第538話 バッティング

「おはよう……」


「おはようございます……」


 翌朝、町役場の俺の執務室に入ると、オブロさんと目があった。亡霊だと言うのに、目の下に隈があり、げっそりしているのが分かる。まあ、溌剌とした亡霊と言うのもおかしな話か。


「残念、でした?」


「……言わないでください」


 どうやら闘技場で負けたらしい。


「ハルアキ様もお疲れのご様子ですが?」


「う〜ん……」


 宿屋でHPMPは回復しているんだけど、夜遅くまでコレダの人形と戦っていたからなあ。精神的な疲れが残っているんだよなあ。結局倒せなかったし。


「まあ、気持ちを切り替えて仕事しましょう」


 俺の言にオブロさんは首肯し、俺たちは黙々と仕事をこなしていくのだった。



 三日後━━。ようやく役場の職員たちがものになってきたので、半休が許され、闘技場にやって来た。この町に他に娯楽はないし、町の外に出る気力もなかったからねえ。コレダの人形は……。


 俺が知らぬ間に闘技場の周りに屋台なんてものまで出来てて、不思議に思っていたら、アンデッド以外の魔物の姿がちらほら視界を過っている。


「あの人たちってどこから来ているんですか?」


 オーク串の屋台を構える骸骨さんに尋ねると、


「ああ、ブーギーラグナ様の支配地から来ている方々だよ」


 と教えてくれた。


 成程。カヌスはブーギーラグナとかなり良好な関係を築いているようだ。俺は骸骨さんからオーク串を受け取り、それをかじりながらそんな事に思考を巡らし、闘技場内のウインドウに映し出されるオッズに目を通す。


 へえ。ダイザーロくんにカッテナさんは分かるけど、武田さんまで出るのか。リットーさんに無理矢理出場させられたんだろうなあ。あ、リットーさん自身も出るのか。


 それにしてもリットーさん以外の勝率と言うか、倍率が凄いな。20倍とか30倍とか、負け確定の高倍率じゃないか。逆に何分で負け宣言するかで、一桁代の低倍率、武田さんなんて一分以内の負け宣言に1.何倍とか言う倍率になっている。何これ?


 どうなっているのか? まあ、見れば分かるか。と闘技場の舞台が見れる観客席に行ってみると、丁度闘いが終わったところで、次の闘いが、ダイザーロくんの闘いが始まるところだった。


「あれは可哀想だろ」


 大斧を肩に担ぐミイラ戦士と対するダイザーロくんは、両手にブリッツクリークを持ち、そしてマスクを、リットーさんから被るように指示されているのであろう、あの感覚を遮断するマスクを被っていたのだ。


『あれでは高倍率になるのも仕方ないな』


「と言うか、下手したら死ぬよ」


 いや、下手しなくても死ぬ確率の方が高い気がするんだけど。


 ガオオオオンッ!


 どこからともなく試合開始の鐘が鳴り、大斧を担いだミイラ戦士が、当然のようにダイザーロくん目掛けて直進していく。それに対して何となくそれを察知したのであろうダイザーロくんが、ブリッツクリークを眼前で交差させて攻撃に備えようとするが、ダイザーロくんとぶつかる直前、ミイラ戦士は右側から回り込むように軌道変更し、その大斧を振りかぶってダイザーロくんの左脇腹目掛けて野球のようにフルスイングする。


 が、直前でそれを察知したダイザーロくんが、跳ねるようにしてサイドステップでそれを躱すと、ミイラ戦士と向き合ってブリッツクリークを眼前で交差させる。


 これに対して観客席で巻き起こるブーイング。この闘技場は様々な賭け方があるからなあ。初手を躱したダイザーロくんへの暴言もあれば、躱されるような攻撃をしたミイラ戦士への暴言もある。


「これは感覚遮断のマスクで暴言が聞こえなくなっていて、ダイザーロくん的にはラッキーだったかもなあ。俺だったらこんなに野次を飛ばされる中で闘うのキツいわ」


 などと独り言ちる間も、試合は続いていく。大斧のミイラ戦士が大振りな事が幸運に働いてか、ミイラ戦士の大斧を躱し続けるダイザーロくん。それに対して観客席がエキサイトしていく。きっと早い時間でダイザーロくんが負け宣言すると賭けている者たちが騒いでいるのだろう。


「にしても、ダイザーロくんは避ける一方だな」


『リットーがそのように指示しているのではないか?』


 ああ、その可能性はあるか。などと俺とアニンが思っているところで、ダイザーロくんが『電気』スキルを使って、舞台中に電気を放電して攻撃した。これによってミイラ戦士のHPがほんのちょっとだけ削られた事で、更に観客席がヒートアップし、聞くに堪えない罵詈雑言が嵐のように舞台の二人に降り注ぐ。きっとミイラ戦士のノーダメージに賭けていたんだろうなあ。


「うっわー、えっぐー」


 聞こえていないダイザーロくんよりも、この罵詈雑言に晒されているミイラ戦士の方が狼狽えていた。そのエキサイトぶりに、凄えなあ。と観客席を見回していたら、少し離れたところで、聞いた事のある声が舞台に向かって暴言を飛ばしているのが耳に入り、そちらに目を向けたら、オブロさんがいつものスンとした顔はどこへやら、賭け券を握り締めて鬼のような形相で叫んでいた。


 俺は直ぐ様見なかった事にしようと目を逸らしたが、遅かった。スッと目を逸らす俺の視線の端に、俺に気付いたオブロさんが固まる姿が映ってしまったからだ。


「……お疲れ様〜」


「……お疲れ様です」


 悔恨の声とはこの事か。と言わんばかりの声で俺にあいさつするオブロさん。そりゃあそうだよねえ。まさかこんなところで上司とバッティングするとは思わないよねえ。でもさ、俺が半休って事は、オブロさんも半休になる訳で、しかもこの町に娯楽施設はここしかないとなれば、こうなるのも不思議じゃあないよねえ。


「……し」


「し?」


 何かを言おう言おうとするオブロさんの顔が、今まで見た事がないくらい歪んでいる。


「死亡負けには賭けていませんから! あくまで負け宣言に賭けているのであって、ハルアキ様のお仲間の死亡を望んでいる訳じゃありませんから!」


 うわあ。凄〜く言い訳臭い。きっと死亡負けは低倍率で人気高いんだろうなあ。


「ま、参った!!」


「えっ!? 今っ!?」


 オブロさんの言い訳を聞いている間に、舞台でダイザーロくんが負け宣言をした。時間は五分二十秒。ミイラ戦士の方が、ダイザーロくんの電気を食らった後に、被弾覚悟で猛攻を仕掛けていたから、これでも保った方だろう。


 これに対してオブロさんは、自身が持つ賭け券と舞台上方に浮かぶ勝敗結果のウインドウを交互に見ながら、俺に見られているのも忘れてか、渋い顔で嘆息するのだった。

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