第93話 想像となんか違う
剣、剣、棒。リットーさんにジェイリスくんに俺は、各々武器を携え、吸血神殿の前に立つ。棒だけなんかダサい気がするのは横に置き、リットーさんは螺旋槍ではなく剣だ。流石に屋内でランスはデカ過ぎる。
白亜の吸血神殿は、その大口を開けて俺たち三人を待ち構えているようだった。吸血神殿の入り口は頑強で分厚い両扉で、縦横十メートル以上はある。それがピルスナー川方向に向かって開かれているのだ。なんともおあつらえ向きである。
吸血神殿は地下へ向かって延びるダンジョンだ。一階には両扉と地下一階への緩やかな下り坂しかなく、それが数百メートルと続く。そしてその突き当たりにあるのが、地獄の大穴と呼ばれる、地下一階から最下層の地下五階まで続く、直径五十メートル、深さ百メートルはあろうかと言う大穴だ。
「でけえ!」
そんな声を漏らすと、声がこだました。
「この地獄の大穴が吸血神殿の基点で、ここ以外に上下を移動出来る階段はない」
とジェイリスくんが説明してくれた。見れば、確かに大穴の側壁に沿うように、螺旋階段が造られている。
「ジェイリスくんは吸血神殿に来た事があるのか?」
「ここのは初めてだが、首都の吸血神殿になら騎士学校時代や騎士になってからも、訓練で何度も足を運んだ事がある。その時に教官からどの吸血神殿も構造は同じようなものだと聞いている。もちろん、深さや広さ、出現する魔物の強さは神殿によってマチマチだが」
へえ、そうなのか。俺の想像の中では、真面目過ぎて周りから煙たがられているジェイリスくんが、容易に頭に浮かんだ。
「なんだ?」
「なんでもありません」
各階の構造はどこも基本同じで、八方に向かって大通りと呼ばれる通路が延び、その隙間を埋めるように小道や大部屋小部屋が設置されているのだそうだ。
「成程ねえ。でもまあ、まずやるべき事は一つかな」
「やるべき事?」
と俺の言葉に、ジェイリスくんとリットーさんが首を傾げて聞き返してきた。
「我が名は、竜騎士リットーである!! この吸血神殿で魔物討伐に当たる者たちよ!! 良く聞け!! これよりこの神殿は立ち入り禁止となる!! 皆の者、即刻吸血神殿から出られよ!! さもなくば、ベフメ家の名の下に、強制排除する!! これは決定事項だ!!」
リットーさんの大声を、更に拡声の魔法で大きくし、それを地獄の大穴で更にこだまさせた。近くでなんて聞いていられない程の大声である。耳を塞いでいるのに煩い。リットーさんはこれを三回繰り返してくれた。
「よ、よ〜し、これで吸血神殿の隅々まで俺たちの意思表明は届いただろう」
「届いたかも知れないが、こんな事して、冒険者たちがのこのこ出てくると思っているのか?」
「どうやら、出てくるみたいだよ?」
早速と言うべきか、地下一階のそこここから、人の気配が移動しているのが分かる。そしてそれらは徐々にこちらへ向かって来ていた。さて、最初にこちらへやって来たのは、
「おお! 本当に竜騎士リットーだ!」
と最初に現れたのは、サレイジ、レイシャ、ミューン、ムムド、オポザのアルーヴ五人組だった。
「お前らなんでここにいるの?」
「うわあ!? ハルアキ!? なんでここにいるんだよ!?」
とムムドを筆頭に皆驚いている。
「質問しているのはこっちなんだけど?」
「うぐっ。いやあ、オル様に頼まれていた船の交渉が中々まとまらなくてさあ、気晴らしに、そのう、ちょっとだけ……」
はあああ。身内が恥を晒してごめんなさい。俺はリットーさんとジェイリスくんに謝罪すると、さっさとアルーヴたちに吸血神殿から出ていくように促す。はいはい、リットーさんと握手とかしなくて良いから。
その後、地下一階では三組のパーティが俺たちの前に現れ、リットーさんと握手して出ていった。なんだかなあ。
「他にはいるか?」
とジェイリスくんが聞いてくる。俺は『野生の勘』を最大限に発揮して、ベフメルの地下に広がる吸血神殿の中を探る。
「いや、魔物の気配は感じるけど、地下一階に人の気配は感じないな。リットーさんはどうですか?」
「私も同じだ。だが一応洩れがないか軽く見回ろう」
と俺と同意見だったので、俺たちはそのまま地下一階を半分くらい回ってみる事にした。
ヒタ……ヒタ……ヒタ……
何かが吸血神殿を歩く音が聞こえる。大通りから角を曲がった小道の方からだ。俺たちは武器を構え、道角から小道に顔を覗かせた。
いたのは、全身がメタリックな灰色をしたツルツルの肌で、頭でっかちで大きな黒目が特徴的な小学生くらいの小人だった。
「…………」
「ゴブリンだな」
「ゴブリンですね」
「いやいやいや、おかしくない? あれ、どう見てもグレイだよね?」
「グレイ? ハルアキの地元ではゴブリンを色で呼ぶのか?」
そうだけど、そうじゃない! 俺が今目にしているのは明らかに宇宙人のグレイである。いや待て。グレイが宇宙人だと誰が決めつけたのだ? もしかしたら異世界転移して俺たちの世界にやって来ていたのかも知れないじゃないか。…………馬鹿か俺は。誤魔化しきれん。
「あれ、殺すんですか?」
「魔物だしな。まあ、放っといても構わんが?」
と俺とリットーさんが穏便に事を済まそうとしていると、
「貴重な経験値だ。倒すに決まっている」
ジェイリスくんが角から小道に飛び出し、グレイを一刀のもと両断せしめたのだった。おう、絵面がエグい。何故か一瞬昔テレビで観たグレイの解剖シーンを思い出してしまった。
ジェイリスくんが俺の心情なんて慮ってくれるはずもなく、作業的にグレイの心臓辺りから魔石を抜き取っていた。そして魔石を抜き取られたグレイの死体が、すうっと吸血神殿に吸収されていく。成程、本当に吸収されるんだな。この分なら大量に川の水が流れ込んでも大丈夫そうだ。
などと感心していると、小道の更に奥から、カッカッカッと歩く音が聞こえてくる。足音的には硬い靴か蹄の音だ。
「オークだな!」
とリットーさん。首肯するジェイリスくん。オークと言うのは、日本のファンタジーでは豚面の獣人として描かれる事が多い魔物だ。えっちいやつだと性欲が強く、女性を襲ってあれをするイメージが付いている。それはゴブリンも一緒かな。グレイだったけど。今度も宇宙人なのだろうか? 火星人みたいなタコ型とか?
そしてカッカッカッと蹄を鳴らして俺たちの前に現れたのは、人の股くらいまでの体高の、四足のピンクのそいつだった。
「いや、まんま豚じゃん!」
と俺のツッコミに二人は応えてくれず、一気に豚を処理して、互いに権利を主張している。あ、じゃんけん始めた。異世界にもじゃんけんみたいのってあるんだなあ。リットーさんの勝ちのようだ。嬉々として自分の『空間庫』に豚の死体を仕舞っている。
「何してるんですか?」
「知らないのか? オークは美味いんだぞ!」
そりゃあ豚だからね。美味しいだろうよ。
「豚肉……、オーク肉って人気なんですか?」
「好きなやつは多いな!」
へえ、そうなんだ。言われて思い返すと、この異世界に来て豚肉って食べていないかも。いつも鳥かウサギなんかの肉だった気がする。異世界の豚。ちょっと気になる。グレイを殺すよりは罪悪感ないし。
その後、地下一階を軽く回ってみたが、他の冒険者とは遭わなかった。俺の勘やリットーさんの索敵にも引っ掛からなかったので、俺たちは地下二階へ進んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます