局私は異国の人間で、この国で民の上に立つ人間ではないのですから」


「むむ。それはそうだがのう。何と言うか、ハルアキがサリィに来て以来、余は人間の様々な面を見過ぎていて、正直、人間不信になりかけているくらいだ」


「あはは」と笑って話題を流すが、確かに俺がサリィに来て以来、陛下には迷惑しか掛けていない気がするな。ごめんなさい。と心の中で謝っておく。


「しかし、良く帝城を出て来れましたよねえ」


 俺は話題を切り替えた。これ以上俺のせいで増えた陛下の心労の話は、俺の心が辛い。


「うむ。デチヨがこの時間ならば城から出られる。と言ったのでな。試してみたらこの通りよ」


 へえ、それは凄いな。現在夕刻なのだが、夕飯の時間だから皆帰宅したのだろうか? ちなみにデチヨと言うのは、占い師の老婆の名前である。オルドランド政府は、陛下が『神子』であるとの占い結果が出た直後に、デチヨさんを市井に留めておくのは危険と判断し、国お抱えの占い師として雇い入れ、現在デチヨさんは、あの白い魔犬と一緒に、帝城で暮らしている。


「デチヨは凄いぞ。ギフトやスキルを言い当てられるだけでなく、過去視も未来視も何でもござれだ。確かにあやつを国に抱え込めたのは、今後のオルドランドにとって、吉兆であるやも知れん」


「そうですか」


 と俺がニコニコ相槌を打っていると、陛下の後ろに控えるソダル翁が咳払いを一つしてから発言する。


「しかし陛下。占いにばかり頼るようではいけませんぞ。ここぞという時には、ご自身で決断して頂かねば、下の者はついてきません」


「分かっている」


 とソダル翁の言葉を煙たそうに手で払うジョンポチ陛下。デチヨさんを迎え入れてから、何度となく言われてきているのだろう。だが確かにその通りだ。この国の長はあくまでジョンポチ陛下であり、デチヨさんではないのだから。デチヨさんの言葉のままに動く国になってはいけない。


「まあ、今日のところは難しい話はなしにして、ゆっくり羽根を休めてください」


 俺がそう言ったところで、ジョンポチ陛下の目がキラーンと光った気がした。


「うん、そうかそうか。確かにのう。余も疲れが溜まってゆっくりのんびりしたいと思っていたのじゃ」


「はあ」


 なんだろう? 何か凄く含むところのある言い方だ。


「しかしのう。サリィ中、いや、オルドランド中、いや、この大陸中が、今や余の話題で持ち切りだからのう。どこに行っても気の休まる場所と言うのはないのだ。どうにかならないかのう? のう、ハルアキ?」


 ええ。何この流れ。



「で、連れてきちゃったんですか?」


 日本。東京から程近い地方都市である俺の地元に、クドウ商会のオフィスはある。オフィスは四階建てのビルの二階だ。ちなみに一階が倉庫になっている。オフィスに入ってすぐの場所は普通のオフィスとなっているが、奥は何もない広い空間が確保されている。


 これは転移門用のスペースである。転移門は自由に出現場所を変更出来るようには出来ていないので、今後転移門が使える人間が増えた時に、万が一に同じ場所で転移しないように、転移門が使える場所は指定制になっているのだ。これはサリィにあるクドウ商会も同じ仕様である。向こうはまだ使った事ないけど。


 そんなクドウ商会の転移スペースに、ジョンポチ陛下以下、ソダル翁、マスタック侯爵、ディアンチュー嬢、バヨネッタさん、オルさん、アンリさんに、ジョンポチ陛下とマスタック侯爵の配下が合わせて十人。ずらりと立っていた。


「何で連れてきちゃうんですかッ」


 七町さんに耳打ちでしっかり怒られてしまった。ごもっともである。


「断り切れなくって」


 と言ったところで、言い訳にもなっていないのは分かっている。俺の立場なら、そこを何が何でも断るべきだったのだ。でもなあ、途中でディアンチュー嬢とバヨネッタさんが乱入してきて、面白がって場を掻き乱して、更にはマスタック侯爵の介入があって、俺には、断り切れなかったんだよ。無理だよ。このメンツを抑え込むなんて。


「どうするんですか?」


「とりあえず、辻原議員に連絡出来る?」


「議員は今、海外に視察に出られています」


 はあ。タイミング悪いなあ。


「ああ、家帰りたい」


 ぼそりとこぼしたそんな言葉だったが、耳聡いバヨネッタさんに聞かれてしまった。


「良いわね。またハルアキのお母様の唐揚げが食べたいわ」


 いやいや、それ、ここで言う事ですかバヨネッタさん。て言うか俺、オルドランド語しゃべってたんだな。そんな事は置いておいて、バヨネッタさんの発言で、何故かその場の皆が盛り上がっている。


「カラアゲ? とはなんじゃ?」


「世界一美味しい食べ物です陛下」


 とか何とか。いやバヨネッタさん、適当な事を陛下に吹き込むのやめてください。ああ、何か陛下たちの目が輝き出しているし。え? 何これ? もしかしなくても、これ、俺ん家に連れて行かなきゃいけない流れなんじゃないの? 俺は助けを求めてちらりと七町さんの方を見遣る。


「頑張ってください。その間にこちらで信用出来るホテルを確保しておきますから」


「全員は無理だよ〜〜〜〜」


 自業自得でここまで自分の首を絞めるのは、久々な気がする。とりあえず一旦泣かせてくれ。

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