第26話 うま味

「来てくれないかと思っていたよ」


「いえ、折角のご招待ですから」


 席を立って俺を迎えてくれた桂木翔真に促されて、桂木の真向かいの席に座る。


 俺はアウトドアグッズ専門店での邂逅の後、桂木翔真に夕食に誘われて、帰宅後、改めて高級そうな創作料理店にやって来た。ドレスコードなんて分からないから学校の制服だ。


 個室に通され、待っていた桂木翔真はビシッしたスーツを着こなしていて、高一の俺からすると、大人だなあと感心してしまう。この大人とこれから化かし合いをする事になるのだが。


「食事はコースで良いかな?」


「はあ」


 まあ、創作料理なんて何が出てくるのか想像もつかないし。俺はテーブルの上のクロスを膝に敷きながら生返事をした。


「それで? まさか桂木翔真……さん、自ら、俺のスカウトですか?」


 俺はとりあえず核心を突いて主導権を握ろうとしてみた。


「ああ、そうだよ。だって君、私と同じ異世界転移能力者だろう?」


 そっちもそう来るのか? 俺を桂木翔真と目を合わせ、互いにニコッと笑ってみせる。


「何故、そう思うんですか?」


「簡単な推測だよ。お友達の前田くんは、君の家に行ってあの大怪我を完治させて出てきた。だが君は自分は回復術師ではないと言った。ではどうやって彼の身体を回復させたのか?」


 そこで口を滑らかにする為、出された赤ワインを一口含む桂木。


「彼、前田隆くんはレベルアップによる完全回復によって完治した。私はそう結論付けただけだよ」


 まあ、そう結論付けたくなるのも分かるかな。


「そうでしょうか?」


「違う、と?」


 自分の推測を否定され、桂木の眉がピクリと動く。


「俺には二つ、それを否定する意見が言えます」


「ほう? 聞かせてもらおう」


「第一の意見は、俺が物を生み出す、『創造』の能力だった場合」


「『創造』ね」


 桂木の反芻に頷く俺。


「例えば俺が、その能力によって怪我の回復薬を創造したとしたら? 例えばRPGなどで有名なポーションを創り出せたとすれば、それだけで辻褄は合うはずです」


「確かに、ポーションがあればあの大怪我も完治させられるかも知れないな」


 にやりと口角を上げる桂木翔真。何か頭の中で色々考えていそうだな。ポーションを引き合いに出したのは間違いだったか? あれのヤバさは俺でも分かる。あんな物が世間に流通すれば、今の既存の医療業界が崩壊しかねないからな。俺がポーションを創造出来るなら、それはそれで桂木から見ても旨味ありか。


「そしてもう一つの意見」


 俺はこの話題を打ち切り、もう一つの話題に転化する。


「俺が、召喚術師だった場合」


「召喚術師?」


 こちらはピンときていないようだ。


「普通なら召喚術で召喚した魔物などは、使役して飼いならすのが目的かも知れません」


 首肯する桂木。


「ですが相手は魔物。倒せば経験値が入るわけです」


「ああ、それによってレベルアップを計る訳だね?」


「そう言う事です。レベルが低ければ召喚出来る魔物のレベルも低いですから。レベル上げの為、召喚した魔物を倒す。ここから俺がレベルアップの仕組みに気付き、それをタカシに転用した。と言う可能性」


「ふむふむ。面白いね」


 感心したように頷きながら、手に持ったワインを置いた桂木翔真は、前に出された平皿にちょこんと置かれた良く分からない料理を口にする。


 俺も同様に料理を食べ始めた。野菜を煮固めた物のようだが、滅茶苦茶美味い。創作料理って美味いんだな。


「フフ、工藤くんは面白い事を考えるね? 小説家や、絵が描けるなら漫画家なんて向いてるんじゃないかい? もしくは詐欺師か」


 完全に嘘だと見抜いているな。年下をあやすような物言いだ。どうせ小説家にも漫画家にもなれないと思っているくせに。


 しかし何故見抜かれている? 大人と子供だ。俺の説明が幼稚だったのだろうか? それともこれが社会経験の差? 何か見落としがある?


 桂木翔真はじっくり俺を見つめながら、


「ニジュウイチ……か」


 と呟いた。


 ニジュウイチ? 二十一? 21? 何が二十一なんだ? 俺は十六歳だ。と言う事は違う数字だ。…………!


「成程。桂木さんも人が悪いな。初めから俺が異世界転移能力者だって知ってて、俺を泳がせてたんですね?」


「…………」


 黙るって事は正答か。


「桂木さん、あんた異世界転移だけじゃなく、鑑定能力、相手のステータスを見抜く能力も有しているな?」


 この会食で笑顔を崩さなかった桂木翔真の顔が、一瞬だけ驚いたものに変わった。


「フフフフ。良く分かったね? 君のスキル欄に鑑定はなかったんだがな」


「二十一って呟きです。あれ、俺の現在のレベルですね?」


「ああ、口に出してしまっていたか。これは失態だったな。君があまりにもレベルが高くてね。驚いていたんだよ」


 二十一はレベルとしてそんなに高いのか?


「君は、それだけのレベルをどうやって稼いだんだい? 興味あるなあ?」


 桂木の目が妖しく光った気がした。


「それは、カエルとかトカゲとか倒してたら、いつの間にかレベルアップしていただけです」


「カエルとかトカゲ? そんなものでレベルが上がるのかい?」


「それはもう、デッカいカエルやトカゲですから。俺が転移した先は崖下だったんですけど……」


 なんだろう? 違和感がある。今の俺、凄く饒舌じゃないか? 俺はこんなにおしゃべりだっただろうか? ペラペラペラペラ、俺らしくない。


 そこで俺はハッとして、桂木翔真にバレないようにこっそりと、ズボンのポケットに仕込んでおいた魔法陣の描かれたハンカチを握った。


(解けろ!)


 そう心の中で唱えると、スッと頭から霞が晴れたような気がした。


「どうかしたのかい?」


 桂木が俺の違和感に気付いてか、にっこり笑顔で尋ねてくる。


「レジストしました」


 やっと真顔になったな。


「その眼、魔眼か何かですか? それとも能力? 桂木さん、俺に魅了の魔法をかけてましたね?」


「何の事かな? と白を切る事は難しそうだね」


 成程、今なら何故祖父江妹が、タカシのハーレム能力に引っ掛からなかったのか分かった。既に桂木翔真の魅了にかけられていたんだな。


「鑑定に魅了ですか。交渉事にはもってこいの能力ですね?」


「荒事は苦手でね」


 バレたと言うのに悪びれもせず平然としてやがる。


「悪いんですが、俺は、俺を操り人形にしようとする人とは手を組めません」


「操り人形だなんて、そんなつもりは毛頭なかったんだがな」


 抜け抜けと良く言えたものだ。桂木翔真は、顔から笑みこそ消えたが、平然とした態度を崩さず、メインの肉料理を食べていた。なんだろう? なんか悔しさが沸々と沸いてくる。なので俺も肉料理を食らってやった。美味い。この店美味いなあ。高いんだろうけど。


「そもそも、俺は貴方と俺が転移している世界が、同じ異世界なのかも怪しんでいるんです」


「世界が違う? そんな事あり得るのか?」


「天使から聞いてなかったんですか? 転移や転生出来る世界は複数あるって」


 桂木はちょっと考え込んでいた。本当に聞いてなかったのかも知れない。


「なので俺は今、貴方の調査隊に合流して、自分がいる異世界での冒険を打ち切りたくないんです。もし合流するとしたら、異世界の方で顔を合わせてからですね」


「確かに、な。こちらでの活動が失敗しても、もう一つ予備が控えていると思えば、やりようも変わってくるか」


 自分本位な人だな。


「で? 合流にはどれくらい掛かりそうなんだい?」


「さあ? なにせ俺がいるのは、四方を海に囲まれた無人島ですからね。まずはここから脱出しないと」


「おいおい、それで大丈夫なのかい?」


 桂木は、あからさまに残念そうに顔をしかめた。


「大丈夫です。数日中には脱出出来る目処は立っていますから」


「なら、そちらはそちらで任せよう。私がいるのはモーハルド国のデミスだ」


「テレビでやってたんで知ってまーす」


 俺は結局最後のデザートまでいただき、桂木翔真と連絡先を交換して別れたのだった。まあ、こちらも手数が増えた。くらいに考えておこう。

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