第158話 家禽
「ハルアキはやはりズルいな。いつもこんなに美味しい料理を食べていたのか」
食後にそんな話をしてくるジョンポチ陛下に、異世界集団が首肯する。余程唐揚げが舌にあったらしい。
「いや、別に毎日唐揚げ食べている訳じゃありませんよ」
と言い訳しても聞く耳持ってくれない。
「あのカラアゲは我が国では作れないのかのう?」
「どうでしょうねえ。鶏って言う飛べない鳥を食用として飼育しているんですけど」
「ふむ。食用鳥なら南部で育てているな」
「南部で、ですか?」
確かにサリィの周りは水麦の広大な穀倉地帯で、畜産などはしていなかったな。ビール川から離れる程畜産が盛んなのだろうか? いや、でもオルドランドの南部って海だよな?
「魚介じゃないんですか?」
「魚なら川でも捕れる」
「はあ」
それは鳥ならどこでも捕れるのと同じなのでは?
「鳥は育てるのが難しいらしく、南部の家禽農家には、その知識が蓄えられているらしい。何でも南部でしか手に入らない飼料があるとか」
とマスタック侯爵が教えてくれた。へえ。成程なあ。じゃあ他の地域で育てようにも南部から取り寄せになるから、飼料代が高くなっちゃうんだ。難しいところだ。
「鳥自体も美味かったが、味付けも抜群だったな」
ソダル翁も満足の味だったらしい。
「醤油ですね。我が国独自の、豆から作った発酵調味料に漬けて、下味を付けているんです」
うちは下味にニンニク増し増しなのでガツンとくる味付けが特徴なのだが、そう言う意味では、今日の唐揚げは漬け込みが足りなかった気がする。急な来客だったからなあ。
「ショーユ?」
ディアンチュー嬢が首を傾げて尋ねてくる。
「魚醤の豆版みたいな調味料です」
「へえ」と全員が感心していた。今思ったが、向こうにも魚醤はあるんだな。
「調味料で言えば、異世界モノだと、マヨネーズが定番だよなあ」
と俺はうっかり口を滑らせてしまった。
「マヨネーズ? 何だそれは? 美味しいのか?」
耳聡いジョンポチ陛下に、問い詰められる。仕方ないので、冷蔵庫からマヨネーズを取り出して、皆に一口舐めてもらった。
「うむ。ただ酸味がある訳ではなく、まろやかなコクがあるな。美味しい」
とジョンポチ陛下も納得の味のようだ。
「卵と酢と油と塩って言う、とても簡単な材料で作れる調味料です」
と俺が説明すると、今度は嘆息されてしまった。
「今度は卵か。それは鳥卵なのだろう?」
「ええ。生の卵の卵黄ですね」
と返したところで気付いた。家禽農家が南部に集まっているなら、卵の産地も南部なのだろう。清潔さは浄化魔法で大丈夫だろうし、新鮮さは『空間庫』のお陰で問題ないだろうが、南部で調達するよりは、運送業者の運賃船賃などでサリィで入手すると高くなりそうだ。サリィの産業には出来そうにないか。それなら南部でマヨネーズまで加工した方が安く済む。海の近くなら塩も取れるだろうし。ん? もしかして家禽農家が南部に多いのって……、
「もしかしたら、家禽農家が南部に多いのは、鳥のエサに貝を使っているからかも知れません」
「貝を?」
興味深そうな顔をするジョンポチ陛下。
「成程、鳥が貝を食べるのなら、海が近い南部で育てられているのも納得だな」
と頷くマスタック侯爵。
「貝と言っても、身ではなく外の殻の方ですけど」
全員に首を傾げられてしまった。
「要は炭酸カルシウム、石灰ですね」
「石灰を食べさせるのか?」
と驚くマスタック侯爵。ジョンポチ陛下はピンときていないようだ。
「鳥の卵の殻も貝の殻と同じ成分で出来ていますから、これを食べさせないと、殻がふにゃふにゃな卵になってしまうんだそうです」
この石灰、炭酸カルシウムは本当に大事らしく、だから海に囲まれた日本では、これらが豊富で、卵の生産がほぼ百パーセントであるそうだ。
「成程のう。だがそれが分かったところで、結局、海の近い南部でしか、鳥を育てられないと言うのが分かっただけじゃな」
とジョンポチ陛下は少し残念そうだ。
「いえいえ、そこまで嘆かなくても良いかも知れませんよ」
俺の言葉に、ジョンポチ陛下は疑わしそうながら、微かな希望を持った目をこちらへ向けてくる。
「その鍵を握るのはエビです」
「エビ?」
「サリィではエビが毎日大量に消費されていますよね?」
首都サリィの住民たちがエビが大好きなのは、地元の食堂で食事をして把握している。川エビ美味しかったもんなあ。
「あれだけ大量に消費されると、殻のゴミも大量に出るんじゃないですか?」
「うむ。全部吸血神殿行きではあるが、サリィの面倒事の一つではあるな。……まさかその殻が?」
「はい。エビの殻も炭酸カルシウムが含まれていますから、貝の殻程ではなくても、結構な効果が出るかも知れません」
顔を見合わせるジョンポチ陛下とマスタック侯爵。
「う〜む。首都のゴミ問題を、畜産に転嫁させる形で解決させようとはな」
とマスタック侯爵が唸る。そんな深く考えていた訳じゃないんですけどね。
「ただ。これをすると南部の家禽農家が怒り出しそうなので、そこら辺の塩梅はそちらで気を付けてください。あと、塩は採れないと思うので、やっぱり南部から輸入ですかねえ」
俺の言葉に、ジョンポチ陛下とマスタック侯爵は深く頷く。
「塩は専属の塩業者から買い取っているが、もしマヨネーズをサリィで作る事になると、塩の購入量を増やさなくてはならなくなるのう。やはりマヨネーズを作るなら海沿いかのう」
まあ、そうなるか。それでも国内で様々なものが賄えるのだから流石は大国である。
「何か難しそうな話してたみたいだけど、終わったなら遊ばない?」
オルドランド語が分からないカナだったが、上手い具合に機を読んで口を挟んでくる。そこら辺の感覚は流石だ。
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