第25話 買い替え

 野生の勘が鋭くなると言うのは、視覚と言うよりも、知覚が広がった感覚だ。視覚、聴覚、肌感覚が渾然一体となり、360度全方位が知覚の対象になる感じ。


 そして、カエルとの戦闘により、レベルアップを果たした俺の知覚による探知範囲は、鳥たちの行動範囲までカバー出来るようになっていた。


 上空を仰がずとも、俺の頭上を四羽の鳥がぐるぐる旋回しながら狙いを定めている。


 鳥たちが鳴いた。成程、この時点で既に俺は鳥たちにロックオンされていたか。ここで身構えても遅かったんだな。


 しかし今の俺にこの奇襲は効かない。俺はアニンを黒い槍に変化させ、溜めていた魔力でもって遥か上空の鳥まで槍先を伸長させる。これで一羽落とした。次。


 三羽が次々と時間差で急降下してくる。猛スピードだ。だが感覚の鋭くなった俺には、それもゆっくりに感じられる。


 俺はアニンを黒剣に変化させると、まず最初にその鋭利な爪で攻撃してきた鳥に、カウンターで一撃与える。俺の攻撃を避けられなかった鳥は、黒い刃の波動によって真っ二つとなった。


 次。と思った時には二羽目は既に眼前にいた。流石のスピードだ。俺は顔目掛けて繰り出された二羽目の攻撃を紙一重で躱すと、通り過ぎる鳥へ振り返って黒剣を伸ばす。


 普通の剣なら範囲外のその攻撃も、黒い刃の波動が鳥を追い掛け、その身体を断ち斬った。


 最後の三羽目は俺の足狙いだ。すぐそこまで来ていた三羽目の攻撃を、直前にジャンプして躱すと、またもアニンを黒槍に変化させて俺の足元を通過する鳥を突き刺す。鳥はピクピクと抵抗した後、パタリと絶命した。


 これで最初の一羽も含めて四羽を無傷で仕留めた事になる。レベルアップの凄さを実感するし、鍛えておいて良かったプレイヤースキルって感じだな。


 さて俺の足元では一羽の新鮮な鳥がいる。二羽は斬り裂いて駄目にしてしまったし、一羽目の落下地点は少し遠いか。なので食べるならこの足元の鳥だろう。



 いやあ、異世界に来てからと言うもの、魚は捌いた事はあったが、鳥を捌くのは初めてだ。いや、人生で初めて鳥を捌くな。なんかサバイバルって感じするから、一度やってみたかったんだよねえ。


 と、鳥の頭を斬り落とし、近くの木にロープで逆さに吊って血抜きをしながらそんな事を考えていた。


 …………長いな。血が止まらない。ニワトリだと十分くらいって話だったけど、この鳥大きいからな。三十分くらいは掛かるだろうか。まあ、気長に待とう。血が抜けきらないと、肉の味が落ちるそうだ。俺はスマホにダウンロードしたネット情報を頼りに解体を進める。



 確かに三十分程で鳥から血は滴らなくなった。それからは羽根むしりだ。お湯にサッとつけたら剥きやすくなるらしい。お湯か。


 俺は魔法陣の描かれた手袋を着けると、


「湯よ」


 と、魔法で中空に大きな鳥が全身つかれる程の湯溜まりを発生させて、そこに血抜きの終わった鳥をつけた。サッとってどれくらい? 一、二分?


 一分半程つけたら、湯の魔法を解除して鳥の羽根を毟っていく。う〜ん、大きな鳥なだけあって、羽根も一本一本大きい。でも抜きやすくはなってるっぽいな。ああ、でも産毛が残るなあ。


 残った産毛はバーナーなどで焼くのか。バーナーなんてない。俺は火魔法を右人差し指に灯すと、それで鳥の産毛を燃やしていった。


 ふう。ここまでで結構時間が掛かってしまった。やっと鳥肉の解体だ。俺がネットで調べた限り(ニワトリ)だと、まず皮を裂き、ももや手羽などを切り分け、内臓系は最後なんだよなあ。合ってんのかなあ?


 とりあえずやってみた。皮を裂いて、もも肉を切り分ける時に内臓を傷つけてしまい、小腸から糞が流出。鳥肉は見事に食えない代物になってしまった。ぐふう。



 翌日、学校で原因を考える。当然俺の解体スキルが低い事も要因だろうが、包丁がもうボロボロで、綺麗に切れなくなってきたのも理由に入ると思う。


『確かにな。あの包丁とか言うナイフ、大きな刃こぼれもある。メインウェポンとして我がいるとは言え、サブウェポンがあれでは心許ないな』


 アニンから見てもそうか。今の包丁、異世界探索をするようになって三代目なんだが、まあ、よく持ってくれたと考えるべきだな。


 包丁は鋭いけれど刃が薄くて欠けやすいのが難点だよなあ。武器としてはアニンがいてくれるんだから、これを機に包丁じゃなくてキャンプなんかで使われる刃の厚いシースナイフに切り替えるか。



 そんな訳で俺は学校の帰り、いつものホームセンターではなく、登山やキャンプなどのアウトドアグッズの専門店にやって来た。


 理由としては今後の冒険を考えて、包丁から折りたたみではない鞘付きシースナイフの購入に、安全靴も登山靴に切り替える事、リュックもそれっぽいものが欲しいとあって、より本格的なグッズが欲しくなったからだ。


 流石専門店。色々売っている。欲しいもの以外にも、BBQ用のグリルとか、キャンプ用のイスとかテーブルとかランプとか寝袋とか目移りしてしまう。


 へえ、リュックってバックパックとかザックとか言うのか。でも、ここまで本格的でなくてもいいかな。転移門ですぐ家に帰ってこれるし。


 登山靴って言っても、トレッキングシューズだけじゃなくて色々あるんだな。どうやらソールの硬さなんかで名称が変わるらしい。


 俺は、色々試させて貰って、リュックは軽くて丈夫、容量は少なめの日帰り用に使われる物を、靴はトレッキングシューズよりも本格的だが、山登りに特化し過ぎていない登山靴を選んだ。


 靴は本格的なのに、リュックがそれで良いのか? と店員さんには不思議がられたが。


 さてナイフ。シースナイフにしようとは考えていたが、結構種類があるな。まあ、今回は武器と言うより普段使いだ。刃も包丁よりも短くていいけど、長く使えるものがいいなあ。長期利用を刃物に求めるなら、研ぎとかメンテナンスの事も考えないと駄目か。


「これなんてどうだい? 刃の切れ味も良くてロープなんかも容易く切れるし、グリップも滑り止めが付いてて握りやすく、使い勝手が良いよ」


 へえ、デザインも悪くないな。


「まあ、異世界での冒険を考慮するなら、私なら剣鉈をお薦めするけどね」


 剣鉈ねえ。確かに鉈は俺の考えには入っていなかったな。でも大き過ぎないか? 持ち歩くには不便な気もする。…………ん? 異世界?


 俺がバッと後ろ振り向くと、そこには見知った顔があった。いや、会った事はない。だがテレビやネットでは何度も見て知っている。


「桂木翔真……!」


「やあ。君が工藤春秋くんだね?」

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