第92話 掘削作業
「はい、これ」
バヨネッタさんに渡されたのはメダルだった。
「これは? ベフメ家の紋章が彫られてますけど?」
しかしバヨネッタさんはこれには答えてくれず、顎で吸血神殿の方を指示する。
「それを持って今から二人で吸血神殿に入ってきなさい」
「はあ?」
「二人って、私もですか?」
ジェイリスくんも聞いていなかったようで、俺の隣りで驚いている。なんでだよ。ジェイリスくんは打ち合わせに参加していただろう。
「ベフメ家から水路建設の御達しが下ったって言うのに、未だに吸血神殿に籠もっている馬鹿がいるのよ。そいつらに首輪でも付けて引き摺ってでも吸血神殿から外に出すのが、二人の仕事よ」
「…………マジですか? それって何人くらいいるんですか?」
「さあ?」
さあ? って! どのくらいなのか分からなければ、難易度が分からない。
「ベフメルの吸血神殿には、常時五、六人のパーティで二十組程が潜って活動しています」
教えてくれたのはバヨネッタさんではなくドイさんだ。ベフメ伯爵と視察に来ていたようだ。
「そのメダルを見せれば、皆さんお二人に従ってくれると思います。吸血神殿に入る際、そのような契約がなされていますから」
とベフメ伯爵が教えてくれた。成程。吸血神殿に潜っている冒険者たちにこのメダルを見せれば、彼らは従わざるを得ない訳だ。絶対従わない気がする。
「え? 従わなかったらどうするんですか?」
「冒険者名やパーティ名を控えておいてください。今後その冒険者やパーティは吸血神殿出入り禁止になりますから」
いや、出入り禁止も何も、ここで神殿から出てこなかったら死ぬよね? だがこの事にビビっているのは俺だけだった。周りの皆は平然としている。どうやらそれも織り込み済みらしい。
人の死に携わる仕事とか、嫌過ぎる。だからバヨネッタさんは俺を選んだんだろう。俺なら意地でも全員地上に生還させようとするだろうからだ。はあ。
「なんだ? そっちの方が面白そうだな?」
話に加わってきたのはリットーさんだった。
「リットーさん一緒に来てくれるんですか? 来てくれるんなら助かるんですけど?」
リットーさんが来てくれるなら百人力、いや、千人力だ。だがリットーさんも仕事があって堤防に来ているはずだ。俺はバヨネッタさんの方を見遣る。
「良いわよ。仕事が終わってからだけど」
おお! まさかお許しが出ようとは! これは幸先良いかも知れない。
「その仕事ってどれくらいで終わるんですか?」
「さあ?」
またそれか! これが一日仕事だとしたら、待っていられない。俺には今日明日の二日しか時間がないし、雨季は待っていてくれないからだ。一人でも多くの冒険者を地上に帰還させる為にも、出来るだけ早く出発したい。
「さあ? ってリットーさんに何をやらせようとしているんですか?」
「掘削作業よ」
「掘削作業?」
俺のオウム返しにバヨネッタさんが首肯する。
「堤防の上部に穴を開けて貰うのよ」
と堤防を指差すバヨネッタさん。
「なんで?」
俺は普通に聞き返していた。
「そこと水路を連結して、川の水を水路に引き入れるからに決まっているでしょう?」
決まっているんだ。
「え? 堤防の上から引き入れるのでは、駄目なんですか?」
「そんな事したら、堤防の他の場所から街に水がなだれ込むわよ?」
あ! 確かにその通りだ。はは。自分の浅はかさに逆に笑えてくるな。
「分かりました。穴掘りですね。手伝いますよ」
穴掘りは得意だ。なにせ半年もヌーサンス島で穴掘り生活していたからな。
「かーっはっはっはっ!! ハルアキよ! 気持ちは嬉しいがここは私に任せて貰おう!」
つなぎの腕まくりをする俺に対して、リットーさんはドンッと自身の胸を叩いてみせた。余程自信があるらしい。一人より二人の方が早いと思うんだけどなあ。
「…………分かりました。でも人手が必要なら言ってください。手伝いますから」
笑われた。リットーさん以外の全員に。この笑われ方からして、リットーさん、もしやかなりの穴掘り名人だな?
「ああ! 大変なようなら、ハルアキに手伝って貰おう!」
そう言ってリットーさんはゼストルスに跨がり、空に飛び立った。
「魔女殿! ここら辺かな?」
堤防近くまできてホバリングするゼストルスの上で、リットーさんが堤防をランスで
「そうね、もうちょっと右かしら? ああ、それだと行き過ぎね。ちょっと戻って、そう、そこ」
こんな具合にバヨネッタさんの指示の下、微調整がなされて、堤防に開ける穴の場所が決まった。
「良し! では行くぞ!」
場所が決まるとリットーさんとゼストルスは堤防から少し離れた。行くんじゃないのかよ? と思っていると、リットーさんのランスが高速で回転し始めた。え? あのランス、本当にドリルだったの?
「まさかこのような所でリットー様の螺旋槍が拝めようとはッ」
と俺の横でジェイリスくんが興奮している。しかし『螺旋槍』って、まんまな名前だなあ。
「ゼストルス!!」
気合い充分とリットーさんはゼストルスに指示を出し、ゼストルスがそれに応えて堤防に突っ込んでいく。
それは俺には無謀な特攻にしか見れなかった。巨大な壁に向かって突っ込んでいく愚かな騎士。まるでロシナンテに跨がったドン・キホーテだ。
が、崩れ去ったのは堤防の方だった。リットーさんの螺旋槍が堤防にぶつかるやいなや、堤防がその螺旋運動に巻き込まれて円形に崩壊していく。
それは一瞬の出来事だった。堤防に丸い穴が空き、そこをゼストルスに跨がったリットーさんが通り抜けていった。残されたのは直径十メートル以上はある綺麗な空洞。
「すげえ……」
俺が思わず声を漏らしている間に、バヨネッタさんが最後の仕上げをしていく。堤防まで運び込まれた石材を魔法で宙空に浮かせると、その石材で持ってリットーさんが開けた穴を綺麗に整えていったのだ。後に残ったのは、まるで昔からそこに空いていたかのようなまん丸のトンネルだ。
「すげえ……」
本日二度目の感嘆である。
堤防に穴を空けると言う大仕事を一瞬で終わらせたリットーさんは、そのままゼストルスに乗って空を翔け回った後、堤防の上に降り立ち、高々とその手に握られた螺旋槍を天に掲げたのだった。
堤防に集まった人夫や野次馬たちからの割れんばかりの歓声。それに応えるリットーさん。様になるなあ。などと思っていると、ゼストルスでひとっ飛びして俺たちの元に戻ってきた。
「すまなかったなあ! ハルアキの出る幕はなかったようだ!」
「え、ええ。そのようですね」
いらん注目を浴びて恥ずかしかったのは、言うまでもない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます