第334話 こちらへ回せ

「こちらにも回せ、ですか?」


 天賦の塔から自宅に戻ってきて、政府とWEB会議を始めて早々、外交担当官からそんな事を相談された。どうやら海外各国から、ガイツクールをよこせ。と圧力を掛けられているらしい。


「馬鹿なんですか?」


「それだけ各国切羽詰まっているんです」


 いや、馬鹿だろ。魔王問題は地球と異世界が手を取り合って取り組まなければならない、人類史上最大級の難問だ。それだと言うのに、自分の国にガイツクールがないのはおかしい。とはどう言う事か。


 いや、言いたい事は分かる。もし今回の魔王問題が解決した時、その後の世界で脅威となるのが、ガイツクールを持つ者になるからだ。核兵器があれば対処も可能だろうとも思うが、人ひとりに対して核兵器を投入するなんて、費用対効果が悪過ぎる。それに取り逃して、被害が拡大なんてなったら目も当てられないからな。


「でもそれって、各国に核兵器を配備せよ。って言っているのと変わらないんじゃないですか?」


「ええ。ですから、各国ともに特別に我が国だけに、と」


 馬鹿だろ。


「どうしましょう?」


「どうしましょう? と言われましても。現在はガイツクールは俺とバンジョーさんのを含めて十二個だけですけど、浅野からもたらされた情報を用いれば、自国で生産する事も可能かも知れませんしねえ」


 浅野は、量産は難しい。と言っていたが、生産出来ないとは言っていなかった。こちらでも作れない事はないのだろう。


「それなんですが、その浅野情報もどうしましょうか?」


 日本政府では浅野からもたらされた情報は、まとめて浅野情報と呼ばれている。どうしましょうか? と言う事は、浅野情報これも全部世界に開示しろ。とでも圧力が掛かっているのだろう。


 これは難しい判断だ。ガイツクールにしろ浅野情報にしろ、要は軍事機密なのだ。それをおいそれと譲渡や開示などしていては、国家の安全保障に関わる。しかしこれらを一国で囲っていれば、良からぬ疑いを各国に持たれて、最悪、戦争に発展する可能性もあり得るのだ。


「政府のお偉いさんは何て言っているんですか?」


「浅野情報に関しては、オル氏や魔法科学研究所とも既に協議を開始しており、開示可能なものから、順次サイトに掲載していく事になりました。ただ、ガイツクールに関しましては……」


 そこで言葉を濁す担当官。ちらりちらりとこちらをうかがっているので、どうやらガイツクールに関しては、俺の意見が尊重されるらしい。


「ふ〜む」


 困ったな。と椅子の背もたれに身体を預ける。現在、ガイツクールを持っているのは、日本の俺に、モーハルドのバンジョーさん、魔女島のバヨネッタさん、パジャンのシンヤに、遍歴騎士のリットーさんの五人。残るガイツクールは七個。そして残る七個のガイツクールは、俺の『空間庫』の中で眠っている。


 ガイツクールは異世界だって喉から手が出る程欲しい物だ。地球各国にばかり分配出来ない。リットーさんはオルドランドに数えても良いけど、オルドランド自体がどう言ってくるか分からないな。地球も異世界もどの国も、魔王を倒さなければならない事は分かっているけど、その後の国家体制を出来るだけ盤石にしたいと言う思いもあるのだろうなあ。


「ガイツクールに関してですけど、条件に合致するなら、譲渡しても構いませんよ」


「条件とは?」


 条件が出されたのに驚かないって事は、事前にこうなるだろうと予想は立てていた訳だ。


「まず、ガイツクールの譲渡先は、地球、異世界問わず、個人です」


「個人ですか……」


 一つ目の条件から、担当官は渋い顔を見せた。それはそうだろう。個人となると、場合によっては一国で二人三人とガイツクール所有者を出す事となり、それは今後の世界においてそのまま発言力に変換可能とも言えるのだから。


「次に、ガイツクールを手にした者には、必ず魔王討伐に参加して貰います」


「それは当然ですね。その為に浅野さんからガイツクールを渡された訳ですから」


 これでガイツクールを持ち逃げなんてされたら、目も当てられない。逃げ出さないようにガイツクールを譲渡する前に、所有者となる人間にはバヨネッタさんに『制約』の魔法を掛けて貰おう。


「そして所有者は、地球、異世界を合わせた全ての土地から集められた者による、闘技会で決めます」


「闘技会ですか?」


 これには担当官も驚いたようだ。


「はい。今回ガイツクールと融合して貰う人間は、魔王と直接対峙する事になる訳ですから、闘技会で上位入賞するのは、当然の条件だと思いますが?」


 担当官も首肯しているので、どうやらこの方向で話がまとまりそうだ。とWEB会議を続けていると、


 ピンポーン。


 とチャイムが鳴った。


「すみません」


 と会議に集まっている画面の向こうの関係者に暇を貰って、インターホンのモニターに出る。


「はい、なんでしょう? ゼラン仙者?」


 モニターに映ったのは、ゼラン仙者の姿だった。


「ハルアキか。…………今、大丈夫か?」


「少し待って貰えますか」


 思い詰めるような顔と声音。俺は只事ではないと考えゼラン仙者を家に迎え入れ、お茶を出して待っていて貰うと、WEB会議を早々に打ち切り、リビングで対面に座る。


「何でしょうか?」


「私にガイツクールを一つ譲ってはくれないか?」


 こっちもガイツクールか。

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