第295話 山頂の扉

「ここが次階へ続く扉ですか」


 第三階層を囲う山嶺の一つ。その山頂は霞に覆われ、夜闇も合わさり、一寸先も見えない状態だった。そんな中を武田さんを先頭に進むと、頂上にポツンと、ゴシックな扉が立っていた。


 夜霞よがすみに覆われた山の頂上に、扉だけが一つあると言うのは、何ともシュールな情景だ。


「これ、どうなっているんですか? いてッ!?」


 扉の裏側に回ろうとして、俺は何かにぶつかった。なんだろう? と目を凝らしてもそこには何もない。手を伸ばすと、何もない空間が、まるで壁になっているかのように手が止まる。


「ここはこの階層の端なんだよ。そこから先はスクリーンだ」


 と武田さんが教えてくれた。


「スクリーン!? 嘘でしょ!? 俺の共感覚でもこの先に空間が続いているって認識しているんですけど?」


「言ったでしょう? この塔は人外によって造られているって。人間の感覚くらい簡単に狂わせられるわよ」


 驚く俺を、バヨネッタさんが落ち着くように説明してくれた。それにしても驚きだ。スクリーンの壁を両手で何度も触るが、触覚以外の感覚が、そこには何もない。と信号を送ってくるので、なんだか立っているだけで酔ってくる。


「そんな事よりも、先を急ぐのでしょう?」


 言ってバヨネッタさんは扉のドアノブをひねって、無造作に扉を開けた。瞬間、突風が扉の先から吹き込んできた。


「大丈夫ですか? バヨネッタさん?」


「…………ええ」


 大丈夫だけど不快ではありそうだ。俺はバヨネッタさんに代わって扉のドアノブを持ち、扉の外を見遣る。そこは外だった。扉の外と言うか、塔の外だった。風がびゅうびゅうと吹き荒び、見上げれば星空、見下ろせばアンゲルスタの街が見える。扉の外には人一人が通れる程度の、非常階段のような階段が備え付けられており、ここを上れ。と言う事なのは一目瞭然だった。


「ここにきて外階段かよ。これなら初めからこの階段まで、外を飛んで来れば良かったですね」


「どうかしら? 外からこの塔を見た時には、外階段なんて見受けられなかったけれど」


 とバヨネッタさん。どうだっただろう? 俺は夜になっていた事もあって、そこまで細かく見ていなかったな。


 ともかく、ここで立ち止まっていても仕方ないので、俺は先に進むべく外階段を上り始めた。


 突風吹き荒ぶ外階段。少し身を乗り出して下を見るだけで、身が縮み込むような高さで、手すりに掴まっていないと落ち着かない。


「なんで皆来ないんですか?」


 俺が振り返ると、皆扉を出た踊り場で足を止めていた。ちなみにゼストルスは扉を潜る事も出来なかったので、リットーさんの『空間庫』の中に入っている。


「あなたこそ、なんで律儀に階段を上っているの?」


 言ってラズゥさんは自身の『空間庫』から、先程ゼラン仙者から下賜された飛行雲を取り出した。


 あっ、そうか。別に空飛んで行けば良いのか。見上げればこの外階段はかなり長そうだ。これを歩いて上っていくのはそれなりに時間を要する。と俺はアニンの翼を背中に生やし、武田さん以外は飛竜を出したり飛行雲を出したり、トゥインクルステッキを出したりと、飛行の準備を始めた次の瞬間だった。


 フッと足場となる外階段が消えたのだ。嘘だろ!? と直ぐ様背中の翼をはばたかせるが、浮かない!? 俺はそのまま地上に向かって落下していた。


 パニックになりそうなところを、息を思いっ切り吐き出してなんとか冷静を取り戻すと、他の面子がどうなったかを確認する為、地面に対してうつ伏せになる。


 周りも同様の状態だった。バヨネッタさんはトゥインクルステッキを抱えているだけで飛べておらず、飛行雲の面々も同様。ゼストルスに掴まるリットーさんも、ゼストルスごと落下していた。


「これは……! 魔法が使えないのか!」


『違う! 飛行系が禁止されているのだ!』


 俺の間違いをアニンが素早く訂正してくれた。確かに、俺の背中にはまだアニンの翼が出ている。魔法が使えないのなら、これさえ出なくなっているはずだ。それなら!


 俺は翼を引っ込めると、右手を鉤爪に変化させて塔に引っ掛けて落下の勢いを削ぐと、左手を網に変えて落下する皆を絡め取る。


 そうしてなんとか踏ん張ろうとするものの、流石にそれで落下を停止させるには及ばす、勢いを殺して、落下を緩やかにするのが精一杯だった。


 ズルズルズルと落下してきた俺たちは、あっという間に地上一階、門の手前まで落ちてきてしまった。


「はあ…………。なんとか生き残れましたね」


 俺の言葉に、しかし誰も反応してくれない。皆が皆空を、自分が落ちてきたところを見上げて、歯噛みしている。してやられたのが余程腹に据えかねているらしい。


 そんな俺たちなど邪魔でしかないかのように、一階では国連治安維持軍が忙しなくラズゥさんが眠らせたアンゲルスタ人たちを、塔から運び出していた。


「さっさと行くわよ!」


 俺がそんな治安維持軍の姿に感心して見入っていたら、既に他の面子は塔内に再進入しており、バヨネッタさんに呼ばれて俺もアニンの翼を広げて塔内に再進入を果たす。



「もう! 何なのよ!」


「腹立つ!!」


「こう言うやり直し系が一番ムカつくんだよ!」


「立看板でも立てておけよな!」


 塔内では皆無言だったと言うのに、第三階層から外階段に出るなり、皆の不満が爆発した。まあ、確かに、こう言う狡い罠って、分かっていれば回避が簡単だからねえ。ハメられた感があってハマった方は気分が良くないよな。


『恐らくこのカロエルの塔の周囲では、飛行系は魔法や物理関係なく、飛べない仕様なのだろう』


 成程。俺たち仕様の罠だった訳じゃないのか。きっとマスコミのヘリなんかへの対策も兼ねて、塔周辺は飛行禁止区域になっているんだろうなあ。


「長いわね!」


「ここに来て体力削らされる身にもなりなさいよ!」


「ドミニク許すまじ!」


 それを理解しているのかいないのか。皆の恨みつらみは根深そうだ。



 ドゴンッ!!


 長い長い、恐らく二階層分くらい上ったところに外階段の終着点はあった。流石に最上階まで続いていないか。次階の扉を蹴り開けるサブさん。その後を皆でゾロゾロ入っていくが、部屋は電灯が消されて暗くなっていた。


 電灯の操作盤を探して、俺が壁に手を這わせている間に、パチンとバヨネッタさんが指を鳴らして光球を生み出し光源とした。そのすぐ後に俺も操作盤をタッチして部屋の電灯を点ける。


 振り返ると、皆が顔をしかめていた。何事だろうと周囲を探れば、すぐに答えにぶち当たる。ガラス窓で区切られたいくつもある部屋の中で、何人何十人と言う人々が吊るされていたからだ。

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