第537話 戯れ(真面目)
夕食後、リットーさんに連れられて俺と武田さんがやって来たのは、安全地帯の町の右側。まだ開発が進んでいないエリアだ。夜闇の向こうで、光に包まれた闘技場が盛り上がっている。
「はあ……。リットーさん、俺も武田さんも仕事の後で疲れているんですけど」
「でも時間がないのだろう!?」
それはそうなんだけど。はあ。リットーさんに特訓を頼んだのは俺だし、俺に断る権利はないよなあ。ちらりと武田さんを見遣れば、俺を恨めしそうに睨んでいた。申し訳ない。と心の中で謝っておく。
「それで? 俺たちは何をやらされるんですか?」
リットーさんはここに来る前にバヨネッタさんに何やら魔道具を借りていたので、それが関係しているのだろう事は薄々分かるが。
「タケダにはこれを被って私と戦って貰う!」
「いや俺を殺す気か!?」
リットーさんが『空間庫』から取り出したのは、俺もベフメ領で使った頭をすっぽりと覆い尽くすマスクだ。
「大丈夫だ! 人間そう簡単に死にはしない!」
いや、死ぬよ、リットーさん。
「それから、タケダは『空識』を使うなよ!?」
言いながらリットーさんは、有無を言わさず武田さんにマスクを被せる。
「それ本当に死ぬやつじゃないか!」
当然マスクを外してリットーさんに文句を付ける武田さん。
「強くなりたいんだろう!?」
「俺は別にそんな事を願っていない!」
「武田さん、それだと俺たち一生ここに閉じ込められる事になるので、そこは折れてください」
俺の言にこちらを向いて歯噛みする武田さんだったが、観念したのか、自らマスクを被った。
「何だよこのマスク? 何も見えなきゃ、音も聞こえないんだけど?」
マスクを被っただけで、目に見えて狼狽える武田さん。俺も覚えがあるなあ。あのマスク、視覚、聴覚、嗅覚を封じる効果があるからなあ。そんな武田さんを横目に俺はリットーさんと向き直る。
「それで、俺は何をすれば良いんですか? まさか武田さんと同じくリットーさんと戦うんですか?」
「いや、ハルアキにはこれを相手にして貰う!」
そう言ってリットーさんが『空間庫』から出したのは、先程バヨネッタさんから借りたものだった。それは手に収まる程度の陶器で出来た
「それって、何ですか?」
「これはコレダの人形と言ってな! まあ! 実物を見せた方が早いな!」
とリットーさんがその人形に魔力を通すと、その人形は人間大まで大きくなった。ふむ。予想通りってところか。
「これを相手に組手でもすれば良いんですか?」
「ああ、そうだ!」
なんだ、簡単じゃないか。と俺がリットーさんの顔色を窺うと、にやりと口角を上げている。これは何かありそうだな。
「おい! 俺はいつまでこうしていれば良いんだ!?」
俺がリットーさんと話をしている間、律儀にマスクを被っていた武田さんが吠えたところで、会話は中断され、俺と武田さん、二人の特訓が開始された。
う〜む。俺の前に立つコレダの人形だが、一見するだけで分かる。隙だらけだ。だってボーッと突っ立っているだけだもん。とりあえず攻撃してみるか。俺はアニンを曲剣に変化させ、コレダの人形を袈裟斬りにしてみる。
「避けた!?」
『それは避けるだろうよ』
アニンに的確にツッコまれるが、俺が驚いたのはそこではない。コレダの人形の移動速度が意外と速かった事だ。
「まあ、そうは言っても、俺と同じくらいだけど」
とコレダの人形に肉薄して、今度こそ人形に一撃を食らわせる。が、これを左腕で防御するコレダの人形。防御もするのか。などと行動を見守っていたら、切断した左腕が元に復元された。
「そんな機能まであるのか?」
中々に高性能だな。だが甘いなあ、コレダの人形くん。避ける、防御をする、と言う事は、己には弱点があるとこちら側に伝えているも同義じゃないか。そしてその弱点ももう分かっている。あの心臓と頭でキランと光っている魔石だろう。その小さな小さな魔石を壊せば、壊せば……、
「いや! 小さ過ぎるだろ!?」
人間大になる前の人形の時から思っていたけど、このコレダの人形の魔石はあまりに小さい。0.5カラットもないだろう。まあ、カラットは重さの単位だけど。今はそれは置いておくとして、それを破壊する?
「ハルアキ! 先に言っておくが全体攻撃は駄目だぞ! これはあくまでも『超集中』を会得する為の特訓なんだからな!」
う。光の剣を我武者羅に振るっている武田さんを見守っているリットーさんに、先に正解を突かれてしまった。だよねえ。こんなの面による全体攻撃で簡単にぶっ壊せるよ。でもそこをあえて剣で攻撃するからこそ、集中力が磨かれるって話だよねえ。このコレダの人形をバヨネッタさんが持っていたのも、きっとバヨネッタさんがこれを使って銃の命中精度を上げる特訓でもしていたからなんだろうなあ。
「はあ……。うし! やるか!」
と俺がやる気を見せたところで、コレダの人形はしゅるしゅるとしぼむように元の大きさに戻ってしまった。あれ?
「その人形の唯一の欠点と言うべきか、弱点と言うべきか! その人形に使っている魔石は、見て分かる通り小さいからな! すこぶる燃費が悪いんだ! 人間大でいられる時間は一分とないから、その間に倒せ!」
「はあ」
それで倒せなかったら、自分で魔力を充填させて、また挑む。その繰り返しって訳か。…………面倒臭い。でも『超集中』の身に付け方なんて俺、他に知らないもんなあ。これでどうにかするしかない。出来るだけ回数を少なくクリアする為にも、集中力アゲアゲでいかないとなあ。
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