第335話 第三の……?

「ガイツクールですか。まあ、今度の魔王との決戦で、ゼラン仙者程のお人を遊ばせているのは馬鹿の所業ですから、欲しいとおっしゃるなら、お譲りいたしますよ」


 闘技会での賞品が一つ少なくなってしまうが、今は確実な戦力が必要だ。ゼラン仙者が本気で魔王討伐に参戦してくれるなら、渡さない理由がない。


「いや、身に着けるのは私ではないのだがな」


 ん? どう言う事?


「勇者パーティのメンバーですか? それとも、別に優秀なお弟子さんがおられるとか?」


 俺の問いに、しかしゼラン仙者が首を横に振るう。何だか勿体ぶっていて、ゼラン仙者にしては歯切れが悪い。


「パジャンに……、与えてやって欲しいのだ」


 絞り出すように口にするゼラン仙者。パジャンに? まあ、ゼラン仙者の生国であろうパジャンに、ガイツクールが欲しいのは分かるが、


「すみませんが、ガイツクールは個人にお譲りする方向で話が進んでおりまして、どこかの国を優遇すると言うのは、考えていないんですよ」


 俺がそう答えると、ゼラン仙者はまた首を横に振った。


「パジャン天国にガイツクールを譲渡しろ。と言っているのではない。パジャン個人に譲ってやって欲しいのだ」


「パジャン個人……? ですか?」


 何だそれ? 話から察するに、パジャンと言う名前の一個人がいるのだろう。しかしゼラン仙者の歯切れが悪い。


「まあ、その人が強いのであれば、俺的には何も問題ありませんよ」


「強さは保証する。あやつは私よりも強いからな」


 レベル五十を超えるゼラン仙者よりも!? それは凄いな!!


「だったら、何も問題ありません。いや、その人が今度の魔王討伐の為に戦ってくださるなら、ですけど」


「それも保証する。何せあやつは勇者だからな」


「勇者ッ!?」


 思わず大きな声を出してしまった。シンヤ、武田さんに続いて、第三の勇者登場? 勇者の安売り市かな? いや、おかしいだろ? パジャンの勇者はシンヤだ。天使カロエルもシンヤが勇者だと証言していたし。だったらまだ見付かっていない地球の勇者か? でも名前がパジャンなのか。


「どう言う事なのか、詳しく説明してくださるんですよね?」


 俺が目をすがめて意識的に睨むと、何故かゼラン仙者は照れたように横を向いた。


「まあ、説明してやっても良い」


 何で上からなんだ? まあ、良いけど。


「パジャンと言うのは元々個人名でな、パジャン天国では始まりの勇王と呼ばれている」


「始まりの勇王……、ですか?」


 聞き返した俺に、鷹揚に頷くゼラン仙者。ちょっと嬉しそう。


「パジャンと言う国は、そもそもパジャン勇王が興した、ジンと言う国が始まりなのだ」


 それで始まりの勇王。


「初代が勇者だから、パジャン天国は勇者に特別な思い入れがあり、だから魔王の出現を感知する度に、勇者を見付け出して支援してきた」


 そう言う背景があったのか。…………ん?


「それって、相当昔の話ですよね?」


「そうだな。パジャンが国を興したのはもう千年以上昔の話になる」


「まだ生きているんですか?」


 俺が尋ねると、途端にゼラン仙者の顔が厳しいものに変わった。


「…………生きている。と言うべきか、生かされている。と言うべきか、死ねずにいると言うべきか……」


 ?? やっぱり歯切れが悪い。


「まあ、見せた方が早いな。付いてきてくれるか? パジャンに会わせよう」


 席を立つゼラン仙者の後に続いて、俺は家を出た。



 やって来たのはパジャン天国南西にあるトホウ山。ゼラン仙者が住む聖域のある場所だ。


 その聖域へと足を踏み入れ、その奥にある何重にも結界を施された扉が開けられると、その先は洞窟になっていた。雑な造りの階段が下へと延びている。洞窟の中に入ると、ゼラン仙者は扉を閉めて、また結界を張り直す。そして俺はゼラン仙者の先導で洞窟を下っていった。


(長いな)


 先を進むゼラン仙者は、無言でいつもの雲に乗りながら下っていく。その後を付いて行くだけなのだが、長い。スマホを見ると既に二時間以上下っていた。これはトホウ山を下り切るんじゃなかろうか?



「着いたぞ」


 そう思ってから更に一時間経過して、やっと洞窟の最奥に到着した。そこにも扉があり、また何重にも結界が施されている。ここでもゼラン仙者は扉を俺が潜ると、すぐに扉を閉めて結界を張り直す。


 勇者がいるんだよね? 何でこんなに厳重に結界を張っているんだ? しかもこの結界の感じ、外から入るのを防いでいると言うより、中のものが外に出ないように施しているように感じる。


「こっちだ」


 ゼラン仙者に言われて、ハッとした俺はその後を付いて行った。あったのは馬鹿デカい水晶の壁だった。壁一面が魔力をたっぷり含んだ水晶で出来ており、その中央で、何者かが泣いていた。「何者か」と言うのは、そのフォルムが人間とは思えなかったからだ。


 ベースは女性。だが身体の右半分は普通の人間らしく白いが、左半分は青い。青い方は獣を思わせる角や爪を宿し、背にはコウモリのような羽根。まるで悪魔のようだ。では白い方は完全に普通の人間なのかと言えば、その背には白鳥のように真っ白な翼が生えていた。その全体像は、天使と悪魔を半分に切って、無理矢理くっつけたように見えた。そして何を憂いてなのか、彼女はその両目から涙を流していた。


「これが、勇者パジャン? ……ですか?」


「ああ。不気味か?」


 不気味かは分からないが、シンヤの姿からも掛け離れている。勇者のイメージはないな。


「パジャンの最後は当時の魔王と相討ちだったんだ」


「相討ち……」


「ああ。強敵でな。パジャンは融合封印の術式で魔王をその身に封印する事でこの世界を救ったんだ」


 成程。


「生きているんです、よね?」


「なんとかな。不運にも魔王と融合した事で、その長命を身に宿してしまってな。とは言っても、飲まず食わずでは生きていけないから、私の『集配』で生命力や魔力を与えているが」


 ゼラン仙者がドミニクとの戦闘で前に出たがらなかったのは、この人の事が心配だったからか。


「この人、外に出して大丈夫なんですか? その、魔王化したりとか……」


「魔王は既にパジャンが己の精神世界から駆逐した」


 そうなんだ。


「ただ、その時の戦いの影響で、この水晶から出ては生きていけない身体となってしまった」


「成程。それでガイツクールですか。あれで身体を外と内、両方から支えようって訳ですね」


 首肯するゼラン仙者。


「そうだ。化神族の事は耳に入っていたし、色々調べもしていたが、やはり化神族が持つその危険性は無視出来なかった」


「確かに。この人に化神族を渡さなかったのは、その後を考えると賢明な判断だったと思います」


「だが、ガイツクールにはその危険性がないのだろう?」


 ならば手に入れたいと思うのは道理か。ゼラン仙者よりも強い勇者の助力を得られるなら、これ程心強い事はないな。良し。


「只でとは言わん」


 俺がオーケーを出す前に、ゼラン仙者が口を開いた。只でも良いのに。


「パジャンにガイツクールをくれるなら、こちらは金丹を進呈しよう」


 金丹! エリクサーか!

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