第574話 春は曙

 その後俺たちはリザルト報酬のアイテム類や、岩山のダンジョンで手に入れた魔石や素材、アイテム類などを店で換金し、ガチャをしまくったのだった。


「外が明るくなってきたな。春は曙ってやつか」


 武田さんの言葉に、皆して店の床に座り込む。行儀が悪いが、こんな時間に客も来ないだろう。時刻は四時を過ぎていた。十連ガチャをしてはそのハズレアイテムをまた店に売り、そのお金でまたガチャをする。その繰り返しをしていたら、いつの間にか朝になっていたのだ。


 ガチャで排出されるアイテムは、目玉アイテム以外は基本ハズレなので、店で換金しても高額で売れる訳ではないのだが、今の俺たちには、それでもお金が必要だったので、売りまくったよ。


「で? 結局『闇命の欠片』はどれだけ手に入ったの?」


 換金で手に入ったお金は、ダイザーロくんに集約し、ガチャをしまくったのだが、一体どれくらい『闇命の欠片』を入手出来たのかは知らない。


「三十九個ですね」


「そう」


 これは、案外入手出来た。と考えるべきか、少ないと考えるべきか。困る数字だな。『闇命の欠片』十個で化神族一体だから、入手出来た化神族は、レイド戦のも合わせて、六体と言う事になる。九個余りって言うのが惜しいよなあ。誰か交換してくれる人(魔物)いないかなあ。


「すみません、この『闇命の欠片』って、取り扱っていませんか?」


 俺たちがガチャを回していた間、ずっと店番をしていた農場主に尋ねてみる。マンドラゴラに『闇命の欠片』を使用していたくらいだ。一つ二つ残っているかも知れない。


「申し訳ありません。私の手元には残っておりませんねえ」


 それはそうか。まあ、残っていたらラッキー。くらいで考えていたから、それ程残念でもないけど。それに『闇命の欠片』は化神族やガイツクールの強化に使えるから、この九個の『闇命の欠片』が無駄になる訳でもない。


「ですが、牧場を経営しているジジさんは、確か多目に獲得していたはずですよ」


「え!? 本当ですか!?」


 俺が食い気味に尋ねた為か、おろおろした態度になる農場主。


「た、多分ですよ? なかったからって、私を怒らないでくださいね?」


 農場主に「もちろん」と首肯で返し、俺たちは牧場へと向かったのだった。



「十億ヘルです」


「へ?」


 牧場の事務所で、牧場主に『闇命の欠片』を持っているかと尋ねたら、そんな答えが返ってきた。


「え〜と、それは化神族が一体で十億ヘルって事ですか?」


 俺の問いに首を横に振る牧場主。


「『闇命の欠片』一つで十億ヘルです」


「はあ!? ふざけているの!?」


 この牧場主の強気な態度にはバヨネッタさんもお冠だ。他の皆もこれはぼったくりだと牧場主を見る目が厳しい。


「あなたが持っていても意味のないものでしょう? それを十億ヘルなんて法外な値段で売り付けようなんて、何考えているのよ! そんなの誰も買わないわ! コレクションにでもするつもり?」


 バヨネッタさんの言葉はもっともだ。上手くすれば一回百万ヘルの期間限定ガチャで当たる『闇命の欠片』を、十億ヘルで売り付けようと言うのは、暗に、売る気がない。と言っているようなものだ。


「別に、払えない。と言うならこちらはそれで構いませんよ。私が持つ『闇命の欠片』を、買いたいと言う相手は既にいますから」


 マジかー? それっぽく言って、値段を釣り上げているだけじゃないのか? 俺の横で牧場主を睨み付けるバヨネッタさんだったが、恐らく『慧眼』で未来を幻視したのだろう。何かを言おうとして、その代わりに溜息をこぼした。


「本当に買う人がいるみたいですね」


「ええ」


 バヨネッタさんが肩を落とす。とは言え、十億ヘルで売る訳ではないだろう。相手側は交渉でそれよりも安い値段を提示し、そんな値段で売れるのなら、俺たちにはもっと高い値段で。と考えての十億ヘルなのだろうなあ。


「すみませんが、これから取り引き相手との商談がありますので、お引き取り願いますか?」


 しかも直ぐ様商談に持ち込むとは。多分俺たちが期間限定ガチャに躍起になっている間に、その商談相手は上手い事ここの牧場主に取り入ったんだろうなあ。


「はあ……。行くわよ」


 バヨネッタさんが粘るなりダダをこねるなりしないと言う事は、もう『慧眼』で商談相手が『闇命の欠片』を手にする未来は確定なのだろう。


 俺たちがとぼとぼと牧場の事務所から引き返していると、真っ赤な人型で腕が四本ある、奇抜な服を着た魔物がこちらへやって来る。あの見た目は忘れない。同盟国の一つ、アートの国から派遣された助役さんだ。


「やあ、ハルアキくん。朝っぱらからこんなところで会うなんて、奇遇だね」


「はあ、おはようございます」


 奇遇、ねえ。


「不躾な質問になりますが、もしや『闇命の欠片』をお求めに?」


 俺の質問に対して、笑った? 笑ったかな? この人、形状が奇抜過ぎて表情が読み取れないんだよなあ。


「私は皆さんのように、あまり運が良い方ではなくてねえ。こうして確実に手に入れる方法を取らせて頂いた次第だよ」


 そうですか。やっぱりこの人が牧場主の商談相手であるらしい。


「でも、『闇命の欠片』を一つだけ手に入れて、何をなさるんですか? それとも既に九つ『闇命の欠片』を手に入れておられるのでしょうか?」


「いや、ここも入れると四つかなあ」


 半端な数だ。そうなると余計に使い道が気になるな。


「ふふっ。使い道が気になるな。って顔をしているね?」


 おっと顔に出てしまっていたか。だがアートの国から来た助役さんは、なんでもないように答えてくれた。


「『闇命の欠片』って、他のものと同化させると、そのものを強化したり変形させられる性質を持っているんだよ」


「はあ」


 まあ、形状を変化させるシェイプシフターの種だからなあ。


「つまり、硬い鉱物を水のようにしたり、逆に液体や気体を固体にしたり、なんて事も出来るんだ」


 それがとても嬉しい事なのか、アートの国の助役さんは、その声を弾ませて語る。


「分かるかい? つまり『闇命の欠片』があれば、今まで生み出す事が出来なかった、新しいアートを生み出す事が可能になるんだよ!」


「…………はあ?」


「空を舞う海や、地を這う雲。固体、気体、液体で合成した不可思議な巨木。ああ! 想像しただけで、どれ程わくわくする事か!」


 う〜ん。良く分からんが、声のトーンから、恍惚としているのは感じ取れる。と言うか、アート作品を生み出す為だけに、『闇命の欠片』を入手しようって事なの? 皆が疑問視する中、バヨネッタさんは確信を持ってアートの国の助役さんを見ながら嘆息していた。どうやら眼前の魔物は本気らしい。


「行くわよ」


 これ以上は付き合っていられない。とばかりに、バヨネッタさんに促されて、俺たちはこの場を後にしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る