第49話 ゲル
山道をテヤンとジールが全力疾走している。何故なら、狼の集団に追われているからだ。
狼の数は五頭。茶と灰の毛皮に包まれた奴らは、鋭い牙を剥き出しにしてこちらへ迫ってきている。俺は全力疾走のテヤンとジールに振り落とされないように、馬車にしがみついていた。
ダァン! ダァン!
馬車の屋根から銃声が響く。バヨネッタさんだ。狼たちを察知した俺は直ぐ様バヨネッタさんに報告。その指示の下、現状に至っている。
ダァン! ダァン!
あと一頭。俺のいる御者台からはひさしがあって見られないが、バヨネッタさんが銃弾を外すとは考えられない。しかし苦境は続く。
「バヨネッタさん! 左右から狼の援軍! 挟み撃ちです! 数はともに五!」
「了解」
ダァン!
バヨネッタさんは俺が慌てて報告したにも拘らず、動じずにまず後方の残る一頭を仕留めた。
ダァンダァン!
そして仕掛けてくる左右の狼の群れに、早撃ちをかましていく。
戦闘はバヨネッタさんの圧勝で終わった。全ての狼は撃ち倒され、死骸は山野に放置された。
「あのまま放置で良かったんですかね?」
馬車内に戻ってきたバヨネッタさんに、小窓越しに尋ねる。
「良いのよ。放っておけば、他の魔物や野生動物たちが処理してくれるわ。なに? 毛皮でも欲しかったの?」
そんなつもりはなかったが。そう聞こえてしまったかも知れない。
「いえ、そういう訳では。ただ、こっちの流儀がわからなかっただけで。魔石とか回収しなくて良かったのかな? って」
「あれは野生動物よ。魔石なんてないわ」
え? マジで?
「それにしても、一日に二度も襲われるなんて、運がないですね」
とオルさん。そうなのか? ヌーサンス島では日々戦っていたから、数の多い少ないは分からない。今日は二度襲われた。一度目は鳥で二度目がさっきの狼だ。
「魔王の影響が出ているのかしら? でも鳥も狼も野生動物だし『狂乱』の影響は受けないはず」
「それ、俺がいるせいかも知れません」
「は?」と三人から声が上がった。横でテヤンとジールを操るアンリさんの顔は不思議そうだ。
「何でか分からないんですけど、俺はヌーサンス島、ベルム島にいた時から、良く魔物や野生動物に襲われていましたから。もしかしたら、そういうマイナスのギフト? 隠しステータスがあるのかも知れません」
アンリさん、ちょっと顔に出過ぎじゃないですかね?
「マイナスの隠しステータスねえ。聞いた事はないけど、可能性としてあるかも知れないわね。でもまあ、今は良いわ。日も傾いてきたし、今日はもう野営の準備をしましょう」
バヨネッタさんはあまり気にしていない様子で、俺たちに指示を下した。
山道を少し外れた山林に、広めのスペースを見つけたので、日が暮れる前にそこにテントを張ることになった。テントと言ってもお気楽キャンプで使う簡易テントではなく、モンゴル民族が生活に使うようなゲルである。
まずは見つけたスペースに俺が『聖結界』を張り、テヤンとジールを馬車と繋いでいるハーネスから外してやる。手綱を手近な木に括り付けると、バケツに魔法で水を入れて与える。
その間にバヨネッタさんがスペースの凸凹している地面を魔法で
まず斜め格子の壁板を建てていく。これは蛇腹状に折り畳める仕様で、マジックハンドみたいに伸縮するのだ。これを六枚、伸ばして円形に取り囲み、扉を付ければ完成だ。壁材一枚で一人分のスペースらしいので、四人で使うにはちょっと大きめだ。
次に円形の中央に二本の柱を建てる。その上には丸い天窓が取り付けられていて、そこに屋根棒と言う梁を天窓と壁材の間を渡すように取り付けていく。
「って言うか、バヨネッタさんも見てないで手伝ってくださいよ」
「嫌よ。私は建材を提供したでしょ」
わがまま魔女め。しかしもたもたしていたら日が暮れてしまう。どうしたものか? と俺が思案していたら、オルさんが思わぬ提案をしてくれた。
「アニンくんは確か様々なものに変化出来るんだよね?」
「? はい」
「なら、腕なんかには変化出来ないのかな?」
腕に? そんなの考えた事もなかった。アニン、そんな事出来るの?
『うむ。出来るぞ』
出来るんかい! ならもっと早くに教えて貰いたかったよ。
『ただし魔力はかなり消費するがな』
成程、それで今まで教えてくれなかったのね。なんか事情も知らずに罵ってごめん。
だがまあ、今なら俺の『聖結界』がなくなったところで、バヨネッタさんの結界があるから大丈夫だろ。アニン、腕になってくれ。
『分かった』
俺の願いに応えるように、アニンが一対の黒い腕に変化する。俺の肩から生える一対の腕に柱を支えて貰っているうちに、俺とオルさん、アンリさんで屋根棒をどんどん取り付けていった。これでゲルの骨組みは完成。
この骨組みの上に、まず幾何学模様の入ったシーツを覆い被せる。これがゲルに入った時に、壁や天井の柄になるのだ。次に断熱材でゲルを覆っていく。素材は分厚いフェルト地でとても暖かい。その上から更に木綿のカバーを被せ、それらを壁をぐるりと回す長いベルトで縛る。
「ふええ、出来た」
何とか日暮れ前にゲルが完成させられた。
「まだ終わりじゃないわよ」
え? バヨネッタさんの言葉にどっと疲れを感じる。まだあるのか? 俺は何をすれば良いのか? と様子を窺っていると、天窓部分を覆うカバーを取り付けたり、ゲルの中央、柱部分にキッチンストーブを設置していったり、地面に絨毯を敷いていったり、やる事は結構あった。最後に簡易ベッドや椅子、テーブルを設置して、やっと完成である。
「ああ、疲れた〜」
俺はゲル内で自ら組み立てた椅子に、どっかりと身体を預ける。意外とゲル内は広く、天窓が吹き抜けているのもあってリラックス出来た。
「お疲れ様」
そう言って、アンリさんがキッチンストーブで作ったお茶を差し出してくれた。何のお茶か知らないが、苦くて身体に染み入る味だった。
その日の夕飯は昼間襲ってきた鳥の串焼きに豆の煮物、副菜として酢漬けの野菜、デザートとしてビヨが供された。疲れてはいたが腹ペコだったのでガツガツ食べれました。
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