第296話 間抜け
窓ガラスの向こうでは、人々が貫頭衣を着させられて、手首に金属製の手枷を嵌められ、ワイヤーで吊られていた。皆痩せ細っており、頭には孫悟空のような輪っかが嵌められている。
バシュッ!
俺がショッキングな光景に動けなくなっていた横で、シンヤが霊王剣を振るって窓ガラスごとワイヤーを切断した。
「大丈夫ですか?」
直ぐ様勇者パーティが割れた窓ガラスを乗り越えて、吊らされていた人々の元に駆け付ける。
「『搾取』の為に捕らえられていた人々ですかね?」
「でしょうね」
バヨネッタさんに近付き、同意を求めるように囁くと、顔をしかめたバヨネッタさんから、喉を絞るような声で返事をされた。
「どうですか?」
シンヤが手枷を壊しまくっていくのを横目に、真っ先に拘束されていた人々に近付き、呪符で治癒術を始めたラズゥさんに尋ねる。
「当然だけど、酷く衰弱しているわ。最低限体力を回復させる事は出来るけれど、この人たちにまず必要なのは、水と食料ね」
成程。確かに貫頭衣から覗く腕や足はほとんど骨と皮しかなく、肌はガサガサで、唇も割れて目も窪んでいるし頬もこけている。良くこれで生きていられたものだ。
とりあえず俺はペットボトルの水を『空間庫』から取り出し、身近で横になっている女性の口に触れるように差し出した。
「あ、ああ……」
やっと声が出せた程度の体調の女性に、ゆっくりとペットボトルの水を飲ませる。
「ああ……」
喉が潤い人心地ついた女性は、
「に、……逃げて……」
女性の声がやっと聞き取れたと思った次の瞬間、
ギュルンッ
と彼女の首が360度回った。
「うわあああッ!?」
いきなりの事態に声を上げた俺の前に、バヨネッタさんが現れたかと思ったら、首の回った女性の口に、ハイポーションの瓶を突っ込んだ。すると、今度は女性の首が逆回転して元の位置に戻る。
「気を抜くんじゃないわよ! ここは敵地。何が起こるか分からないのよ」
いや、例え敵地だとしても、首が360度回ったら、ビビりますよ! まだ心臓がドキドキしているし!
「なんだ、ポーションも持っていたのか。ふ〜ん。敵地に来るのだから、それくらいの用意はしているか」
階層の奥から、声が
「あなたが『搾取』の使い手ね?」
バヨネッタさんの誰何に、男は不気味な程に口角を釣り上げで返答する。
「ああ、そうだよ。ボクがそいつらの飼い主さ」
発言の異常さと濁った声に、背筋がぞわりと粟立つ。
「飼い主ですって?」
「ああ、そうさ。ボクが『お前らを殺せ』と命令すれば、そいつらはただちにお前らを殺しにかかるだろう」
その発言はまるで信用ならないものだったが、どこか絶対的な信頼感に裏打ちされたものを感じさせた。
「それは、『搾取』からの恐怖で、彼らを操っているのかな?」
男の前に立ちはだかったのは、リットーさんだ。その後ろ姿には、何人からも人々を守護する騎士としての信頼感が感じられた。だがしかし、俺の感覚はまだ警鐘を鳴らしていた。
「だったら何だ? お前なら止められるのか?」
「やってみるが良い」
互いに挑発し合い、痩身猫背の男が真顔に変わる。
「なら止めてみろ!」
男が指を鳴らすと、一斉に貫頭衣の人々が苦しみ始め、次にリットーさんが指を鳴らせば、その苦しみは直ぐ様雲散霧消した。
「ふ〜ん。対抗するスキルを持ち合わせているみたいだな」
リットーさんのスキルは『回旋』だ。あらゆるものを旋回させるそのスキルで、男の『搾取』の回転に対して、逆回転の旋回をぶつけて相殺したのだろう。
「さて、これで貴様の目論見は潰された訳だ。即刻退場して貰おう」
リットーさんが一歩一歩男に近付いていくが、痩身猫背の男に、まるで怯んだ様子は見受けられなかった。それどころか益々その口角を釣り上げるのだ。
「何だ?」
リットーさんの歩みを妨げるように、貫頭衣の人々がリットーさんに抱き着いた。いや、リットーさんだけじゃない.彼らは俺たちにまで抱き着き、俺たちの身柄を拘束しようとしていた。
「おっと、振り解こうなんて考えない方が良い。そいつらが無惨な死を迎える事になるからな」
俺たちが動こうとしたところで、男は懐から何かのスイッチを取り出した。指はボタンに掛けられており、俺たちが少しでも動けば、スイッチは押されるだろう。
「それが本命の切り札か」
リットーさんの声が低く男に突き刺さるが、男は気にした様子も見せなかった。
「ああ。こいつは爆破スイッチだ。これを押せば、そいつらの頭に嵌められている輪っかに仕込まれた爆薬が、ボンッと爆発するって寸法だ。引き剥がそうとか、壊そうなんて思うなよ。いずれの方法でも爆発するからな」
確かにこの輪っかは気になっていたが、逃亡防止の為の爆破装置だったのか。悪役の定番みたいな事をする奴だな。
「動くなよ。今お前らにも印を刻んで、輪っかを取り付けてやる。そうすれば、ボクの新しいペットの完成だ」
言って近付いてくる痩身猫背の男。一瞬、印とは何か? と思ったが、貫頭衣の人々の首筋や胸元に同様の印が刻まれているのが分かった。多分だが、奴の『搾取』は印を刻んだ相手にしか発動しないのかも知れない。そうじゃなければ、もっと早くに直接俺たちに『搾取』を使用していたはずだ。
まあ、何であれ今はそんな事どうでも良い話だ。戦闘に慣れていない研究者なんて、どうとでも出来る。皆も恐らく無力化出来るだろうが、ここは俺が動いた方が良いかな。
「なあ、あんた」
俺に話し掛けられて、男はその歩みを止め、忌々しげに俺を睨んできた。
「そんなに睨むなよ。なあ、あんた、スイッチがどうとか言っていたけど、そんなのどこにあるんだい?」
「何だと!?」
驚いた男が己の右手を見遣れば、そこにあるはずのスイッチはなく、手をグーパーさせても、スイッチは影も形も見られなかった。
「馬鹿な!?」
驚愕して己の周囲を見渡す男。そうなるのも当然だ。なにせ俺が『時間操作』タイプAで周囲の時間を遅くして、その隙にアニンを使って奴の手からスイッチを奪ったのだから。
「さて、これで俺たちは自由だな」
俺があえて口角を上げて尋ねると、男は一度唇を噛み締めてから、すぐにその口角を上げてみせた。
「ふ〜ん。ボクが予備を持ち合わせていないとでも思っていたのかな?」
と痩身猫背の男は懐から予備のスイッチを取り出そうとするが、それはこちらも折り込み済みだ。俺は直ぐ様『時間操作』タイプAを使って、男の手からスイッチを奪い取った。
「ヘ? あれ?」
あっという間に手から消えたスイッチに、馬鹿みたいな声をこぼす男。まあ、本来非戦闘員であろう男と戦えば、こうなるのは必定だろうな。
「Holy shit!!」
汚い言葉を吐いた男が、踵を返してこの場から逃げ出そうとするのを、俺がアニンを伸長させて捕らえるより早く、リットーさんが『回旋』によって足首を捻じ曲げて動けなくさせる。リットーさんにしては酷いやり方をする。余程奴のやり口が腹に据えかねていたのだろう。
さて、まずは貫頭衣の人々の輪っかの外し方から聞き出さなければ。
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