第308話 魔王の役割、勇者の役割

「それって、ドミニクがやろうとしていた事が、我々でも出来るって事ですか?」


 俺の問いに頷きで返すカロエル。


「NPCですよ?」


『先程、あなたはあなた方が無軌道に進化するのを、我々運営が快く思っていないのではないか、と尋ねてきましたね?』


 俺は首肯する。


『そう言った勢力がいるように、運営の中には、NPCを一定の知的生命体だと認定し、その要望を尊重しようと言う勢力も一定数いるのです』


 成程。俺たちの世界で言えば、AIを知的生命体として認定するかどうか問題か。上位世界でも、そこら辺は意見が二分するんだな。


『がっかりした顔をしていますね?』


 そう見えるだろうか? そうかも知れない。上位世界なら、そんな問題とっくに解決済みかと思っていた。


『我々の世界も、未だ成長中なのです。あなた方も二次元やAIから新たな知見を得る事があるように、我々も、この世界の住民たちから、学ぶ事が少なくありません』


 成程。どうやら『この世界』を見守る神や天使とやらも、完璧ではないらしい。


「そんな事、今はどうでも良いわ。それで魔王ノブナガ。あなたは世界を欲しているのね?」


 バヨネッタさんに尋ねられたノブナガの仮面が、主人格のものに変わる。


「世界ではない。自由だ。その上で奴らが提示してきた条件が、世界の獲得なのだ」


「成程? じゃあ魔王プレイもその条件に入っているんですね?」


 俺の質問に魔王ノブナガは、良く分かっているじゃないか。とでも言いたそうに鷹揚に頷いてみせた。


「そうだ。魔王として世界に生まれ落ち、運営の用意した勇者を打倒して世界を征服する。それがNPCの世界獲得の条件だ」


 ふ〜む。色々知ってしまうと、心情的に複雑になってくるな。魔王側からすれば、この世界を裏から操る運営から、自由を獲得する為に戦っているだけだったのだから。


「勇者が用意されているのは?」


 俺はカロエルに尋ねる。


『その前に魔王の説明から。まず、この世界の真相を知り、それを変えようとする者は転生させられます。これに関しては下手に放置すると、周囲をそそのかし、それこそ『この世界』を運営するのに不都合な方向に進むからです。そして転生時に世界獲得権やその他の変更に関する条件を説明し、我々と対等に契約を交わした上で魔王となります』


 そうなんだ。


「なんで魔王なんですか?」


『世界の創造には、一度破壊する事が必要になりますからね。どの程度現世界を破壊し、また残し、新世界を作り出すのかは、その魔王の裁量によりますが、世界を破壊する者を、王や勇者とは呼称出来ないでしょう?』


 まあ、確かにそうだな。


『そして運営として、簡単に世界をNPCに引き渡す訳にはいきません。それをやるとプレイヤーから反感を買い、場合によっては『この世界』の運営自体が立ち行かなくなりますからね』


 それは困るな。下手すりゃ、この世界も異世界も、全てが無に帰す可能性がある訳か。


『ですから、魔王が生まれた場合、我々運営は容易く魔王が世界征服出来ないように、勇者や英雄と言った対抗勢力を作り、それを魔王に当てる義務があるのです』


 成程、運営の規則として、魔王が生まれた時には勇者を作り、それを魔王に当てると。


「じゃあ、今回魔王ノブナガが生まれたから、勇者としてシンヤが作り出されたと?」


『それは知りません』


 知らないのかよ!


『そこの勇者や魔王が生まれたのは、私がここに封じられてからの事ですから、私は部外者なのです。どのような経緯でそうなっているのか、私は関知していません』


 素直な天使さんだな。


『ですが、そこの魔王と勇者が本物の魔王と勇者である事は、私から見たステータスウインドウにも表示されていますから、間違いない事です』


 ステータスウインドウとかある世界だったのか。そしてトモノリもシンヤも本物の魔王で勇者だと。


 ここでノブナガの仮面が、先程の青年のものに変わる。


「よろしいでしょうか? 先程言いましたように、こちらには時間があまりありませんので。返答をお願いいたします」


 返答、と言われてもな。


「この場ですぐに決めろ。と言うつもり?」


 が、バヨネッタさんのこの言葉を聞いた魔王は、仮面の裏側でほくそ笑んだ気がした。


「いえ、今はその返答だけでも十分ですよ。返答を先延ばしにされると言う事は、少なくとも、私たちと対峙するか共闘するか、迷っていると言う事ですからね」


 ノブナガの言葉に、バヨネッタさんが眉根を寄せる。


「そうせざるを得ない状況に追い込んておいて、良く言うわ」


 俺もそう思います。ここでノーを言えば、死が待っているだけなのだから。


「確かにそう思われても仕方がない。では、半年後にもう一度会談の場を設けましょう」


「会談の場ですって?」


「そうです。優しいでしょう。そうですねえ、場所は我々が住む魔大陸の北、パジャンの南端の海岸の街、ガーシャンで行いましょう」


 何か話が勝手に進んでいくなあ。


「もしかしたら、こちらは大軍勢で待ち構えているかも知れないけど?」


「どうぞ」


 脅したつもりが、華麗に受け流されてしまった。


「準備はしましょう。断れば、その場で開戦。魔族との大戦争になるんだから」


 バヨネッタさんの言葉に、俺たちは首肯する。


「ではこれで。…………ああ、言い忘れていました」


 言う事を言い終えた魔王ノブナガは、踵を返して立ち去ろうとしたが、途中で足を止めて振り返ってシンヤを見た。仮面は最初のもの、トモノリの仮面となっていた。


「例え世界の行く末がどうなろうと、シンヤ、お前には死んで貰うよ」


「はあ!?」


 思わず俺が一番大きな声を上げていた。


「勇者の体内には、世界征服後に必要になるシステムコンソールが埋め込まれているんだ。それは勇者が死なないと起動させられない。だからシンヤ、俺の目的の為に、お前には死んで貰う」


 それだけ言い切ったトモノリは、礼拝堂の階段を下っていったのだった。

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