第575話 寝ぼけ

 徹夜で疲れた身体をふらふらさせながら、中央通りにある宿屋へ戻ると、中央通りは既に元通りとなっており、町は平常運転となっていた。


「おかえりなさい」


 一階の食堂でウエイトレスをしている骸骨さんが、優しくお出迎えしてくれたのが、心に沁みる。


「今回の戦いで全員レベル五十になった事だし、昼前まで寝て、昼にエリクサーを使用して上限解放しましょう」


 バヨネッタさんの言葉に、ダイザーロくんはやる気を見せているが、武田さんは渋い顔だ。きっと今日一日は眠りたいのだろう。多分俺も同じ顔をしていると思う。だってバヨネッタさんがこっちを半眼で見ているもの。


「何で昼なんですか?」


「さあ? 私の『慧眼』が、昼にエリクサーを飲むのが良い。と告げているのよ」


『慧眼』の力か。朝や夜に飲むより、昼に飲んだ方が効果が高いのかな?


「それって工藤だけだろ? カッテナの時は別に昼に飲んでいないしな」


 武田さんが辟易しながらバヨネッタさんに尋ねる。確かに、岩山のダンジョンの周回をしている時、途中でレベル五十になったカッテナさんが金丹エリクサーを飲んだのは、夕方だった。


「そうね。ハルアキの時は変な事が起きるようなのよ。別に朝や夜に飲んでも上限解放出来るけれど、真昼に飲むのが一番効果が高いみたいなの。まあ、下手をしたら死ぬけど」


 死ぬって。そんな直接的に言わないでくださいよ。嫌過ぎる。


「じゃあ、俺はぐっすり眠るわ」


 そう言いながら俺の肩に手を置く武田さん。


「頑張れ」


 同情の視線を向けないでください。


「じゃあ俺は、今飲んでも良いんですか?」


 ダイザーロくんは元気だなあ。


「別に良いわよ」


 バヨネッタさんが軽口のように告げると、拳を握ってガッツポーズを取るダイザーロくん。


「ではお先に失礼します」


 え? ここで飲むの? 俺がダイザーロくんの大胆さに驚きを隠せず、一旦止めようとする間もなく、ダイザーロくんは『空間庫』から金丹を取り出すと、ゴックンと飲み込んだのであった。そしてダイザーロくんはそのままカクンと倒れてしまう。俺はそんなダイザーロくんが床にぶつからないように慌てて支える。脈はない。『有頂天』の時の神丹と同じく、仮死状態になったのだ。


「はあ……」


 カッテナさんの時は一時間程で目を覚ましたから、ダイザーロくんもそれくらいで目を覚ますだろうが、飲むなら自室のベッドで飲んで欲しかったのが本音だ。


「ダイザーロくんを部屋に送り届けますね」


 仮死状態となったダイザーロくんを背負う俺。疲れているって言うのに、余計な仕事を増やさないで欲しい。


「私が変わろう! 仮死状態中に何かあったら大変だからな! 見ている者は必要だろう! 私がダイザーロを部屋まで連れて行き、そのまま見守っておこう!」


 リットーさんがそう言って、俺の背中のダイザーロくんをひょいと肩に担いでくれた。ありがたい。俺はもう眠くて仕方なかったのだ。


「じゃあ俺は寝る。明日の朝まで起きないだろうから、そのつもりでいてくれ」


 武田さんよ、俺だって明日の朝までぐっすり眠りたいよ。でも絶対バヨネッタさんが許してくれないだろうなあ。はあ。



 ピピピピピピッ。


 目覚まし時計を止める。宿屋のベッドの効果で、HPMP全快なのだが、逆にベッドの心地良さに二度寝したい衝動が凄い。でもバヨネッタさんに怒られるのが嫌なので、のそのそと上半身を起こす。目覚まし時計を見れば、十一時を少し過ぎていた。


「ああ〜……」


 働かない脳みそで目覚まし時計を『空間庫』に収納すると、寝間着のTシャツ短パンからつなぎに着替える。着替える意味はあまりない気がするが、こう言うのは気分の問題なのだ。着替え終わったところで、着ていたTシャツ短パンに浄化の魔法を使う。洗濯代わりだ。ついでに自分にも浄化の魔法を使い、身体がスッキリしたところで、部屋を出て、一階へと降りていく。


「おはようございます……」


「もう昼よ」


 ああ……。バヨネッタさんに半眼で指摘された。


「こんにちは?」


「何で疑問形なのよ?」


 そう言われましても。身体がスッキリしていても、頭が働かないんですよ。


「他の皆さんは?」


 バヨネッタの座る卓では、バヨネッタさんの横にカッテナさんが座って二人で昼食を食べているだけで、他の皆の姿は見えない。


「さあ? 寝ているんじゃないかしら?」


 成程? 成程。それはそうだろう。岩山のダンジョンの周回に、レイド戦まであったのだ。武田さんだけでなく、皆疲れているだろうしね。カッテナさんはバヨネッタさん付きだからここにいるのだろう。


「明日の昼じゃあ駄目だったんですか?」


 疑問を口にするも、それに対して嘆息をこぼすバヨネッタさん。


「ハルアキは神丹の時も復活ギリギリだったのでしょう?」


「そうっすね。つまり今回もギリギリって事ですか?」


 俺の答えにバヨネッタさんが首肯する。


「私たちには目的があり、この町に延々といる訳にもいかないでしょう。だからこそ、ハルアキの上限解放は早期にしておきたかったのよ」


「まあ、そう言う事なら。それに従いますよ」


 バヨネッタさんが座っている卓の向かいに座る。すると骸骨のウエイトレスさんが注文を取りにやって来た。が、俺が注文するより早く、バヨネッタさんがウエイトレスさんを追い返してしまった。


「俺、腹ペコなんですけど?」


 俺の言葉に耳を貸さず、バヨネッタさんはカッテナさんと昼食を摂っている。まあ、パンとポタージュ、サラダと言う軽食程度だが。バヨネッタさんたちもさっき起きたばかりなのかも知れない。俺に昼食を食べさせないのは、上限解放に関係があるのかな?


 バヨネッタさんは昼食を食べ終わると、立ち上がり、俺に付いてくるように指示し、宿屋を後にした。ここで金丹を飲む訳じゃないのか。


 バヨネッタさんがやって来たのは噴水広場だった。ここは冒険者たちのリスポーン場所でもあり、また、同盟国からやって来る魔物たちの転移場所でもある。ちょっとした露店も立ち並び、昼だからか、アンデッド以外にも様々な魔物で溢れていた。


「見られていますね」


「でしょうね。人間が珍しいと言うのもあるし、昨夜の化神族に取り込まれた魔物とのレイド戦での立役者だからね」


 カッテナさんが、ですけどね。などと思っていると、腕時計を見ていたバヨネッタさんがカッテナさんに視線を送る。するとカッテナさんが一つ頷き声を張り上げた。


「さあさあ皆様、ご注目! 魔物の皆様に置かれましては、レベル五十になったところで、レベルが打ち止めにはなりませんよね? しかし何故か人間にはレベル五十でレベルが打ち止めになる仕組みが身体に組み込まれているのです!」


 どうやらそうらしい。しかしそれは魔王に与している魔物に限るようだ。体内に魔石を持つも、魔王に抵抗するアルーヴやドワヴのような亜人、ミカリー卿のようなハーフはレベル五十の上限があるのだ。理由については様々な憶測が飛び交っているが、これが正解。と言うものには至っていない。つい最近までは。


 どうやら人間にレベル五十の上限を与えたのは、カヌスの仕業であるらしい。町役場で働いていた頃に、ジオとちょっとした世間話をしていた時に教えてくれた。理由はジオも知らないようだが。


「しかし寛大なカヌス様は、人間にレベル五十以上になる機会をお与えくださいました! そして、ここにおられるハルアキ様はレベル五十に達し、今、その上限を解放しようとしておられるのです! 人間がレベル五十になる場面を見られるなんて、長命な魔物であってもそうそうお目にかかれません! さあ! お手隙の皆様は、これを好機と、どうぞご覧になっていかれてください!」


 …………うん。カッテナさんの口上で、噴水広場にいる魔物たちの視線が、完全に俺に向いたんだけど? 何これ? 意味あるの? とバヨネッタさんの方を見遣ると、肘で脇腹を突かれた。さっさと金丹を飲め。って事だろう。


 はいはい、分かりましたよ。俺は『空間庫』から金丹を取り出すと、衆人環視の下、金丹を嚥下したのだった。

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