第48話 早朝
土曜日。まだ日も昇らない薄暗い朝。朝食に食パン、ベーコンエッグ、野菜ジュースを食した後に、俺はジーンズにロングTシャツ、パーカーに着替え、玄関から外に出ようと玄関扉のドアノブに手を掛けた。
「早いわね? こんな時間からどこ行くの?」
母に背中越しに声を掛けられた。計算通りである。朝からガサゴソやっていれば、母が起きてくると思っていた。
「タカシの家。今日向こうに泊まるから」
いきなり書き置きだけ残して、異世界で一泊してくるのは、学生にはハードルが高い。こうやっていちいち裏工作しないといけないのは面倒臭いが大事な事だ。
「またゲーム?」
母が溜息を漏らす。
「いいだろ別に」
「でも、こうゲームばかりやられてもねえ。それも泊まり込みで。今度付け届けでもお渡しした方がいいかしら?」
「余計な事しなくていいからッ。大丈夫だよ、タカシん家に迷惑かけてないから」
母親とは、何故こうも心配性なのだろう。これでタカシん家に連絡が行って、俺がタカシん家に行っていない事がバレたら、色々問題が大きくなる。どうしたもんか。
「はあ。…………じゃあ、今日は朝早いからあれだけど、次の休みの日には菓子折り持ってタカシん家行くよ」
「そう? それなら良いんだけど。その時は言いなさい。私もお金出すから」
「いいよ、金ならまだあるし」
事故の賠償金ならまだ残っている。だがこれまでの異世界の冒険でかなり使ってしまった。今後の事を考えると、何かお金を稼ぐ方法を考えないといけないな。
「とにかく、余計な事しなくていいから。じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
俺は母に「行ってきます」を告げて外に出た。
当然その後はタカシの家に向かう事はなく、俺はいつもの公園の公衆便所の裏から、異世界へ向かったのだった。
「はあ」
「どうしたんだい? 溜息なんて吐いて?」
泊まっている宿に着いた俺が、開口一番溜息なんてしたもんだから、オルさんにちょっと驚かれてしまった。
「いえ別に何でもありません。さ、今日から馬車の旅ですよね。元気にいきましょう」
オルさんに余計な気遣いをさせない為、俺は元気に振る舞う。
「そうだね。まあ、向こうで何かあるようなら相談に乗るからね?」
うん。何か色々バレバレな気がするが、そこは気にしないでいこう。
俺が部屋でいつものつなぎに着替えて駐車場に行くと、既にバヨネッタさんにオルさん、アンリさんがおり、アンリさんが馬車とラバのテヤンとジールをハーネスで繋いでいるところだった。
「遅いわよ! 日の出とともに出発するって言ったでしょう?」
「すみません」
はあ。親には呼び止められるし、バヨネッタさんには怒られるし、折角の出発日だって言うのに、朝から運が悪い。まあ、親に呼び止めさせたのは俺だけどね。
「なにボーッと突っ立っているの? アンリを手伝いなさい!」
とアンリさんが
「アンリさん、手伝います!」
「そうですか? では二頭を押さえていてください」
俺が指示に従いテヤンとジールを押さえている間に、アンリさんが手早くハーネスを取り付けていく。
「準備は出来たわね。では出発しましょう」
そう言って馬車に乗り込むバヨネッタさんとオルさんに続いて、俺も馬車に乗り込もうとしたら、
「何しているの?」
とバヨネッタさんに凄い目付きで睨まれた。
「へ? いや、馬車に乗り込もうと……」
「ハルアキは向こう。アンリの横よ」
アンリさんの横って事は、御者台って事? オルさんの方を見るが、首肯されてしまった。合っているらしい。
う〜む。まさか馬車の中に乗れず、御者台で馬車旅をする事になるとは思わなかった。まあ、これも良い経験か。
俺は前に回ると、アンリさんにお辞儀をして横に座った。といきなり馬車から御者台に声を掛けられた。
「ハルアキ」
驚いて振り返ると、バヨネッタさんの顔がある。馬車に小窓が付いていて、それが開けられ、御者に声が掛けられる仕様になっていたようだ。
「なんですか?」
俺は驚いた事を隠すように努めて冷静に対応する。
「『聖結界』を張っておきなさい」
「え? 今からですか?」
「何言っているの。敵と遭遇してしまってからじゃ遅いでしょ?」
それもそうか。
「でもあれ、疲れるんですけど」
船旅の時に船室で使ったが、ガンガン魔力を消費するのだ。
「それは攻撃を受けたからよ。普通に結界を張っている分には、魔力の消費なんてほとんどないわ」
そうなのか。なら、
「『聖結界』」
俺は馬車の周りに透明な聖結界の膜を張る。
「これで良いですか?」
「ええ。あと、この道中の索敵はあなたの担当だからね。気を抜かず、周囲に気を配っていなさい」
うへえ、何か大変だなあ。まあでも、「戦闘はあなたの担当よ」って言われて、魔物や山賊と戦わされるよりはマシか。そこら辺気を使われたのかも知れないな。
「アンリ」
「分かりました。出発します」
そう言ってアンリさんが手綱を振るうと、テヤンとジールの二頭が動き出す。パカパカと前進を始め、ハーネスで繋がった馬車も一拍遅れて動き出す。
馬車は揺れるとラノベやマンガで描かれていたが、ほとんど揺れない。サスペンションなり、ショックアブソーバーなり付いているのだろうか? それともまだ町中だからそんなに揺れを感じないのかも知れない。
「南、ですよね?」
俺は小窓越しに尋ねる。
「そうだよ。西に行くには北回りの方が近いんだけどね。向こうはきな臭いと言う情報が入ってね。少し遠回りだけど、南回りのルートで行く事にしたんだよ」
とオルさん。北はきな臭いのか。なんだろう、強い魔物が出たとか? それとも人間同士のいざこざだろうか? 強い魔物ならバヨネッタさんがいるしな。後者かな。でもまあ、オルさんが言う通り、わざわざ危険と分かっているところに飛び込む必要はない訳で。南回り大賛成である。
ガタン。
「うおっ、と」
車輪が小石にでも乗り上げたかな? やっぱりちょっとの事でも揺れるな。これから道は舗装されたものじゃあなくなる訳だし、それなりの揺れは覚悟しておかないと。まあそれはオフロード車で荒れ地を走っても同じか。見れば御者台のひさしには取っ手が付いている。これに掴まって振動に耐えろって事かな? 楽しい馬車旅になりそうだ。
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