第157話 工藤家へ

「何? そのコスプレ集団」


 家にジョンポチ陛下らを連れてきた際の、カナの感想がこれだった。向こうの世界の人たちは、こちらで言えば中世風な服装だ。そう思うのも分かる。


「ハロウィンにはまだ早いんじゃないの?」


 確かに。こんなの色々バレると思うだろう。だが俺の家族はこの異世界集団にこれ以上ツッコむ事はなかった。理由はバヨネッタさんが持ち込んだ幻惑燈だ。『幻惑のカイカイ虫』で手に入れたあの、人に幻惑を見せるランタンである。バヨネッタさんはそれを腰にぶら下げていた。


「大丈夫なんですか? 色々」


 俺はバヨネッタさんに耳打ちする。確か幻惑燈は人から魔力や生命力を吸い取るはずだ。


「大丈夫よ。効力は最低限に抑えてあるから」


 まあ、それなら大丈夫……なのか? こう言った魔道具の扱いには、バヨネッタさんは長けているから、今は信用するしかない。


「あらあ。結構な人数が来るとは聞いていたけど、本当に人数多いのね。唐揚げ足りるかしら?」


 母は、この集団の格好など気にならないようで、俺が連れてきた異世界集団を見ると、すぐにキッチンへと戻り、追加の唐揚げを揚げ始める。お手数お掛けします。これでも、アンリさんとジョンポチ陛下らのお付きの十人にはご遠慮願ったのだ。我が家に入りきらない。


 そうは言っても人数が多いので、ダイニングでは席が足らないので、リビングでも夕飯を食べて貰う事になるだろう。


「あ、靴は脱いでくださいね」


 俺が異世界集団にそう頼むと、前回我が家にやって来たバヨネッタさん以外が驚いていた。


「大丈夫よ。室内履きがあるから」


 と勝手知ったる他人の家とばかりに、バヨネッタさんは玄関横に置かれているスリッパ掛けから、自分の分のスリッパを取り出して履いてみせる。それに倣う異世界集団。


「人数多ッ!」


 どんどんと家に入り込んでくる異世界集団にミデンを抱えながら父が声を上げるが、日本語が分からない集団は、父に気付きもしない。と思ったら、


「あなたがこの家の家長ですね?」


 と流暢な日本語で父に話し掛けたのは、マスタック侯爵だった。な、何故日本語がしゃべれる!? 俺が驚いていると、バヨネッタさんが耳打ちしてくれた。


「侯爵は『言語翻訳』のギフト持ちと言われているわ」


 ほう。そんなギフトもあるんだな。『言語翻訳』があるのなら、あの異世界にオルドランド語以外にも言語があるのだろうか? 外交では役立ちそうだ。それとも古代遺跡などの発掘調査で役立ったりするのだろうか?


「本日は急に押し掛けてしまい、申し訳ない」


 とマスタック侯爵が日本語で話し掛けていると言うのに、父は「オーケーオーケー」と何故か英語で返していた。いや、この集団が話しているのオルドランド語だから、英語で返してもしょうがないから。我が父は突発的な事態が苦手であるらしい。


 さて、席はどうしようか? こういった場では席順などが問題だ。この場ではジョンポチ陛下が一番偉い立場になるから、上座に座って貰う事になるが、上座ってどこだよ? 言葉だけは知っているけど、どこが上座か分からない。


 などと俺が思案しているうちに、ジョンポチ陛下はディアンチュー嬢を横に、テレビの前を陣取ってしまった。妹のカナが、そのジョンポチ陛下を相手に、テレビリモコンの扱いを教えていた。チャンネルの説明をしているだけだけど。


 カナから渡されたリモコンをカチャカチャ動かしながら、異世界集団はチャンネルが切り替わる度に「おお〜」と歓声を上げている。何かちょっとかわいい。


 そんなふうに席順はなんとなく決まり、ジョンポチ陛下にディアンチュー嬢、バヨネッタさんがテレビ見たさにリビングに座り込み、それに付き合う形でソダル翁もリビングに。マスタック侯爵とオルさんはそこから距離をとってダイニングに座った。


 父はマスタック侯爵が日本語を話せると分かったところで、冷蔵庫からビールを取り出してきて、マスタック侯爵とオルさんへ薦める。普通のビール。缶ビールだ。発泡酒じゃないだけマシか。開け方が分からないマスタック侯爵の代わりに、父が開けて注いでいた。いや、普通にお酌したのか。なんか社会人って感じだ。


「はい。じゃあお父さん待てないみたいだから、ご飯にしちゃいましょう」


 と母がどっさり山盛りの唐揚げを、ダイニングとリビングのテーブルに置き、更にはサラダに味噌汁、ご飯がテーブルに並んだところで、


「いただきます」


 と父が発し、マスタック侯爵がそれを翻訳して、夕飯が始まった。父と母がダイニングでマスタック侯爵とオルさんの相手をしてくれているので、俺の方はカナとリビングで食事である。


 山盛りの皿から唐揚げを等分に小皿へ分けると、もりもり食べ始める異世界集団であったが、やはりご飯は食べ辛いらしく、早々にバヨネッタさんがふりかけを要求。これによってご飯の食べ辛さが解消された事で、異世界集団の食は更に促進される事になるのだった。


「で、お兄ちゃんさあ、この人たちって何の集団なの? バヨネッタさんは前に来た事あるけど」


 カナが夕食を摂りながら話し掛けてきた。


「会社の取引先の家族って感じかなあ」


「何でその人たちが我が家に?」


「会社からうちが一番近かったんだよ。貧乏くじ引かされたの」


「ふ〜ん。バヨネッタさんも?」


「バヨネッタさんはこの人たちと同じ国の人だから、何かと気に掛けて貰えるかと思って」


「ああ、成程。バヨネッタさん、兄がご迷惑お掛けして、すみません」


 とカナがバヨネッタさんに話し掛けるから、俺がバヨネッタさんに事情を説明しなくちゃならない。


「気にしなくて良いのよ。従僕の面倒をみるのも主人の務めだから」


 などと返すバヨネッタさんだが、それをそのままカナに言える訳もない。


「私に任せなさい。だって」


「おお。良い女っぷりね」


 などと話してながら、和やかな夕食の時間は過ぎていくのだった。

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