第536話 説明と報告

「ダイザーロです!」


「カッテナです」


「うむ! リットーだ!」


 早々に俺の執務室であいさつ。リットーさんをこっちに連れてきたら、ジオを見て一瞬固まったが、「町長です」と説明したら、「お、おう」と更に動揺するリットーさんと言う珍しいものを見られたが、今はそれどころではない。


「ほ、本物ですよね?」


 ダイザーロくんが頬を紅潮させながら俺に尋ねてくる。


「偽物っているの?」


「そりゃあ、遍歴竜騎士リットーと言えば、有名人ですからね。その名を騙る者はどこにでもいますよ」


 成程。リットーさんも有名税的なものを払わされているのかも知れないな。


「ダイザーロくんがどのリットーさんを指しているのか分からないけど、俺が知っているのはこのリットーさんだけかな」


 俺の言に鷹揚に頷き返すリットーさん。その所作だけでダイザーロくんが興奮しているのが分かる。対してカッテナさんはリットーさんが何者か知らないらしく、キョトンとしているのが対照的だ。


「それで、私はこの二人を鍛えれば良いのだな!?」


「あと、出来れば武田さんも鍛えて欲しいですね」


「あやつもか!?」


「それから俺に『超集中』も教えて欲しいです」


『超集中』は『有頂天』を使ううえでの前提となるプレイヤースキルだ。俺は今それを、夢幻香で補っているが、ここに留められていては、夢幻香を補充出来ない。なので自前で『有頂天』を発動出来るようになるのは必須なのだ。


「おいおい! ずいぶんと欲張るんだな!?」


「万全を期したいんです」


 俺の言葉に腕を組んで考え込むリットーさん。


「そこまでか!?」


「はい。俺たちは今、アルティニン廟を半分まで攻略してきたんですけど、そこまでで既に五体いる大ボスの内、四体が出現しました。その上このエキストラフィールドですからね。ここを脱出出来たとして、アルティニン廟下層で待っているのは、更なる困難でしょう。出来る手は打っておきたいんです」


 言い方は悪いが、このエキストラフィールドもアルティニン廟も、魔王軍との戦いの通過点でしかない。本音はここで時間を食われてはいられない。が、何を考えてかカヌスが俺たちを鍛えてくれると言うなら、それに乗っからないのは勿体ない。強くなれるなら、なれる時になっておきたいのも本音だ。


「分かった! 出来るだけ協力しよう!」


 改めて了承してくれたリットーさんの視線は、俺たちではなく、隣りのジオの執務室に向けられていた。



「夕方かあ」


 町役場から一歩外に出れば、空はオレンジの夕闇に染まっていた。全く、即席のエキストラフィールドだと言うのに、朝昼晩と時間がちゃんと経過するんだから変な話だ。


「お疲れ様でした」


「オブロさん、お疲れ〜」


 俺より後に町役場から出てきたオブロさんが、俺にあいさつをして、闘技場の方へと歩いていった。この後役所仕事で稼いだ金で賭場に行くのか。役場の職員としてそれで良いのか分からないが、ここは異世界であり、しかもカヌスが造った仮初めの町だ。気にしても仕方ないか。と俺は宿屋へと足を向けた。



「お疲れです」


「おう! お疲れ! 今日は早くに解放されたみたいだな!」


 そう言いながら宿屋の一階にある食堂で俺に声を掛けてきたのはデムレイさんだ。同じ卓にバヨネッタさん、ミカリー卿、武田さんの姿もあり、俺はその卓に吸い込まれるように空いているバヨネッタさんの横の席に座った。


「まあ、役場の職員たちも、仕事を覚えてくれてきていますから、俺が解放されるのも時間の問題かと」


「解放……ねえ」


 半眼を俺に向けるバヨネッタさん。確かに解放はされないかも知れないけど、もう少し他の事に割ける時間は出来ると思うんだよねえ。


「いらっしゃいませ」


 時を見計らい声を掛けてきたのは、食堂のウエイトレスをしている骸骨さんだ。骸骨だけどウエイトレスだから、女性なのだろう。


「オークステーキと野菜ごろごろシチューを」


「はい、かしこまりました」


 俺の注文を聞いて、厨房へ向かうウエイトレス。この宿屋の一階を食堂にして貰う要望を出したのは俺だ。始めこの町に食堂と言うか、ご飯が食べられる場所はなかった。それはそうだろう。だってアンデッドたちの町なんだから。それでも農場や牧場があるように、野菜や肉は売ってくれていたので、それを買ってサングリッター・スローンで調理していたのだが、この宿屋が有用であると分かってからは、皆本拠地をここにしてしまったので、ここに食堂を作って貰ったのだ。


 まだメニューは少ないが、料理人の怨霊さんはとてもやる気のある方らしく、日に日に味が向上しメニューが充実していくので、ありがたくも離れ難くなるので困る。


「あ、そうだ。武田さん」


「ん?」


 ラムチョップにかじりついている武田さんが、口元をべちゃべちゃにしながらこちらを振り向く。


「リットーさんを呼んだので、明日から『全合一』を修得する特訓に加わってください」


「はあ!? な、何で!? いや、そもそもリットーが何でここにいるんだよ!?」


「リットーって、あの遍歴竜騎士のリットーか?」


 武田さんが驚いている横で、デムレイさんも驚きながら尋ねてきた。ミカリー卿も少し驚いた顔をしていた。やっぱり有名人なんだな。


「はい。ダイザーロくんも驚いていましたけど、多分そのリットーさんです」


 俺の言葉が信じられないとばかりに、デムレイさんとミカリー卿の視線がバヨネッタさんに向けられる。


「ハルアキがリットーと呼ぶのは本人よ。でも、良く呼べたわね? 今、勇者一行とペッグ回廊を攻略しているはずだけど?」


「なのでカヌスにこことペッグ回廊を繋いで貰いました」


「平然と言うわね。初代魔王を便利アイテムみたいに」


 あはは。バヨネッタさんたちの命が天秤に載せられていたとは口が裂けても言えないな。


「まあまあ。そう言う訳なので、武田さんをバヨネッタさんたちのダンジョン攻略に同行させるを、一旦待って貰いたいんですけど?」


「は! そうなるのか! それなら特訓でも何でもするぞ!」


 嬉しそうだなあ、武田さん。まあ、このエキストラフィールド、俺たちのレベル帯では無理ゲーだもんなあ。でも武田さんの『空識』は有用だからなあ。バヨネッタさんたちが手放してくれるかどうか。俺はバヨネッタさんの顔色を窺う。


「良いわよ」


 が、返事は意外にもあっさりしたものだった。


「ダンジョンの場所は割れたし、明日はグーローたちとそのダンジョンを攻略しようって約束していたから」


 グーロー? 誰それ? と俺はミカリー卿を見遣る。


「このエキストラフィールドで、我々とは別に活動している冒険者パーティだよ」


「ああ、アンデッドの冒険者たちですか」


 この安全地帯の町には冒険者ギルドがあるのだが、そこで活動しているのは我々人間だけでなく、何とアンデッドたちも各々パーティを組んで冒険をしているのだ。どうやらバヨネッタさんたちはその冒険者アンデッドのパーティと知り合い、明日はそのパーティとダンジョン攻略に出掛けるらしい。なら武田さんは時間を取れそうだな。


 バンッ!


 などと考えていたら、宿屋の入り口が勢い良く開けられた。自然と俺たちの視線はそちらへと向けられ、そこにはリットーさんを先頭に、くたくたに疲れているダイザーロくんとカッテナさんの姿があった。


「おお! ハルアキ! タケダ! 二人とも揃っているな!」


「相変わらず騒がしいわね」


 とリットーさんに半眼を向けるバヨネッタさんだったが、リットーさんはそんな事気にもせずにズカズカとこちらに近付いてくると、バンッと卓に手を置き、俺と武田さんを交互に見遣る。


「食事は終わったか!? 終わったら特訓だ!」


「今からですか!?」


「時間はないのだろう!?」


 それはそうだけど。と俺は武田さんを見遣るが既に武田さんはげんなりしていた。多分俺も同じ顔をしているだろう。

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