第604話 宇宙コースターコース(四)

 三台の敵マシンに先行されて、最後尾を走るカヌスのマシン。普通ならこのコースでこの態度は、アステロイド帯で前三台が隕石にぶつかってクラッシュするのを期待する以外になく、カヌスのマシンがトップでゴールラインを切る可能性はゼロである。それなのにカヌスの瞳には一片の諦めの色がない。となると、アレをやるつもりなのだろう。


 リスキーだが、それなら一気に先頭に踊り出られる。幸いこちらには大型ビジョンを監視しているカッテナさんの目があるので、それらしい動きを見せればすぐに察知出来るが、一か八か、乾坤一擲の賭けに、魔王が出るものだろうか?


 縦一回転を抜け、五連横回転を通り、アップダウンを過ぎ、深い谷を俺たちが最後のロケットエンジンで飛び越える。後に続くカヌスのマシンは、前周でミカリー卿のマシンに体当たりするのにロケットエンジンを使用してしまったので、深い谷をコース通りに進まなければならない。ここで俺たちは更にカヌスのマシンを引き離した。


 観客たちの口からは諦めの悲嘆がこぼれ、闘技場の熱が冷えていくのが体感で分かる。だが、俺はまだカヌスの動向に注視していた。


 俺たちがアステロイド帯を問題なく通過したところで、やはりカヌスが仕掛けてきた。アステロイド帯を流れる隕石群に歩調を合わせるかのように、マシンのスピードを落とすカヌス。そんなカヌスのマシンに右から大きな隕石が、高速でぶつかってきた。これに観客席から悲鳴が上がる。当然だろう。この隕石に押し出されるように、カヌスのマシンがコースアウトしたからだ。


 だが、これこそがこのコースでRTAを出す最適解なのだ。


『リットーさん、バヨネッタさん、カヌスが仕掛けてきました! 出来るだけスピードを上げてください!』


 俺の警告に、先頭を行くリットーさんも、その次を行くバヨネッタさんも、マシンの速度を上げるが、上げ過ぎても途中でバッテリーが切れてマシンが止まってしまう。もどかしい。


 カヌスの作戦はこうだ。右から左へとコースを遮るように流れる隕石に乗る事で、その先の180度カーブをショートカットし、更にその先のアステロイド帯の谷まで行く。数々のRTA走者が、このコースで使ってきた常套手段だが、実際はそう簡単ではない。


 俺も試した事があるが、まず運の要素が強過ぎる。アステロイド帯には速い隕石もあれば遅い隕石もある。タイミングを間違えれば、遅い隕石にぶつかってマシンが流される事になるし、運が悪ければクラッシュしたり、それこそコースアウトしたりする事になる。


 速い隕石でも、速過ぎればマシンのボディを容易く破壊するので、丁度良い速さの隕石を、無数に流れる隕石群の中から見付け出さなければならない。


 たとえ丁度良い速さ、つまり先の180度カーブを進むよりも速く、マシンを破壊するよりも遅い隕石を見付け出したとしても、その隕石が来るのを、隕石群の中でまごまごと待っている訳にはいかない。そんな事をすればどうなるかは言わずもがなだ。


 更に丁度良い速さの隕石に乗って、次のアステロイド帯の谷に到達出来たとしても、マシンの方向はコースと逆向きをしているので、上手く左右の噴射口から燃焼ガスを噴射して、方向転換する必要があり、方向転換出来たとしても、コースに着地出来なければ、そのまま隕石に流されて、今度こそコースアウトだ。


 結論。このコースで本当にRTAを出すのは、運である。もしかしたらダイザーロくんならこのコースでRTAを出せるかも知れないが、上記の理由からこのコースの特訓を放棄していたので、俺たちには元から無理だった。


(最後の最後で丁度良い速さの隕石を引き当てたか。もっているなあカヌス。でもカヌスのマシンは左右の噴射口を排除してあったはず。どうやって方向転換するのか。まあ、方向転換出来る算段がなければ、賭けに出ないか)


 カヌスの動向に注視しながらも、俺たちはバッテリー残量と格闘しながら、なるべくスピードを出して、180度カーブを通り過ぎ、緩やかな坂の先にあるアステロイド帯の谷に到達した。そこでは武田さんのマシンが、眼鏡橋のような緩やかな弧を描く橋を作り待機しており、俺たちはそこへ突入する。


 が、その寸前でカヌスのマシンがアステロイド帯の谷に到着。どうするのか? とカッテナさんの目から状況を注視していると、カヌスのマシンはその前部に装着していたスパイク付きの射出機で、前方、いやコース的には後方にある隕石を叩く事で、コースに復帰してみせた。この妙技に「おお!」と沸く観客席。


 しかしコースに復帰したとは言っても、前後逆だ。それでどうやってレースを続けると……、いや!


『リットーさん! バヨネッタさん! 全速力でお願いします!』


 念話ながら、俺が焦るようなトーンで二人に訴えかけた事で、二人のマシンのスピードが上がる。もちろん俺のマシンも全速力で橋を越えるも、俺たち三台の先を行くカヌスのマシンにはまだ一歩及んでいない。


 全く、こんな事を考え付くなんて、初代魔王を甘く見ていた。あんなの地球のRTA動画でも見た事ないぞ。


 カヌスは、なんとマシンをバックのまま走らせているのだ。確かにこのコースは直線を輪にしたコースだ。だから実質前進させるだけで成り立ち、左右へのドライビングテクニックを必要としない。だからって、マシンを後進バックさせてコースを進もうなんて、普通考えるか!?


 カヌスのこの曲芸に、冷えていた観客席は熱を取り戻し、歓声が土砂降りの如く舞台に降り注ぐ。闘技場の大型ビジョンには、カヌスのマシンの視点から、俺たちのマシンの姿が映っており、それは懸命にカヌスのマシンを追ってはいるが、その差は縮まらず、六連横回転に、二連縦回転コースを通り過ぎたカヌスのマシンは、そのまま先頭でゴールラインを切ったのだった。

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