第50話 真夜中
パチリと目が覚めた。暗い室内だ。一瞬自分がどこにいるか分からず、左を見るとオルさんが、右を見るとアンリさんとバヨネッタさんが眠っている。ああそうか、ここはゲルの中なんだ。
寝ている三人を起こさないように起きると、『空間庫』からペットボトルの水を取り出し、半分飲み下した。
冷たい水で胃と脳が冴える。さて、どうして俺はこんな夜更けに目を覚ましたのか。それより俺はいつ眠ったんだ? 夕食を摂ったところまでは覚えているのだが。
『食べ終わったらすぐに眠っていたぞ』
とアニンに指摘された。マジか?
『馬車旅で余程疲れていたのだろう。椅子に座ったままグーグーな』
恥ずかしい。確かに馬車旅には疲れた。やはり荒れ道を馬車で進むのは大変だ。常時振動がくるのだ。止まってもまだちょっと揺れている気がした。俺が乗り物に酔い易かったらとんでもない事になっていただろう。
慣れないゲル作りに四苦八苦もした。アニンを腕に変化させて手伝わせたので、魔力の消費量が多かったのもあるかも知れない。常時『聖結界』を張っていたのも理由の一つだろう。疲れていた理由には事欠かないな。
では何故こんな時間に目を覚ましたのだろう?
『『聖結界』に何者かがちょっかい出しているんじゃないのか?』
成程、アニンの言う事には一理あるな。『聖結界』の調子を見に行きたいけど、一人だとちょっと怖いな。
となると、と俺はバヨネッタさんを見遣る。ぐっすり眠っているな。眠り位置として俺とオルさん。中央の二本の柱を挟んでバヨネッタさんとアンリさんが眠っている。
何と言うか、夜中に女性を起こすと言うのは、とても犯罪臭がするな。俺には出来そうにない。
オルさんを振り返る。ぐっすり寝ている。寝顔が幸せそうで起こすのが忍びない。
仕方ない、俺一人で行くか。
『我もおるぞ』
アニンと二人で行くか。
バヨネッタさんが整地したスペースに、俺の『聖結界』が張られている。ヘッドライトで視界を確保し、『聖結界』が張られている境界までやって来た俺は、結界に触れるが、特にその場に異常は見られない。そこから俺は反時計回りに結界に異常がないか調べていく。
右手を結界に触れさせたまま、つらつらと歩いていると、馬車とラバのテヤンとジールが見えてきた。テヤンとジールは起きていた。
「水がなくなっているな」
俺が水のなくなったバケツに水を張っても、二頭は飲もうとしなかった。何だろうか? 少しそわそわしている気がする。良く見れば結界の外を気にしている?
つられて俺も外を見ると、目が合った。ウサギのようだ。角のある小さなウサギの赤い眼が、バッチリ俺と視線が合ったのだ。
次の瞬間、バンッと結界に体当たりしてくるウサギ。一匹かと思ったらとんでもない。十匹はいるウサギがどんどん結界に突進してくる。
それにビビる俺とテヤンとジール。がウサギたちは俺の『聖結界』に阻まれてこちら側へはやってこれないようだ。
俺はホッとすると、ビビって騒ぎ出すテヤンとジールをなだめる。
「大丈夫! 大丈夫だから!」
俺のなだめ方は拙いものだったが、しばらくなだめていると、テヤンとジールは自分たちがウサギに襲われていない事に気が付いた。
「良かった。大人しくなった」
『うむ。今のうちにウサギを退治してしまおう』
「そうだな」
アニンの進言を受け、俺はアニンを剣に変化させると、結界の中から、ウサギに向けて剣を突き刺していく。頭狙いだ。結界が張られ、こっちの攻撃は通るが向こうは防がれる状態だ。楽勝である。
ザスザスと十匹のウサギを仕留めると、それらを結界の中に入れる。このまま放っておいて、血の匂いに誘われて他の獣に来られても厄介だからだ。
俺は十匹のウサギの首にナイフを刺し込み、動脈を切断し、血を流させるように首を下にして木に吊るす。ウサギはそれ程大きくないが食えるだろう。
さて結界の他の場所もこんなふうになっているかも知れない。と俺はまた結界に右手を当てて進み始めた。テヤンとジールは既に水を飲み始めていた。
テヤンとジールの元まで戻ってくる間に、やはり敵襲を受けていた。ウサギとネズミだ。
ウサギは食べられるが、ネズミはどうなのだろう? ドブネズミじゃないから感染症はないだろう。ネズミはウサギよりも二回りは大きい。カピバラみたいだ。食べられるならそれなりの肉量になりそうだ。
とりあえず首からナイフを突き刺し動脈を切ると、ウサギ同様に木から吊るしておいた。
初めに発見したウサギは、既に血抜きが終わっていた。なので腹を割いて内臓を取り出す。
物の本に書いてあった知識だが、獣の内臓と言うのは内臓袋と言われる薄い膜に覆われているらしい。つまりそれを破らなければ、内臓を丸々取り出せるのだ。
まずはランタンで辺りを明るくし、毛皮が付いたままのウサギを、魔法で作った浄化熱湯に浸す。野生動物にはダニやノミ、シラミなど寄生虫がいるかも知れないからだ。これらに刺されると、結構痛い上に跡が残る。最悪は病原菌を媒介し、死に至るらしいので、注意が必要との事。殺菌は大事と言う事だ。
『空間庫』からテーブルを出し、その上にウサギを置くと、首を落として、食道から肛門近くまで皮を切り裂く。この時内臓袋を破らないようにする。まあ、この段階で内臓袋を破いても、胃や腸を傷付けていなければセーフだ。
腹を開くと胸骨、肋骨が心臓や肺を守っているのでそれも切る。ウサギくらいならばナイフで大丈夫だった。この時にも内臓を傷付けないように注意が必要だ。そうして内臓が露わになったところで、肛門の周りを切り、肛門から内容物が出てこないように糸で結ぶ。同じように胃から内容物が出てこないように食道を糸で結ぶ。
それから内臓と筋肉とをナイフで削ぎ剥がし、内臓を取り出す。あとはもう一回毛皮付きのウサギ肉を浄化水で洗う。内臓は食べられない消化管(食道、胃、腸)を外して……、外してどうしよう? 焼却処分? なんか凄え臭いがしそうだよなあ。
『埋めれば良いんじゃないか?』
とアニンのアドバイスに従い、アニンにスコップになって貰って、その場に穴を掘り消化管を捨てる。
「このウサギ、小さいけど魔物なだけあって、角が付いてんだよなあ。頭、残しておいた方が良いのかな?」
『どうかな? ゼイランたちは魔石は回収していたが』
そうなのか。じゃあいらないのかなあ? でも捨てるのもなあ。ここら辺は『空間庫』に放り込んでおいて、後で尋ねよう。
さて大量のウサギの後は、ネズミである。ヌートリアやカピバラのような姿をしているが、歯は鋭いし、毛もチクチクと硬い。こちらも、浄化熱湯で殺菌してから、テーブルに置く。デカいがやる事は一緒だ。
と思っていたが、いきなり壁にぶち当たった。まず首がナイフで切れなかったのだ。いやレベル二十を超える俺なら、力任せにやれば切断出来るだろうが、ナイフが欠ける。なのでアニンにナイフになって貰って首を切断した。
腹を割いて、胸骨を切断しようとするがやはり俺のナイフでは無理。アニンにナイフになって貰って、胸骨を切断して内臓を取り出す。
消化管と他の内臓を分けていて思ったのだが、こいつ魔石がない。魚みたいに頭にあるのだろうか? と頭を割ってみたが、頭にもなかった。どうやらネズミは野生動物だったようだ。ネズミの方がウサギよりも強そうなのに。
全部解体していたら、空が薄ぼんやりと明るくなってきた。もう一眠りしようと俺がゲルの扉に近付くと、中から三人が出てきた。
「あら、早起きね。感心感心」
とバヨネッタさんに言われてしまう。今からもう一眠りしたいんですけど。とは言えない雰囲気だ。
「いやあ、結界の周りが騒がしかったので、見回りしてました」
「そう。何かいたの?」
ニヤニヤと笑うバヨネッタさんが尋ねてくる。
「ウサギとネズミですね。そこまで大物とは遭遇しませんでした」
「それなら一安心ね」
まだニヤニヤ顔のバヨネッタさん。なんだろう?
「ハルアキ」
「はい」
「ネズミの頭は処分して良いけど、ウサギの角は売れるわ。解熱薬になるのよ」
へえ、そうなのか。ん? 何でバヨネッタさん、俺がウサギの頭の処分に困ってたの知ってるんだ? 俺がそれを尋ねようとしたところで、
「さあ、朝食にしましょう。ハルアキ、ウサギを供出しなさい」
とバヨネッタさんはゲルの中に戻って行ってしまった。
残された俺は、『空間庫』から毛皮付きのウサギ肉をアンリさんに渡す。
「すみません、毛皮付きで。一応浄化熱湯でキレイにはしてありますから」
「あら、そこまでしてくれたの? 大丈夫よ。皮はすぐ剥げるから」
そう言ってゲルに戻ったアンリさんはキッチンストーブで手早く調理していく。ズルリとまさか手で皮を剥いたアンリさんは、ウサギを部位ごとに切断していった。あっという間にウサギ肉は鍋に入れられ、ウサギ肉のスープへと早変わりしたのだった。味は脂身がなくあっさりしていたので、結構量が食べられた。
「あら、美味しいわね。ハルアキ、捌くの上手いじゃない」
「確かに。獣臭さみたいなものがないね」
「美味しいです」
三人からの評判は上々だった。
「これから肉を捌くのは、ハルアキに任せて良いわね」
「賛成です」
とバヨネッタさんの提案に首肯するオルさんとアンリさん。
え? マジで?
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