第336話 材料

「金丹!? 本気ですか!?」


「ああ。不服か?」


 俺は思いっ切り首を横に振った。


「まさか! 貰い過ぎですよ! 勇者が戦力になるんですよ!? それだけでガイツクールを渡す理由としては十分ですよ!」


「そうか。そうかもな。すまん、パジャンが復活するかも知れないと思ったら、少し感覚がおかしくなっていたらしい」


 言ってゼラン仙者は深く息を吐き出す。それだけゼラン仙者にとって勇者パジャンの復活は念願だったのだろう。


「しかし、金丹ですか。まあ、ゼラン仙者なら持っているだろうとは思っていましたけど、やっぱりって感じですね」


「ふふふ、魔王討伐には、勇者やそのパーティがレベル五十を超えている事が最低条件だからな。勇者の後援者としては必要なんだよ。魔女島の魔女たちもモーハルドの聖職者たちも、金丹は持っていまい。持っていたとしても偶然だろうな」


 それ程貴重なのか。武田さんも魔王討伐の際には地下界まで行ったと言っていたし、きっとどこかから手に入れた金丹エリクサーでレベル五十超えて戦っていたんだろうなあ。…………ん?


「魔王討伐の最低条件がレベル五十で金丹必須なら、このパジャンさん復活がなかったとしても、俺たち金丹をお譲り頂けたのでは?」


「ん〜ん、それはこれ次第かな?」


 とゼラン仙者は親指と人差し指でコインの形を作ってみせる。こんな時でもお金ですか。この人の外道は生まれつきなのかも知れない。


「そんなに貴重なんですか? 金丹って」


「ああ。製造方法自体は基本的に焼いて煮込んで蒸留するだけだから、それ程難しくないのだが、素材が手に入らんからな」


「素材、ですか。ポーションみたいにベナ草一つって訳じゃあなさそうですね」


 首肯するゼラン仙者。まあ、ポーションやハイポーションがベナ草一つから出来ている事の方がおかしいんだけど。


「ベナ草も素材の一つだがな。他に『純水』に『純金』、『不死鳥の羽根』と『果ての大地の大蛇の卵』と、あともう一つ必要なんだ」


「その二つが出てくる時点で既に無理ゲーな気がしますが?」


「そんな事はない。この二つは金を積めば、冒険者がこの世界の果てまで行って収集してくるからな。有力国なら持っていて当然の代物だ」


 そうなんだ。まあ、リットーさんもゼストルスに乗って、果ての大地の大蛇の所までは行ったって言っていたしな。リットーさんレベルの冒険者はそうそういないだろうけど、入手不可能な訳じゃあないのだろう。


「つまり、残る一つの素材が、どうやっても入手不可能って訳ですね?」


「そうだな。非人道的に上手くやれば、永く入手し続ける事も可能だが」


 ああ、成程。外道仙者と呼ばれるのも、色々理由があったのか。


「それって俺たちに、非人道的に作られた金丹を使って、魔王に立ち向かえって事ですよね?」


「やらなければ、世界は魔王の好き勝手にされるか、または滅びる未来しかないがな」


 くっ、二択を選ぶと最悪のものしかないトロッコ問題とか、しかも自分が当事者とか、気分最低で一瞬で胃に穴が空きそうだ。


「ちなみに、その最後の素材って、何なんですか?」


 人間の命とか、赤ちゃんとかだったら、エリクサーを使わずに勝つ方法を模索する。


「天使の涙だ」


「天使の涙、ですか」


 その答えにホッとしている自分がいた。いや、確かに入手困難だな。まあ、俺の短い人生で、ネオトロンとかカロエルとかL魔王とかと出会っているけど、普通に考えて、天使と三人も会っている人間なんていない訳で。そもそも人生で天使に出会わないのが普通な訳だし。これは確かに入手不可能だと言っても良いか。


 だがそうなると、ゼラン仙者はどうやって天使の涙を定期的に入手しているんだ? 天使に知り合いがいると考えるのが普通か。けど、あんな傍若無人な生き物が、人間の為に涙を定期的に提供するだろうか? …………はっ!


「そうか! あの勇者パジャンさんって!」


 マジマジ見るまでもなく、勇者パジャンの背には、白鳥のような翼が生えている。


「そう言う事だ」


 俺の気付きにゼラン仙者が鷹揚に頷いた。成程、パジャンさんがレベル五十を超えて天使になっていたなら、その涙から定期的に金丹を精製出来ていたとしても不思議はない。


「じゃあ、ゼラン仙者は、ドミニクが天狗だと聞いて、その正体を知っていたんですか?」


 が、これにはゼラン仙者は首を横に振った。


「いや、『天狗』と言う種族名は、長く生きてきたが初めて知った種族名だった。恐らくドミニクが上位世界の存在だったからこそ、知り得た種族だったのだろう」


 成程、その線はあり得るな。ドミニクは色々ズルしていそうだもんなあ。


「じゃあ、パジャンさんは……」


「パジャンの種族は戦乙女だ」


「戦乙女! ヴァルキリーですね!」


 思わず興奮して大きな声を出してしまったが、ゼラン仙者に白い目で見られて冷静に戻る。


「戦乙女は、レベル五十を超えた超越者が成れた天使系種族としては珍しくてな。パジャンの後にも何人もの女が勇者となり英雄となったが、戦乙女と成れたのはパジャンともう一人だけだったな」


 へえ、成るのが難しいのか。と言うかここら辺、超越者でも成れる種族と成れない種族とかありそうだなあ。


「普通は小天使に成る。女でも男でもな。まあ、天使系自体、成れる人間が少ないのだがな」


「確か天使系とゼラン仙者みたいな仙者系があるんですよね?」


「ああ。もう一つ、『王』と言う系譜もある」


「『王』ですか?」


 首肯するゼラン仙者。


「戦闘で言えば、天使系が前衛、仙者系が後衛、王系が中衛だな。攻守のバランスが取れている」


 成程。それならシンヤやゴウマオさんは天使系だろうな。ラズゥさんなんかは仙者系っぽい。リットーさんが王系かな? バヨネッタさんはどうだろうか? 天使系ではなさそうだけど、仙者系か王系かは分からないな。


「私が長く勇者一行を後援してきて目撃したのは、この三種だった」


 そう言ってゼラン仙者は水晶の中のパジャンさんを見ていたが、その目はどこか遠くを見ているように俺には見えた。


 ゼラン仙者はパジャンさんとこのパジャンと言う国を、長く見守り続けてきた訳だけど、パジャンさんがこの水晶の外に出るって事は、その役目も終わる事になる。なんだか凄い節目に居合わせたもので、こちらまで感慨深くなってくるな。まだ魔王討伐出来てないけど。

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