第598話 砂漠コース(中編)
俺たち全員を抜き去ったカヌスは、右カーブを華麗なコーナリングで曲がりつつ、その直後に控える左への180度ヘアピンカーブも見事なマシン操作で乗り切ると、その後は独走に近い状態でスタート地点のロングストレートへと続く、長い左カーブを進んで行く。
それを追い掛けるダイザーロくんとリットーさんだったが、上部が軽いカウルだけのカヌスのマシンと、ボディを積んだ二人のマシンでは、最高速度に差があり、どんどんと引き離されていってしまう。
ぶっちぎりでロングストレートに入ってきたカヌスのマシンは、ロングストレートで更にスピードを上げて後続を引き離し、圧倒的大差で左の直角カーブへと差し掛かる。
ダダダダダダ……ッ!!
そこへ待っていました! とばかりに武田さんのマシンのボディから、ヌッと顔を出したマシンガンが、カヌスのマシンを狙い撃つが、これを読んでいたのか、カヌスはコースを大きく外れて外回りし、砂地をものともしないマシンパワーで、マシンガンの直撃を避けながら、連続S字カーブへと突入していく。
しかしカヌスを待ち受けていたのは、視界を遮る煙幕だった。ミカリー卿のマシンから放出された大量のスモークによって、連続S字カーブは一寸先も見えない有り様となり、流石にこれは煙幕が消えるまで、カヌスでもマシンの速度を落とさざるを得ないと思ったが、カヌスは煙幕など関係ないかのように、S字カーブへと突っ込み、見事なコーナリングでS字カーブを走っていく。しかしカッテナさんの目を借りて見る舞台上空の大型ビジョンには、煙幕で何も映っておらず、これはカヌスの奴、この砂漠コースを完全に記憶しているな。
ちらりとカヌスの方を見遣れば、今にも鼻歌でも歌い出しそうな余裕な顔で、改造スマホを操っている。このカヌスのプレイに、沸き上がる闘技場。が、こちらとしてもこれでスピードが遅くなれば儲けもの程度の罠だ。罠と言うのは二重三重に仕掛けてこそ意味がある。
ギュルギュルギュルッッ!!
S字カーブを抜けようと言うところで、カヌスのマシンが盛大にスピンして、その先で待ち構えていたミカリー卿のマシンに突っ込んだ。何事か!? とどよめく闘技場に、冷静ながらも一瞬笑みを消したカヌス。
クラッシュの原因はタイヤにあった。カヌスのマシンのタイヤに、布が巻き付いていたのだ。煙幕はカヌスの視界を奪う事で間違ってはいないが、この布を隠す事こそ本当の理由であった。
S字カーブの最後に、マシンと同じ大きさのツルツルの布を用意しておいた事で、煙幕のせいで丁寧にマシンを操る事に気がいっていたカヌスは、更に罠が仕掛けられている事に気を割く事が疎かになり、この布に滑り、そしてタイヤが布に絡まり、スピンしてミカリー卿のマシンに体当たりした形となったのだ。
この事にほんの一瞬笑みを消したカヌスであったが、直ぐ様モーターを強引に回転させる事で、タイヤに絡まった布を引き千切ろうとするが、そこに迫るのは煙幕の中に隠れていたデムレイさんのマシン。
ギュルギュルとタイヤを回転させているカヌスのマシンに向かって、直方体のボディに包まれた重いマシンがカヌスのマシンに体当たりをかます。
デムレイさんとミカリー卿のマシンに挟まれて身動きが取れなくなるカヌスのマシン。この惨状に闘技場の客席たちから悲鳴が上がるが、そんなものは俺たちには関係ない。
カヌスのマシンが身動き取れなくなった横を、薄くなった煙幕の中、ダイザーロくんとリットーさんのマシンが通り過ぎていく。これに更に客席たちから悲鳴が上がる。この場ではヒーローはカヌスであり、俺たちはヴィランだ。ヴィランとしてこの悲鳴は心地良いね。
などと思っていると、デムレイさんとミカリー卿の大型のマシンに挟まれていたカヌスのマシンが、無理矢理その場から抜け出した。やはりモーター二個積みは馬力が違うな。
二体のマシンから抜け出したカヌスのマシンは、ヘアピンカーブを強引に曲がると、ショートストレートへと突入した。が、そこに待ち受けているのがバヨネッタさんと俺のマシンだ。
前述したが、このショートストレートは両側を岩棚に挟まれており、前を行くマシンを抜くのが困難な地点だ。そこがマシンを横向きにして、道を塞がれていれば尚更である。
「へえ」
しかしカヌスはこれには冷ややかな声を漏らしただけで、また笑みに戻る。道を塞ぐバヨネッタさんのマシンへ向かって突進していくカヌスのマシンだったが、それは衝突と言う自滅行為ではなく、スピードを出す為にわざとした技だった。
カヌスのマシンはバヨネッタさんのマシンにぶつかる前に、最高速度までスピードを上げると、マシンを左へと逸らし、その速力でもって、壁走りを魅せたのだ。
これには闘技場の観客たちも大興奮で、これに応えるように、カヌスのマシンはバヨネッタさんのマシンも、その後ろに控える俺のマシンも岩棚を壁走りする事で越えていき、一周目の時同様に、右岩棚最後に開いたトンネルを通ってショートカットして、先を進むダイザーロくんとリットーさんのマシンを追い掛けようとするが、罠はこれだけではないのだよ。
トンネルの前には、俺のマシンによって水が撒かれた水面があり、ここを通ればタイヤが水に濡れ、タイヤが泥となった砂を巻き込みマシンのスピードが格段に下がる。しかし既にカヌスのマシンはその突入角度をトンネルの方向へと合わせており、これを無理矢理変更するのも、マシンへの負荷が大きいうえ、岩棚にぶつかる危険性があった。結局カヌスには水に濡れながらトンネルに突入する選択肢しか残されていなかったのだ。
そうして水に濡れながらトンネルに突入したカヌスのマシンだったが、その短いトンネルを抜けた先に待ち受ける180度ヘアピンカーブを、難なく曲がってみせた。濡れたタイヤでこれが出来ると言う事は、
「速乾性のタイヤか」
俺の呟きにカヌスがちらりと俺を見て笑みを深める。
「砂漠コースだからな。水を使ってくるのは読んでいたさ」
そう答えて、スタート地点に戻る左カーブを進んでいくカヌス。先を行くダイザーロくんとリットーさんとはまだ差があるが、徐々にその差を縮めていっている。気を抜く事は出来ないな。
勝負は三周目になりそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます